第36話 永久追放の危機
「あい?えっと、もうちょい声大きくできますか?」
「愛谷恋!!お前と同じラノベ作家だよ!!!」
この銀髪のエルフのようで可憐な少女が本当にあの愛谷恋なのかと疑問が湧いてくるが最近の流れからするときっと本人なのだろう、高校生のガキンチョに初対面で清々しいほどのタメ口で話されているがすることは一つ、部屋から白紙とネームペンを持ってきて一言言ってやる。
「サイン貰ってもいいかな…?へへへ…」
ニヤニヤしながら頭を下げるという変態のような言動をすると愛谷恋も驚く。
「き、気持ち悪い…」
「確かに…」
その通りなのだが初対面の人間に言うことではない気も少しする、この子はきっとコミュニケーションが難しいが故に口が悪くなってしまっているのだろう。とにかくゴリ押しでサインを貰おう、そういえば師匠と桃華からサイン貰うの忘れてたな。
「本物の愛谷恋ならサイン書けるよね!?」
少し煽り口調で尋ねる。
「あ、当たり前だろ!!さっさと紙よこせ!」
思った通りに乗ってくるので無言で紙を渡す。
「ん…ぬっ…んなぁ…」
当然空中では紙が安定せず上手く書けずに苦戦している、整った容姿の女の子が一生懸命に頑張る姿というのはとても可愛く目の保養だ、いやどちらかと言うと赤ん坊の面倒を見ているときの気持ちの方が近いかもしれない。ニヤニヤを継続しながら頑張る愛谷恋を眺めているとこっちを睨んでくる。
「お、おい!!サインが欲しいなら書きやすいように気配りしろよ!」
話している内容は威圧的なのだが声量は小さく喋り方もどこかオドオドしているので怖さは全く感じない、緩み切った顔で壁を指刺すとカーっと顔を赤に染めた後に無言で紙を壁に沿わせてサインを書いてくれた。
「こ、これでいいだろ!」
紙には漢字で愛谷恋と書かれている文字を崩す訳でもなくむしろ達筆と言える、今時硬派な男前俳優ですらサインらしいサインを書けるはずだ、これは推測だがサインを考えたことがないのだろう。俺ですらサインの練習は欠かさない、いつ目の前にファンが現れてサインを求められてもいいように訓練を積んできた、もちろんそんなことがあるわけもなくサインを書いたことはない。
「お!ありがとう、じゃ!」
ハンドサインで撤退の意思を示しドアを閉めようとしたところに足をねじ込んできた。
「ちょっと待て…!!」
なんだ普通に喋れるじゃないか、いやまだ口調は荒い。
「ごめんごめん」
身近には俺よりパワーバランスで上をいく人間としかいない、あ、陽太とは同じ階級だ。そんなわけでからかう側というのが新鮮でついつい意地悪をしてしまった。
「で、売れっ子の愛谷恋が何の用ですか」
「U22に応募すると聞いた、せ、宣戦布告だ…!」
声が小さくおどおどしてるのは先ほどまでと変わりないが今回は目をしっかり見ている、闘志が溢れ出ていた。それよりなんで俺が応募することを知っているんだ。
「なんで俺みたいな底辺作家に宣戦布告なんてするんだよ、眼中にないだろ」
厄介ごとの匂いがプンプンするので受賞する気しかないのを隠し必要以上に自分を卑下し適当に受け流す。
「その通り、お前は底辺作家だ…」
このガキが…
「じゃあ尚更俺の相手してる暇なんてないだろ、お互い頑張ろうな、じゃ」
「だからまて…」
閉めかけのドアに足を挟んでくるくだりをもう一度する。
「に、新山さんから聞いた…九重龍、お前が弟子だと!」
厄介ごとを運んできていたのは師匠だった。
「本人から直接聞いたのか?」
「あぁ」
まさか師匠が誰かに教えるとは思ってもいなかった、今のところ出来の悪い弟子なので俺のせいで師匠の名が傷つきかねない。人に弱みを見せるなんてことを許容できる人間だとは思っていないので自発的に人に伝えることはないと考えていた。
「そ、そのあとお前の本を読んだ…」
これはあれだ、いつもの酷評される流れだ。
「い、意外と面白かった…」
「嘘だろ!!?十人に聞けば十一人がつまらないって言ってるのに!?」
「…?他人がどう思うかは関係ない…私は面白いと思った」
褒められる経験が人生において足りてないのでめちゃくちゃ嬉しい、ついつい愛谷恋の手を掴みブンブンと振りまわしてしまう。
「ありがとう!!流石売れっ子!見る目がある!!」
「あ…ぅ、や、やめろぉ!!」
振りほどかれてしまう、いや当然だ、年下の女の子の手を急に掴むとか俺は一体何をしているんだ…
「わ、悪い…」
目を逸らしてから話を続ける。
「それでも私の方が面白い作品を書いてる自負がある!」
「そりゃそうだろ」
否定なんて出来る訳がない、数字という結果にも表れているし俺自身も分かりきっている。
「だ、だから…受賞したら私が新山さんの弟子になる…!」
「はい~???」
新山千の弟子という肩書だけで自尊心を保っている俺から弟子の立場を奪うつもりなのか?確かに師匠は俺のことを下に見ていて、口がとてつもなく悪くて、むちゃぶりもして、簡単に俺のことを殺すけど…!その大量のマイナス面が気にならないほど一緒にいてプラスなことの方が多い、この立場を譲るわけにはいかない。
「ちなみにその話は師匠がOK出したのかな…?」
「あ、うん…君が受賞したら愛谷君を弟子にして九重君は私の目の前から永久追放にしよう、って言ってた」
そんなに大事な話は普通本人が目の前にいるときにするものではないのだろうか、しかしどこで言っていようが嘘はつかないのがあの人だ、俺が負けたら本当に永久追放されるのだろう。この子がこれを言いに来るのが分かっていたから師匠はやけに急ぎながらもニヤニヤしていたのか…やっぱり性格悪いな…
「無理無理無理!!!絶対俺が受賞するから!!負けねえからな!」
俺が愛谷恋より上なのは身長と年齢だけだ、その二つを遺憾なく発揮し物理的な上から目線で宣言する。
「ま、負けない…絶対新山さんの弟子になる…か、帰る」
そう言い残して愛谷恋は帰っていった。
「俺の作品面白いって言ってたしサインあげればよかったな…」
元から受賞する気しかなかったが負けれない理由が出来てしまった。
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