第34話 一方その頃

 「私の言いつけを守らず深夜に帰宅か、いいご身分だね」


 ニコニコとしているが体から怒りのオーラが滲み出ている、女神様と揉めたときのようにハッキリと目に映っているわけではないが確実にそこに黒いオーラが出ているのだ。

 そんなことに驚いている場合ではない、とにかく言い訳が先だ。ついうっかり忘れていました?桃華に呼び出されて?たまには反抗したくなった?ダメだ、どんな言い訳をしても痛い目に合うのは確定している。実際は作業が終わったタイミングでも桃華が訪ねてきたので報告するタイミングが存在しなかったのだ、ついでに忘れていた。本当のことを言うべきなのだろう、大人しく罰を受け入れよう。


 「桃華に呼ばれてそのことで頭がいっぱいいっぱいで忘れてました…ごめんなさい!」


 言い訳はなし、誠心誠意の謝罪、腰を90度に曲げ精一杯謝る。


 「顔を上げたまえ」

 「は…はい!」


 ――スパッ――


 「ありがとうごぁぇ…んぇぁぅ?」


 俺が体勢を元に戻そうと体を起こしたら鋭い何かと首が接触する、体の軌道上に刃物が配置されていて少しの抵抗もなく首が斬れる。死ぬ前の数秒で切り離された体と謎の刀を床から眺める、あれなんて言うんだろう、青龍刀かな?にしても少し約束忘れただけで首ちょん切るか?俺が悪いけどやりすぎでは??目から光と色が消えていく、体が熱い、体ないけど。


 「ハッ!!俺の体ある!!生きてる!?!?」


 首の下に胴体があること、俺の部屋に謎のデカい刀がないことに感謝する。今ならこの世の全てにありがとうと言えそうだ。


 「これくらいで許してあげよう」


 何故かニヤニヤしながら許してくれた。

 これくらい?首を一刀両断って俺は国家転覆でも目論んだテロリストかなにかか?普通の、いや師匠以外の人間は遅刻してきただけの人間の首を斬らないだろう。そして首と胴体が分かれた人間を見てニヤニヤしないだろう。


 「では本題だ、修正した箇所を確認しよう」


 俺からでは何もかもが初めての体験なので若干頭が追い付いていないのだが師匠はまるで日常かのような態度で話を展開してくる。


 「ど、どうぞ」


 先ほどの恐ろしい光景が脳裏にこびりついて離れない、及び腰でパソコンを渡す。


 「今じっくり読むと九重君が沈黙に耐えられそうにないからさっさと終わらせるよ」


 10秒ほど画面を最速でスクロールしパタンとパソコンを閉じる。


 「OKだ」

 「よっしゃあ!」


 こびりついていたはずの光景は喜びでかき消された。


 「残すはラストバトルとその後の物語の締めだけだがいつも通り書いてみてダメなら指摘する形をとるよ」

 「わかりました、余裕で締め切りには間に合いそうですね」


 八月のカレンダーも中盤に差し掛かっているが締め切りの10月末まではあと二か月以上もある、この 調子で書くことができたら九月末までには完成するだろう。残りの一か月で細かい修正をし万全を期してU22に応募することができる完璧なプラン、のはずだが何かを忘れている気がする…


 「あ!!陽太はどうなりましたか!?」


 そうだ、そうだった。陽太はそこまでの余裕がないのだった、俺自身の作品に夢中ですっかり忘れていた。


 「そちらも抜かりはない、夢見君のSNSを見てごらん」


 言われた通りにスマホで陽太のSNSを見てみるとフォロワーは10万人を超えていた、絵の実力も合宿のときから更に上達し線、構図、色使いなどなにからなにまで全てが格段にレベルアップしていて別人のような上手さに到達し、イラストの投稿には毎回一万を超える反応が寄せられ名実ともに人気イラストレーターになっている。


 「すげぇ…けどどうなんですか?表紙の依頼来ますかね…」


 陽太が表紙を描けるかはかなり運要素が含まれている。


 「そうだが夢見君の実力は既に私も認めている、気にする必要はない」


 そう言われても気にはなるが師匠がそう言うのなら気にしないほうがいいのかもしれない、しかし私も認めているという言い方が少し気になる、陽太にオファーが来るようにでもしてくれるのだろうか。


 「ではあとはいつも通りに進めるように」

 「あ…ちょっ…もういねえし…」


 何か細工でもするんですかと聞こうとしたときには既に師匠の姿はなかった。


 「まぁとりあえず寝るか!」


 今日は執筆に加え肉体労働もしたので体が悲鳴を上げている、早く休めと全ての細胞が嘆いているのが聞こえる。

 10時間夢も見ずに熟睡を果たす、体が軽く頭も冴えわたっている、今日もきっと素晴らしい文章を紡げるだろう。

 五時間後の俺はパソコンと向かい合い作業をしていると見せかけFPSゲームに勤しんでいる。締め切りまで時間があるのでサボっているわけではなく、なかなか思っていた通りの文章が書けないので気分転換で遊んでいるのだ、そうこれはマイナスではなくプラスな行動なのだ。

 作業がなかなか捗らない理由はなんとなく分かっている、陽太だ、まるで片思いしているようだが断じて違う。実力を伸ばしイラストレーターとしてある程度上り詰めた陽太が今何を思い何をしているのかが妙に気になった。SNSを見てもイラスト以外はあまり載せていないし家まで行くのはめんどくさい、困ったときは呼べと言われているし師匠を呼び出すことにする。


 「師匠!!助けて!!」

 「私を足に使うとは九重君も成長したね」


 少しの間も置かずに飛んでくる、皮肉も飛んできたがそれこそ気にしない。


 「夢見君なら今はMyuiの家に居るよ、様子を見に行くかい?」

 「お願いします!!」


 俺の考えは相変わらずお見通しなようなのですぐに連れて行ってもらう。きっと今もMyuiにしごかれながら絵を描いているんだろう、俺も何かを得て良いものを作らなくては。

 Myuiの家は相変わらず広い、前来た時とはあまり変わらない。変わっていることと言えば陽太とMyuiが二人仲良くゲームをしていることだ。


 「陽太敵こっちや!!」

 「あ!Myuiさんカバーしてよ!!」


 気が緩み切ってやがる……

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