気まぐれの遼、銀髪の女神と焼き芋を食う

 天は気まぐれだ。文化祭で高揚したわけでもなかろうが、今日は予期せぬ出会いばかりもたらす。

 それも自分が思ったものとは大きく異なる。そういうものは求めていない。

 りょうは再びひとり校内をさまよった。できるだけ目立たないところに移動だ。

 図書室の閲覧室は鉄道研究会が模型を展示していた。HOゲージが走り、子供が、いや子供みたいな高校生が目を爛々とさせていた。

 文化祭期間中図書室業務は行われておらず、書庫には鍵がかかっている筈だったが、開いていた。

 これは間違いなく自分と同じ本オタクがいる。

 遼は期待に胸を膨らませ、中へと入った。

 古本の匂いが鼻腔びこうをくすぐる。

 最奥には蔵書庫と呼ばれる聖域がある。この学園の初代理事長が自らの蔵書を寄付し、それが収められた一室だ。

 そこにびたる人間で図書委員でない者は限られる。

 突き当たりの壁、初代理事長の写真の下に彼女はいた。

 銀髪に見えるくらい細く柔らかで繊細な黒髪。文化祭にも関わらずスーツ姿。いつもより少しスカート丈が短いのが目を引く。

香月かづき君、あなたも来たのね?」

 振り返った白砂しらさごレイナは口許くちもとに上品な笑みをたたえた。

「先生に会えるかと思いまして」

「そのコロシ文句は突き刺さるわ」

 胸を抱えるような仕草とボケは天然だ。完璧な超絶美女なのにポンコツ。それが白砂しらさごレイナだった。

「息抜きですか?」

「なかなか居場所がなくて」

「俺もです」

「香月君はどこに行っても歓迎されるでしょう?」

「俺はひとりになりたいので」

「ボッチが好きだったわね」

「先生との密会なら大歓迎です」

「う!」

「本談義に花を咲かせましょう」

 なぜか白砂は膝折れした。


 しばらく蔵書庫にある古い本について語らう。

「このロマン・ロランの『魅せられたる魂』……」遼はくたびれた箱本を指した。「昔ブッ〇〇フに一冊百円で売られていたのを、当時その価値も知らずに買いそびれました」

「惜しいことをしたわね」

「手に入りにくい本だと知って再度行った時にはもうありませんでした」

「ここで読むしかないわ。貸し出し禁止になってしまったもの」

 以前は貸し出されていた本でもいたみがひどくなったりして、しかも絶版ものとなると貸し出し禁止になるのだ。そういう本がここにはたくさんあった。

「私もたまにその踏み台に腰を下ろして読むこともあるわ」

「知っています」

「見てたのね? 声をかけてくれたら良いのに」

「読書の邪魔をしたくないので。それに……絵になる光景でしたから」

 小さな採光窓から射す光に照らされて銀色に光る髪。長い睫毛だとわかる伏した目。微かに動く小さな唇。綺麗に揃えて折りたたまれた脚。背後の棚にぎっしりと詰まった骨董本が彼女を見守る妖精に見えてしまう。

 そんな絵を見てしまったら声などかけられない。

「香月君の方が絵になるのに……」

「少し小腹が空きましたね。模擬店に行きませんか?」

「良いわよ」

 白砂の微笑がなぜか拍子抜けに見えたが、遼は白砂とともにそこを出た。


 模擬店が集まるエリアはとても賑わっていた。よく見ると呼びこみの生徒の方が多い。

 それらを回避するには道の真ん中を二人でくっついて歩くしかなかった。

「先ほどを達成して焼き芋の券を手に入れたのです」

「まあ、美味しそうね」

「見なくても美味しいってわかるのですか? そんなにすごいもの?」

「確か、石焼きのセットをレンタルして焼いているはずよ。本格的に」

「なるほど」

 両脇から女子生徒の声がする。

「香月先輩だわ」

「白砂先生と一緒」

「絵になるわ」

「目が開いてる」

 そんなにいつも俺は眠そうにしているか?

「あ、ここですね」

 遼は持っていた二枚の券で焼き芋二つを引き換えた。

 そしてスペースのあるところまで移動した。

「立ち食いになってしまいますが」

「構わないわ」

「さすがに熱いですね」

「私、猫舌だから、先に食べていて」

「ペルシャ猫かな」

「可笑しい。星川君みたいよ」白砂は生徒会副会長の名を挙げた。

「反省します」

 調子にのっていたことを遼は恥じた。

「遠慮なくいただきます」

「あなたがご馳走してくれたのよ」

「ほんれもなひ」

 焼き芋を口にしながら返事をすると白砂はクスッと笑った。

「香月君が食べると焼き芋というよりはベイクド・スウィートポテトね」

「日本のさつまいもを石で焼いた方が、デンプンが糊化こかしてアミラーゼが作用しやすい摂氏七十度を維持できて、生成した麦芽糖で甘味が増し、ずっと美味しいですよ」

「香月君らしいコメントね」

「失礼しました。もっと端的に言うなら、先生と食べる焼き芋が最も美味しいということでしょうか」

「もう……」

 少しうっすらと赤くなった頬を膨らませる白砂を遼は優しく見た。

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