第35話 ライバル候補はコミュ障らしい

 「陽太敵こっちや!!」

 「あ!Myuiさんカバーしてよ!!」


 こいつらはイラストレーターと呼ばれる人間で俺より残された時間は少ないはずなのにやたらと余裕そうだ、陽太がMyuiの家に居ると聞いたときには合宿のときのような厳しいイラスト漬けの生活を送っているものだと思っていたのに二人はソファでくつろぎながらゲームをしている。


「随分と楽しそうですねお二人さん!!」


 大きい声を出したことでようやく俺たちの存在を認知する二人。


 「うわ!龍と新山さんいつからいたの!」

 「フフ、今来たとこだよ」


 陽太に対する師匠の態度は俺への対応とは比べものにならないほど優しさで満ちている。


 「いい加減不法侵入やめえや新山」

 「私は法律の内側に収まるような人間ではないよ」


 いや、人間を自称するなら法は遵守しましょうよ…


 「で、なにしにきたんや」

 「九重君が夢見君の様子を気にしていたようだから連れてきたんだよ」


 そのセリフに反応したのは陽太ではなくMyuiだった。


 「陽太がサボってないか気になったちゅう訳か!」


 そこまでではないが半分くらいは正解だ。


 「俺サボると思われてんのかよ~」

 「そこまで心配はしてないけどな!」

 「今も一日一枚投稿は続けてるから安心してくれ~今はたまたまストックがあるからゲームしてただけだよ」


 ゲームをしていることに文句を言うつもりもないし言える立場でもない、24時間全てを上達のために使えなんていう人はいないだろう。一人の例外を除いてだが…


 「文句言うつもりはねえよ、SNS見たらめちゃくちゃ人気になってたから何か変わったかなって思っただけ」

 「ん~特に変わったことはないかなあ~文句言われながらひたすら絵描いてるだけだなあ」

 「文句じゃなくて教えや!」


 二人のやり取りにいつも通りの日常を感じる。


 「表紙は任されそうか?」

 「あぁ!ぶっちゃけ自信アリ!」

 「運次第やろ、まぁ最低限は超えてるわ」


 理想を語る陽太と現実を見つめるMyuiで意見が食い違うがそれもまたこの二人らしさがある。


 「あとは祈るだけだな」

 「その通り!ということで私達は帰るよ、二人はゲームの続きを楽しんでくれたまえ」


 別れの挨拶を交わす間もなく強制帰宅をさせられる。


 「そんな急ぐ必要ありました…?」

 「まぁまぁそんなことを気にしても仕方ないじゃないか」


 結論を話さずになにかを濁すような普段とは違う喋り方に若干の違和感を感じながらも特に疑問をぶつけることはしない、したところで意味がないのが分かりきっているからだ。


 「ではラストバトルの執筆を続けるように」


 ニヤニヤと口角を上げながら師匠は消えた。


 「なんなんだマジで…」


 俺がいくら考えたところであの人の考えなんて微塵も分かるはずがないので大人しく言われた通りに作業を開始しようとパソコンに向かい合う、陽太の様子を見たことでモチベーションは高まっている。ゲームをしてリラックスできるのはある程度上り詰めることが出来た人間の特権、上昇中の俺のような人間にはのんびりしている暇なんてない、汗も血も流してガムシャラに頑張るしかないのだ。


 「よーし!始めるぞ…!」


 勇者との戦闘シーンの前に再開後の会話や心理描写を丁寧に書いていく、国も魔王も操っていた黒幕であることを知りパニックに陥る。勇者の復讐の為に多くの命を奪ったことの罪悪感が今になりようやく湧いてくる主人公、現実に絶望するその瞬間を書き進める。頭の中に言葉が溢れ書く手が止まる気がしない、このまま最後まで書ききることが出来る、そう思っていたのに現実はなかなかうまくいかない。


 ――ピンポン――


 チャイムが鳴る、いつもこの音に集中を遮られている気がする。いっその事チャイムを外してしまおうか、師匠にお願いしたら対応してくれるのではないだろうか。

 どうせ桃華がまた荷解きを手伝えと言いに来たのだろう、作業中なのでここはビシッと断ってやると意気込む。


 「桃華!今日は手伝わないからな!!」


 ドアを開けながら大声を出すと目の前に立っていた人物が冷静に言い返してきた。


 「誰と間違えているのかは知らないが、何かを手伝わせに来たわけではない」

 「あ、すいません…って誰…?」


 目の前にはMyuiより少し背が高い少女が一人、なのだが俺はこの少女に心当たりがない。ここ最近来客が多かったが師匠、桃華、陽太、全員顔を知っている人間が訪ねて来ていたのだがこの人は完全に初対面だ、師匠のときのように一方的に知っているわけでもない。


 「「…」」


 何故か俺の家を訪ねてきた謎の少女、向こうが喋らないので無言の時間が続く。最初の言葉を聞く限りキツイ性格なのは分かるのだがそれ以降口を閉ざし言葉を発する気配がない。


 「あの…どちら様ですか…?」

 「こ…あい…」


 こちらから質問することでようやく口を開いてはくれたのだがボリュームが小さく聞き取れない。


 「あい?えっと、もうちょい声大きくできますか?」

 「愛谷恋!!お前と同じラノベ作家だよ!!!」

 

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