何のために来たと思う?

「ようこそ、ビューティフルガールズ!」

「まあ、そんな……」

 分厚ぶあつい眼鏡でゆがんだ目をくるくるさせて、アユコがりんごのようにほっぺを赤らめる。

 生徒会の腕章をつけている長身のイケメンが配っているのは文化祭の校内案内図だ。

「ありがとうございます」

 私も受け取った。共学校の門をくぐるのはいつ以来だろう。

「良かったら案内するよ、君たち」

って、男子ってこんな喋り方をするのか? それともこの男が特別?

 何となく彼のまわりに薔薇の花が咲き乱れているような錯覚を覚え、私は眼鏡をずらして目をこすった。

 うん、やっぱり見間違いだ。

「良いんですか?」とその気になったアユコの首根っこをつかんで引っ張ったのはステイシーだった。

「にゃん!」アユコは猫だ。

「間に合ってるかららんわ。また今度な、にいちゃん」

 百七十台半ばの長身、オスカルを思わせる美貌の口から飛び出したのはの関西弁だった。

「オー」とか言って彼はのけぞり、両手を横に上げた。

 私たち三人はそのまま足を進めた。未知なる地へおもむく。

「おもろいもん見せてもろうたけど時間がないねん。それもこれもアユコが迷子になるからや」

「えええ!」

「ほんま、マサミがおらんと私がアユコのおりしなあかんのか」

「まだ一時間くらいあるじゃない」私はアユコをかばうように言った。

「腹ごしらえするのが先やろ、アケミ。模擬店や、模擬店」

 暴走してるのはステイシーだ。ずんずん進む。目立つから見失うことはないが。

「何のために来たと思う? いつも精進料理ばかり食わされてるからここでB級グルメを食べんとな」

 私たちの寮生活では肉や菓子は食べられない。

「お祭りの出店とは違うと思うよ」

 私は言ったが、ステイシーとアユコは目を輝かせて模擬店エリアにまっしぐらとなった。

 そこでまず焼きそばを並んで買った。

 ただ炒めるだけでも、素人だから時間がかかるのは仕方あるまい。

 その後、ステイシーが目敏めざとくパンケーキを見つける。

「これやこれ!!!」

「クリームは?」アユコが物足りなさそうに首を傾げる。

「ここでは禁止らしい。ジャムかシロップやな」

「小さい……」

 数をこなすために小さくしたのだろう。

「まるで今川焼ね」私が言うと「回転焼やろ」とステイシーが言った。

 食べ歩きしていたらメイドがいた。教室で喫茶をしているところは多いらしい。私たちの学校とは大違いだ。

 たちまちステイシーが取り囲まれた。

「お姉さま、ぜひ私どもの家に❤」

「いえ、我が家へ❤」

「みんな、キュートだね❤」

 ステイシーが似非えせ標準語を使うとキャアアア!と嬌声が上がった。

「もう始まるわよ」と私はステイシーとアユコを引っ張った。

「いっぺん言ってみたかったんや。さっきの兄ちゃんみたいに」ステイシーは満足そうだ。

 どこへ行ってもステイシーは女子をコロしまくる。

 グラウンドに演奏のステージがあり機材の入れ替えがなされていた。どうにか間に合ったみたいだ。

「ロカはどこにおるんや?」

「ここではヒロと言って」

「そやったな」ステイシーが頭を掻いた。

 私は年配者が腰かける来賓席にヒロの姿を見つけた。

 黒いキャップを被ったスタジャンとジーンズの女の子。隣には遠くからでも人目を集める美貌の男性。

「長崎先生の弟を専属運転手にしたんやな」ステイシーもヒロを見つけて私に言った。

「家庭教師よ」

「私というものがありながら……」拳を握っている。怖い。

 やがて軽音バンドが舞台に立った。メインは女子三人。

 後ろの男子二人が助っ人だと私は知っている。たった三人の軽音同好会なのだ。

「全然客入ってないやん」

 席は半分も埋まっていない。

 来賓席のヒロの後ろ姿が目立つ。

 そのヒロが「がっかりさせないでよね!」と叫んだ。

 声を聞いたショートボブの女の子がぴくっと反応してにらみつけるようにヒロを見た。

 気合いを入れてしまったね、ヒロ。これでカツラは心置きなくホンモノを見せるよ。

 私はワクワクしてステージを注視した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る