焼き芋チケット 双子連れリレー

 文化祭は土日に開かれるところが多いようだ。

 外部の人間が訪れやすいように配慮しているのだろうが、小学二年生の双子の弟妹の面倒をみなければいけない明音あかねは、バツの母親が二日酔いで起きてこないことも想定内で、立てられたフラグ通りに双子を学校まで連れてきた。

「いい? 良い子にしているのよ」

「子供じゃないよ」莉音りおが頬を膨らませ、「俺たち二年生だぜ」玲音れおが一人前の口を利いた。

 確かに同じ年頃の子よりはしっかりしているが目を離すと何をしでかすか分かりやしない。

 異父弟妹とはいえ、母親と自分の血を引いているのだからと明音は思った。

 そうして子連れ登校する。

 家の事情を知っているクラスメイトと担任の水沢みずさわは快く受け入れてくれた。

 しかしずっと一緒にいるわけにもいかない。明音にもノルマはある。

 クラスは昔ながらの子供の遊びという展示とデモをしていたから小さい子も多くいて、双子も楽しんでいたのだが、それも午前中で飽きてしまった。

 それで二人を外へ連れ出し、いくつか出し物をみて回ったが、明音がボランティア部の手伝いをする時間帯になってしまった。

 誰かに頼もう。

 そういうベビーシッターのような人物が簡単に見つかると思っていたのだ。

 まあ何にせよなんとかなる、と思うのは性格だ。

 明音の目にひとりの男が映った。

 こいつなら受けてくれるな。

 明音はニターと笑みを浮かべて、後ろからその男の肩を叩いた。

鮎沢あゆさわくん」

「ん、あか、いや、小早川こばやかわさん」鮎沢はすぐに連れの双子に気づいた。「それに莉音りお玲音れお

 鮎沢は同じマンションに住む同級生だ。双子がなついていて、よく鮎沢のところへ遊びに行っている。

「ちょっとの間、この子たちの面倒みてくれるかな?」

「ああ、一時間くらいなら」

 不思議そうに見る双子に向かって鮎沢は手を振った。

「あ、だ」

「ほんとだ!」

「そうです、です」

「何でそんな変な格好してるの?」

「怪しい奴だよ」

 特におかしな格好はしていない。普通に制服姿だ。

「ここではこの人、こんな姿なりでいるんだよ」

 大きな黒ぶち眼鏡に前髪がかかっていて表情が読めない。

 陰キャバージョンの鮎沢を双子は見たことがなかった。いやエレベーターなどで会っているはずなのだが気づかないのだろう。鮎沢の擬態だった。

「とにかくよろしくね。これあげるから」

 明音は鮎沢に焼き芋チケット十枚綴りを手渡した。

「分かったよ」鮎沢は快く引き受けてくれた。



 火花ほのかは双子を連れていた。ここではモブの火花ほのかに声をかけるものはいない。

 ただ、双子を連れていると人の目を集める。

「まあ可愛い!」

 そういう声を聞いて莉音りおは嬉しそうにする。

 玲音れおは不服だ。どうせなら格好が良いと言われたい。その気持ちはわかる。

 模擬店で焼きそばを食べたりして過ごしたらあっという間に一時間が過ぎた。そろそろ軽音同好会に合流しなければならない。

 自分が一番素人へたなのだ。遅れて行ったら大目玉を食らうだろう。

 目がつり上がった桂羅かつらの顔が浮かんだ。

莉音玲音りおれお、ほーちゃんさあ、軽音の演奏準備があるんでそろそろ行かなきゃならないんだ」

「「観たいな」」

「じゃあ誰か一緒に観てもらう人を探そう」

 当てはないが、少し離れたところに学年一目立つ対象がいた。しかも双子にとっても馴染みだ。

「あそこにいるのはだーれだ?」

 火花ほのかが指差すと双子は答えた。

「「せいちゃん!!」」

「じゃあ駆けっこだ」

 双子が駆けていった。



 いきなり焼き芋チケット七枚を渡され、せい鮎沢あゆさわから小早川こばやかわ家の双子を任された。

 鮎沢はクラスメイトだし、鮎沢の妹桂羅かつらはカラオケ仲間だ。そしてまた彼らと小早川家は同じマンションの住人でよく遊ぶ仲だった。だから双子を連れ歩くのは苦ではない。

 そう思って楽しんでいたら拘束ノルマの時間が近づいてきた。

 あちこちで助っ人をしているからとても忙しいのだ。

 せいりょうにメールをうった。「どこー?」

 どこにいても遼はすぐに駆けつける。五分もたたないうちに現れた。

「何かあったのか?」

「莉音玲音と一緒なの、エヘ」

 遼はすぐに察して眠そうな目になった。

「「りょうちーん」」

 孤高の美少年にまとわりつく子供はこの世界ではこの双子だけだ。

 しばらく四人で歩いた。双子の男女が双子の男女児こどもを連れて歩く。とても目立った。

「ごめん、遼、あとよろしくね」

 ひきつったような顔は見ないでおこう。



 天は気まぐれを起こす。

 ひとりになりたいと思っていた遼に妹から連絡が入った。わざわざ呼ぶのは何か困ったことがある証だ。

 すぐに向かう。

 待っていたのはよく知る双子を連れ、苦笑いした妹だった。

 はじめは四人で動いたがすぐに妹は用事でいなくなった。焼き芋チケットを四枚手渡して。

 今度は子連れになってしまった。

 先ほどは訳の分からない卒業生女子ビッチに絡まれた。今日もついていない。

「焼き芋食べる?」

「「さっき食べたよー」」

「そうか」

 一旦自クラスに連れていったが、環境問題を考える展示とプレゼンを見たら渋い顔をした。やはり子供にはうけないか。

「大変ね、香月かづきくん」

 いつもなら笑顔で絡んでくる学級委員の高原たかはらが今回ばかりは気の毒そうな顔をして、すぐに離れていった。忙しいから構っていられないといった感じだ。

 やはり暇人は損をする運命にあるようだと遼は思った。

 ふと思いつき、遼は双子をまた外へ連れ出した。あそこならあるいは。

 文化祭実行委員会の本部横に生徒会本部もあった。先ほどOBビッチを連れてきたところだ。

 迷子ではないがここなら子供の面倒もみてくれるのではないかと淡い期待を抱いた。

 そこにいつものように人を寄せ付けない能面の美女を見つけて遼は胸を撫で下ろした。

 遼に気づいた彼女は珍しく顔をしかめた。

「訳ありのようね。それもとってもたくさん」東矢泉月とうやいつきは言った。

「分かってくれてとても嬉しいよ」

「「あ、いっちゃんだ!!」」双子が目を輝かせた。

「こんにちは」東矢とうやが微笑んだ。

 このサイボーグみたいな生徒会長に対して「いっちゃん」と呼びかけ、しかも微笑みを呼び出す子供はこの二人だけだろう。

 滅多にない生徒会長の微笑を目にして、そこにいた生徒会役員共は皆自分の目を疑っているようだった。

 遼が事情を話し、東矢が双子に話を聞いた。

「お疲れさま、香月君。私が責任をもって小早川さんに双子を返すわ」

 ようやく自由だ。もう一度やり直そう。至福の時を。



 何か忘れているなと思っていたら弟妹を連れてきていたんだった。

 明音あかねは思い出した。ようやく自分の時間がとれたのだ。

 さてどこかな?

「「お姉ちゃん」」

 莉音玲音の声の方を振り向くと双子を連れた泉月いつきがいた。

「なんだ、火花ほのかの奴、あんたに押しつけたの?」

「長い旅だったようよ」と言って泉月は焼き芋チケットを二枚出した。「これは返しておくわ」

「八個もよく食べられたね」

「「一個ずつだよ」」

火花ほのかが六個食べたのか?」

途中あいだにたくさんの人が入っていたのよ」泉月が答えた。

「そうなの?」

 双子がうんうん頷いた。

「良かったねえ」明音は莉音玲音の頭を撫でた。

 きっと楽しい一日を過ごしたのだろう。

 明音はふたりの笑顔に目を細めた。

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