孤独な影使いは強制的に愛される -影光武華伝-

響鬼 霊

第1話 影使いは光と出会う

 この世界には異能力がある。その異能はその人のステータスであり意味を記す。エイ 冬華トウカもまた異能力を持つ一人の少女だ。

冬華の異能は『影』

冬華はその異能にふさわしく、影の薄い陰キャな少女だ。そして彼女は目立つ事を嫌う。


 久しぶりに晴れて日が差している日なのに、冬華は薄暗い部屋の中に座って居た。

 黒く艶やかなうねりのない髪を邪魔にならないように綺麗に束ねひとつ縛りにしている。黒色の瞳の視線は手元にある書物に引かれている。

 彼女の耳には小鳥が鳴く音と使用人や忙しくなく動いている音が聞こえる。その中でも1つの忙しい足音が聞こえてきた。

 その足音はだんだんと近づくに連れて大きくなっていく。書を読んでいた冬華は顔を上げ、戸の方へ視線を向ける。

 勢いよく戸が開くと共に目が痛くなる程の光を浴びる。

 冬華は目を細め光に耐える。目が光に慣れると一人の少女 ヨウ 優鈴ユウリンが見えるようになった。優鈴は水色の漢服を着ており、彼女のツインの団子ヘアーが特徴的でリスのような愛らしさがある。冬華はしばらく少女を見つめる

(同じ小柄なのにこんなに可愛いんだろう。私の顔はツンツンしていて悪役みたいな顔してるからかな?)

 少女は冬華の様子をみて、眉間にシワを寄せた。そしてドシドシという足音を鳴らしながら冬華の元へ歩き、辿り着くと冬華の目の前に仁王立ちした。どうやら冬華は優鈴を怒らせてしまったみたいだ。

「冬華さま!いつになったら買い物に出かけるんですか!」

 冬華は優鈴から視線を外し本を読む。冬華は曖昧な答えをして出かけることを逃れようと試みる。

 そんな行動をしても無駄だと冬華は理解していた。買い物に出かけなければならないという事を。だが、冬華にとって外に出る事になる買い物が凄く嫌いだ。故に冬華はこの状況から逃れたい。

「えー?明日かな?」

 まともに話をしない態度を見て、優鈴は強引に本を取り上げ、書棚に置いてしまった。冬華は優鈴へ視線を戻した。

「何言ってるんですか?昨日も氷華ヒョウカさまに叱られたのに今日も叱られたいのですか?」

 優鈴の血気迫る顔をし、卓に手を付き、冬華へ迫る。視線の熱さに冬華は目を泳がしながら首の後ろを擦る。

「うっ……。それは……」

「冬華さまがお外へ出られるのを極度に嫌うのも知ってます。ですが、今回に関してはしょうがないのですからお外に行くしかありません!」

 実は冬華は将軍を排出している劉家のお茶会に呼ばれたのだ。お茶会という名ではあるが、実際は婚期の近い武家の子女を呼び合コンをする。

「なんでリュウ家は私のような無能力者を呼ぶのかなぁ」

 そう言いながら、飄々とした目を泳がす態度をとった。

 実は冬華は影の異能を持っている事を隠している。きっと優鈴が『冬華は嘘をつき』だと知ったら一刻ほど叱るであろう。だか、冬華は昔のトラウマから異能を隠する事を選んだ。だから冬華は家族にも教えず、無能力者である事を選んだ。

「それは妙齢で影家の令嬢だからです!」

「うぅ……。それはそうだけどさ……」

 冬華は視線を下に向け、苦笑いした。

「とにかく!!冬華さまは着替えてください!」

 優鈴は濃紺の漢服を冬華の目の前に差し出す。漢服を見た冬華はしかめっ面になった。

「えーー〜〜」

 冬華は不満の声を漏らしながら漢服を摘んだ後、優鈴から背を向けた。優鈴はその様子を見て盛大なため息をこぼした。

「もう申の刻15時ですよ!!!お店が閉まってしまいます!!」

 優鈴は回り込み、冬華の目の前に立ち、漢服を冬華へと押し渡す。冬華は無理やり渡された服を受け取った。

「うっ、わかった」

 そういい冬華は席をゆっくりと立ち上がり、漢服を手にし奥の部屋に向かった。

 胸元が少し開いている濃紺と水色の漢服に着替えた冬華は優鈴を連れて馬車に乗って商店街へ向かった。




________________________________________



 彫刻が美しい朱色の門を潜ると、赤を基調とした建物が連なり、色とりどりの看板が縦並ぶ商店街が広がっていた。

ここら辺一体は商店街になっており、帝国一の商売の中心地でもある。北には道具屋の街、西には食品街、東には雑貨屋、南には花街が広がっている。中央には沢山の屋台が並び、食べ物を売っている。これだけ大きければ当然、常に人は沢山いるため混雑している。冬華は歩くと時間がかかると思い、御者に雑貨街の近くまで向かってもらい、馬車から降りた。


 とりあえず冬華は近くにあった適当な装飾屋に入った。店は黒基調で重厚感のある店内で色とりどりの宝石を纏った簪や耳飾りが沢山並んでいる。

 それを見た優鈴は目をキラキラと輝かせながら、フラフラと装飾を見る。その様子を見た冬華は欠伸をしながら、騒いでる優鈴の元へ行った。

「優鈴。騒ぎすぎ」

「むっ!女の子は装飾が大好きな生き物なんです」

 そう言いながら優鈴は頬を膨らませ、冬華を見る。

「そう?私は興味無いけど」

 冬華は興味を無くしたのかそう言って、適当に簪を見る。その様子を見て諦めた優鈴は冬華の手元を見て、冬華にふさわしい宝石を見つけた。その簪は数多な桔梗が重なり合う装飾が美しい簪になっており、所々に青い宝石がついている。冬華の見た目のイメージにぴったりな豪奢な簪だった。優鈴はその簪を持ち、冬華に見せた。

「冬華様!これはどうでしょうか?」

 簪を見た冬華は眉間に皺を寄せる。

「えぇ?それは派手じゃない?」

「冬華様は氷華様と同じくらい華があるんです!だから派手な感じの方が似合います!」

 そう言って優鈴は自信げな笑みを冬華に向ける。冬華はしかめっ面になってため息を吐いた。冬華にとって目立つ事が1番嫌いなのだ。当然、冬華にとって目立つ簪など付けなくは無い。だから優鈴の提案は断固として拒否したい。

「えー?でも目立つじゃん」

「目立たなきゃ、結婚相手を見つけられないじゃないですか?」

「えー。結婚は嫌なんだけど」そう言って冬華は渋面な顔をしてそっぽ向いた。

 冬華は正直、結婚を諦めている。

 何故なら、冬華の異能は他人に悪い印象を与えるからだ。また、目立つ事で悪女としての印象を持たれかねない。だから目立つことを嫌ってる。たとえその美貌を持ったとしても誰かに愛される事は無いと諦めている。とはいえ冬華は武家の令嬢。結婚して家の繋がりを広くするのは当たり前。政略結婚は親が嫌う質なので自由にはしてもらってはいるが、それなりの武官と結婚すべきだと理解している。

 冬華の嫌がる発言を聞いた優鈴は怒り、眉間に皺を寄せ、優鈴に近づき威圧する。

「何言ってるんですか?!冬華様は武家の娘なんですから、気合い入れて結婚相手を探してください!!」

 そうそうに異能を理由に結婚を諦めている冬華にとって、優鈴のこの言葉は胸にチクリと突き刺さった。

「うぅ。それはそうだけどさぁ……」

 冬華は優鈴に向けてた視線を泳がす。咄嗟に見つけたアヤメのガラス細工とたんぽぽの彫刻がされた不思議な組み合わせの簪に目をつけた。それを見た優鈴も気になったのか、一緒に冬華と見る。その簪は何かしら不思議な魅力があり、冬華は気に入った。

 買う事を提案するため優鈴に視線を向けた時、優鈴の奥に見えたキラキラ光る男に目を奪われた。男はどうやら店主と長々と話している。

(なんかキラキラしてる人がいる?)

 すると奥の男が冬華の視線を感じたのか、こっちへ視線を向ける。

 その男の容姿は長身で色素が薄い茶色の髪が光にあたり黄金色に発光し、光で琥珀を填めたかの様な瞳を持つ精悍な顔立ちをしていた。その見た目は光の貴公子と言われても頷けてしまうほどに美しく、つい冬華は見惚れてしまう。男も何も言わずに冬華を見つめる。

(……なんて綺麗な人なんだろう。こんなに綺麗な人には会ったことがない)

 冬華の変な様子に優鈴は眉間に皺を寄せ、冬華を凝視する。

「冬華様?どうにかなされましたか?」

 冬華に質問されてやっと自分が見惚れていた事に気がつく。冬華は慌てて視線を外し優鈴と話す。

「え?いや、なんでもない」

焦っている冬華の様子に優鈴は頭を傾げる。

「そうですか」

冬華は気を取り直し、簪を持ち優鈴に見せる。

「優鈴。この簪、気に入ったんだけどどう思う?」

優鈴は冬華の簪を見る。

「あ、この簪ですか?素朴だけど気品のある簪で冬華様の印象に合うと思います!」

優鈴の言葉を聞き、安心した冬華は優鈴に微笑んだ。

「本当に?じゃぁ、この簪にする」

「では、早速買って参りますね!」

「うん。お願い」

優鈴は店員を目で探したあと、見つけたのか右の方で簪を磨いていた店員の方へ向かい始めた。

それを見た冬華は先程から左で店主と話してる男を見る。

彼は相変わらず店主と会話している。先程と違う事と言えば、雑記メモ帳を手に取り、書き記してるという明らかに装飾屋に来た人として不審な動きをしてる事だ。冬華は思わず眉間に皺を寄せ、彼等の問答を疑り深く見続ける。

(一体、何をしてるんだろう?装飾を買おうとしてる訳でもなさそうだし……)

 話しが終わったのか、店主は裏へ行き、男は雑記を腰に携えている小物入れに仕舞い始めた。

 冬華はふと、優鈴の方をみた。どうやら優鈴は他の装飾も勧められているみたいで会計に手こずってるみたいだ。

(……その手の対応は優鈴の方が上手なので傍観しておこうかな。最悪、私がいるし)

 ふと、男の行方が気になり右を向くが居らず、後ろに振り返ると真横に満面の笑みを浮かべたキラキラ男がいた。冬華は奇声を上げながらビクッと肩を上げて咄嗟に後ろに下がる。

「にっ、にゃっ!!!????」

その奇声を聞き、優鈴は咄嗟に左で佇んでた冬華の方を見る。

「冬華様!?どうにかなされたのですか?」

そう言って冬華は咄嗟に右にある桔梗の簪を手に持ち、優鈴に向かって微笑んだ。だが、優鈴にとって冬華の行動は慌ててるようにしか見えない。

「にゃっ、にゃんでもない」

優鈴は思わず冬華の不審な言葉使いに眉を顰める。

その様子はおかしく、冬華の顔が少し赤くなっており視線が彷徨ってはいるが怖がってる様子もなく普通だ。ただ、背の小さい冬華の真後ろにデカくてキラキラしている男がいる点だけは変であるが。

「??……そうですか」

冬華は武術の心得があり、巨体な武官数人を1人で倒せるほどに強い。その冬華が手出してないということは危険はないのだろう。とはいえ、冬華の変な様子や状況を不審に思い頭を傾げた。冬華の言葉を信じて優鈴は店員の方へ身体を向け話し始めた。

 それを見た冬華は真後ろを向き、男を見る。相変わらず男はデカいしキラキラしてるし微笑んでいる。ただ、冬華にとって、その微笑みは脅迫地味た何かを感じ、思わず震え上がって後ろに下がってしまう。

(ひっ!!!にゃに、怖い。この笑顔怖い。ジロジロ見すぎたからかにゃ?)

「貴女はここで買い物をしてるのですか?」

「へっ?そ、そうです」

 彼は笑みを崩し、普通の人同様に話す。冬華はほっとした。どうやら男はさほど怒ってないみたいだ。だとしてもあの笑顔は冬華にとって母の笑みに並ぶほど怖く感じた。

「そうなんですね。先程からジロジロこちらを見てるので何か御用でもあるのかなと思って声をかけました」

 そう言って彼はまた再び威圧の笑みを浮かべる。冬華は再びビクッと肩を上げ、物凄い速さで後ろに下がった。そして男から顔をそっぽうに向いており赤くなっており恥ずかしがってるのが分かる。

(やっ、やっぱり不快だったんだぁ!!)

 余計、慌ててる冬華を見て男はクスッと笑った。当然、慌ててる冬華は知らない。

「へっ??!と、特に御用は無いです!!」

 男は腕組みして冬華を凝視した。明らかに疑っている様子だ。

(うっ、疑われてる!!でも、実は貴方が綺麗でつい見蕩れてましたなんて言えないし!)

「そうですか」

 ずっと慌てている冬華を見て、男はそう言って頷いた後、冬華に優しく微笑んだ。

「は、はい!!」

 冬華はとりあえず水に流すため、勢いよく縦に頷く。男は冬華の一部始終の動向を見たあと、言葉を放った。

「実は最近、ここら辺で人攫いが多発してまして。あまり寄り道せず夕暮れになる前に帰ってくださいね」

 冬華はふと男が雑記メモ帳に何かしら書いてたことを思い出した。どうやら男は人攫いの調査をしていたらしい。

「え?あ、だから雑記を……」

「ええ」

 男は微笑んで頷いき、また冬華の動向の様子をみる。

(あ、この人、捜査してたのか。てことは武官か捕吏なのかな?だとしたら、ずっと見つめててた私の行動て不審だし、不快なことしてるよね!!)

冬華は眉尻を下げ申し訳なさそうに男を見た。

「あっ、そうなんですね。さっさと用事を済ませて屋敷に帰ります」

男は満足そうに笑って頷き、店の出口を見た。

「では、私は用事があるので」

そう言って、男は冬華に軽くお辞儀をしたあと店から出て行った。

冬華はその様子を一部始終見たあと、ほっと息を吐いた。そして優鈴を見た。どうやら遊凛は買い物を終えたみたいで冬華の方へ向かった。

「冬華様。買って参りました!」

そう言って優鈴は髪に包まれた簪を見せる。冬華はそれを見てゆっくりと頷いた。

「随分、遅かったね」

優鈴は眉をひそめ苦笑した。

「はい。実は店員に他の装飾をオススメされてしまって」

「あー、なるほどね。金持ってそうだと思ったんじゃないかな?」

「かもしれません」

ふと、優鈴は脳裏に冬華が男に迫られてたのを思い出した。

「それよりも冬華様の方は大丈夫でしたか?」

「えっ?」

冬華はギクリとし、後ろに少し下がった。

「男の人に迫られてませんでしたか?」

優鈴は1歩、近付き、真剣な面持ちで冬華を見る。冬華はヘラヘラと笑い、視線を泳がし、誤魔化す。

(あっ、話してたのバレてるみたい……)

冬華は項を右手で擦りながら苦笑する。

「え?ああ……。なんか男性の行動が不審で見てたら、怪しまれてしまったみたい」

「えっ?!それは大丈夫なんですか?」

優鈴は目を大きく開いて驚き、冬華を心配しているみたいだ。冬華はそれを見て、何となく申し訳なく感じてしまった。

「うん。どうやらその人は人攫い事件の捜査をしてたみたい」

「あ、なるほど!捕吏の方だったのですね」

安心したのか優鈴はほっと息を着いた。

冬華は苦笑した後、ぽつりと小さく呟いた。

「本当は見蕩れてしまったんだけどね……」

「今なにか言いましたか?」

優鈴は上手く聞き取れなかったのか、冬華の方へ耳を傾ける。

「ん?何も言ってないよ?それよりも書店に行かない?この前、お父様から頂いた本が読み終わってしまって読む本がないんだよね」

冬華はキョトンとした後、話を上手く流した事で優鈴は頭を少し傾げるだけですんだ。冬華は深く詮索されずに済んで思わずほっと息を吐く。

「え?もうですか?」

優鈴は呆れ顔で冬華を見る。

冬華はかなりの読書家でもある。単純に冬華が外に出るのが嫌いな上に出先が不器用な為、読書や勉学が多くなる。外に出たとしても1人で武芸の稽古をするのがほとんどだ。つまり冬華に取って書物は大事なのだ。

「うん。だから買いに行かない?それに優鈴、裁縫書が欲しいて言ってたし」

そう言って冬華は優鈴に微笑む。

いつも、時間がかかるからと優鈴に断れるのだが、冬華は優鈴が欲しがっている書物を買ってあげるという条件で行く許可を頂こうという作戦だ。

優鈴は不安げに冬華を見る。

「それはそうですが……。人攫い事件が起きてるのに大丈夫なのですか?」

「大丈夫だよ。私、下手な武人よりも強いし」

「それはそうですが……」

冬華は得意げな顔で仁王立ちした。優鈴はそれを見て苦笑いした。

「さっさと選んで買えば大丈夫!そうでしょ?」

人攫い事件か起きてるという状況を軽視している冬華に呆れため息を吐いた後、困った顔のまま愛想笑いをして答えた。

「まぁ、そうですね」

「やったぁ!ありがとう!優鈴!すぐに選んで帰ろう!!」

そう言って冬華ははにかむ笑顔で優鈴を見つめた。それを見て優鈴はため息を吐いたのだった。




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