第33話 強敵の予感

「高校生?誰が?」

 「愛谷恋よ、18歳の高校生らしいわよ」


 衝撃の事実が発覚した、俺がデビューする前から界隈で売れっ子の名を欲しいがままにしてきたあの愛谷恋がまだ高校生だなんてなかなか信じ難いことだ。つまり俺は自分より一回り年下の作家に大きな差を付けられていたわけだ、まぁ作品の優劣に年齢は関係ないのだけれども…それでも悔しいものは悔しい、そしてU22に応募するということは敬意を表するだけではダメ、対等なライバルにならないといけない、しかも俺は師匠に特別待遇で教えを受けている俺の負けは師匠の名を傷つける可能性もある、より一層気が引き締まる。そして確信していることがある、愛谷恋は絶対にクソガキだ、若くして成功した自分を過信しているいや、結果を残しているから過信ではないが過去の俺の上位互換的存在だろう。俺が世の中の厳しさを教えてやる必要があると己に言い聞かせる。


 「もしかして言っちゃダメなヤツだったかしら」


 初耳の情報に思考を巡らせる俺を見て桃華は痛恨のミスに気付く。


 「情報隠してるからな、多分ダメなヤツ」

 「じゃあここだけの話ね!」


 こいつにだけは隠し事を話すのはやめておこう。


 「それ本当に外で言うなよ…ファンの耳に入ったら大事になるからな」

 「そ、そうよね、ありがとう気をつけるわ」


 親切心で釘をさしておく、普段なら「分かってるから!余計なお世話よ!」と騒ぎそうなとことだが流石に大事になると思ったのか大人しく忠告を受け入れてくれた。


 「そういえば夢見君って最近なにしてるの?高校も龍と一緒だったんでしょ?」


 桃華は会話をやめようとはしない、手より口の方が動いてるような気もするがそのまま会話を続ける。


 「お前と同業者かな、いやイラストレーターだから少し違うか」


 本人も隠していないだろうと思いありのままを伝えてしまう、もし隠していたのなら土下座でもしよう。


 「確かに絵上手かったもんね、相当有名になってるんじゃない?」

 「いや全然、俺と一緒で売れないイラストレーターしてるよ」

 「あ、そうなのね」


 気まずいとも少し違う何とも言えない時間が流れる。


 「もしかして龍の作品の表紙描いてるの夢見君なの?イラスト夢見太陽って書いてあったの覚えてるわ!絶対そうよね」


 その通り、陽太を知っている人間ならすぐに本人だと気付くペンネームだ。よく覚えていたな、感心感心。


 「どんな絵かは全く覚えてないわね…ちょっと持ってきてくれない?」


 断りたいが作業しっぱなしというのはかなりしんどい、執筆なら耐えれるがただの雑用というのはやはりキツイ。部屋に向かおうと立ち上がって少し伸びると全身からパキパキと音が鳴った。


 俺が本を出すときはいつでも陽太がイラストを担当しているので数冊取って桃華の部屋に戻る、立ち上がってから再度部屋に入るまで約一分だ。


 「はいこれ、何冊か持ってきたから見ていいよ」

 「ありがとう」


 一言だけ言い真剣にイラストを見ている、表紙だけでなく全ての挿絵もじっくりと眺めている。流石漫画家と言うべきか絵を見るときはまさに真剣。当たり前だがその間作業は進まない、俺は人の家の机を一人で一生懸命組み立てているのだ。罰ゲームかなにかですか?

 持ってきた全ての本の表紙と挿絵を見終わった桃華の発言は概ね想像通りのものだった。


 「ぜ~んぶ微妙ね!」


 だと思いましたよ、自分がいないところで微妙と評される陽太は可哀想ではあるが本人もその自覚がありそうなのでまあいいだろう。


 「一応聞いておくけどどこが?」

 「絵描き以外が見るなら貶すところはないけど褒めるところもないって感じね」


 まさに微妙という言葉がピッタリだな。


 「絵描きから見るとどうなんだ?」


 決してダメな箇所を根掘り葉掘り聞き出したいわけではなく只々興味本位で聞いているだけ。


 「まず華がないわね、線と色使いがパッとしないしインパクトが弱いわ、表紙のカラーイラストがこれじゃ本屋で手は取られないわね」


 想像以上にボロクソ言われてる、まあ俺には関係ないしノーダメージなのでもっと聞きたい。そういえばMyuiからも同じようなことを言われていたような…克服すべき弱点が見えているというのは不幸中の幸いなのかもしれないな。


 「他には!?他にはないのか!?」


 言いようによっては俺よりも陽太の方が上っぽく聞こえるのでもっとダメなところを聞き出しておこう。


 「そうね、これは想像だけど少し手抜いている気がするわね」

 「なにぃぃいいいいいい!!?」


 これはスルーすることなんてできない、俺の本の表紙で手抜きだと!?断じて許さんぞ俺は。


 「意地でもこの作品を売ってやろうって気持ちが伝わらないのよね、まぁあくまで絵描きの私目線だから一般読者には伝わることはないだろうけどね」

 「へー」

 「なんというか諦め…?どうせ売れないと思ってそうなのよね」

 「ぐっ…」


 心臓がドクンと跳ねる、さっきまでは陽太がボロクソに叩かれるのを望んでいたが諦めの話は俺にも当てはまっている。陽太がそう思っていたのかは本人に聞かないと分からないが俺は確実に売れなくてもしょうがないと思っていた、やはり優れたクリエイターは技術だけでなく作品を見る力も秀でている。


 「とはいっても表紙買いさせるのは難しいことだけどね、ラノベでそのレベルにあるのはMyuiとかの数人だと思うからあんま気にすることじゃないわね」


 畑が違くてもMyuiは当然のように認知されている。


 「Myuiのこと知ってるんだな」

 「当ったり前でしょ!漫画家とイラストレーター合わせても一枚絵の上手さなら世界一よ!私も参考にするときあるもの」

 「ですよね~」


 分かってはいた、わかってはいたのだが俺と陽太の師匠はどうやらとんでもない人物なようだ。教えてもらっていることを大々的に公表しているわけではないのだがもし目標を達成できなかったら死ぬほど恥ずかしい、絶対に大賞を獲って陽太が表紙を描くのを実現させなくてはならない。


 「ボロクソ言われたところだけど、U22で俺が大賞獲って陽太がその本の表紙と挿絵を描くって目標が俺たちにあるんだ、絶対叶えるから見ててくれ」


 決意表目を兼ねて桃華にも伝えておく。


 「ふーん、じゃあコミカライズは私ね、面白くなかったらやらないけど」

 「どんだけ上から目線なんだよ!!」


 なんて話しながら作業を続けようやく机、椅子の組み立て、パソコンのセッティングが終わる。


 「つっかれた!!今日はもうここまででいいよな!?」


 思ってた以上に時間がかかり体力も底をつく、今日はもう帰って寝ると訴えかける。


 「しょうがないわね、また手伝いなさいよね!」

 「ハイハイ、じゃあおやすみ」


 時間は午前1時、24時間以上は確実に起きている。作業だけならもっと早く終わっていただろうが創作のことについても語り合ってしまったので想定より時間がかかってしまった。もう若くないオールしたところで自慢できる年でもない、はやく帰って寝よう、徒歩5秒で帰宅できるのがお隣さんの強みだ。


 「桃華がコミカライズ版描いてくれたらめちゃくちゃうれしいな~」


 独り言をつぶやきながら部屋に入ると室内に不気味な黒い影、空き巣がこんなアパートを狙う訳もなく誰がいるのかは丸わかりだ。


 「私の言いつけを守らず深夜に帰宅か、いいご身分だね」


 執筆しているときよりも全力で頭を回す。

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