第3話 ただ生きたいだけなのに
立野さん――霊能者はおれを具現化させるために石を置いた。石に戻ったおれはやつを黙らせようとしたが、なかなかやつを捕らえることができない。
「立野は偽名か」
「こういう仕事で本名名乗るアホがいるもんか」
霊能者はおれより優位に立とうとしている。いけ好かないやつらのやり方だ。
「あのじいさんはこの村の土地神だな。村をお前から守ろうとしていたんだ、いい神様じゃねえか」
「よくわからない。貴様から身体をもらう」
おれはおれの本能で動いた。身体のないおれたちは他の生き物に寄生して、身体をもらわないといけない。動物なんかは簡単に寄生できるが、惨めで弱い奴のやることだ。一度人間に取り憑いたら、もう元には戻れない。おれは人間にしか取り憑きたくなかった。
「身体をもらう、か。残念ながら俺からは身体はもらえないぜ」
霊能者の言うとおり、真名を知らなければ人間の身体を取ることができない。名前は人間だけが持っているおれたちに対抗する手段だった。
「あの中学生たちも渾名でお互いを呼び合っていたから、何とか助かった。もし本名を知る機会があったら、一気にお前は身体をとっていたんだろう?」
「その通りだ、ふざけた名前で呼び合いやがって」
おれが吐き捨てると、更に霊能者は嘲ってくる。
「でもそのおかげで、中途半端な存在が生まれたわけだ。俺も身体をとられた連中を何度も見てきたが、あんな変な自意識で固まったのは見たことがない。珍しいぞ、お前」
また霊能者がおれをバカにする。
「とにかく、何百年も前にお前はこの箱というか祠に封印されたんだ。でも、おそらくこの前の地震と長雨で山の中にあった祠が沿道まで転がり落ちてきた。それで目覚めたお前はこの封印を何とか開けさせようと、いろんな方向に瘴気を放った。この封印を解け、ってな」
おれは霊能者の隙を探るが、やはりこいつの身体はとれそうになかった。
「それで操られたようにやってきた中学生たちの身体をとろうとしたけど、できなかった……違うか?」
おれは何も言い返せなかった。奴の言うことがおそらく正しい。
「それでは問うが、おれはどうすればいいのだ?」
「大人しくあるべきところに帰れ」
「あるべきところとは?」
「ここだ」
霊能者は手のひらを開いて、おれに石を見せつける。
もう一度完全に封印する気なんだ。
「いやだ、そこは、さみしい」
「それでも、お前のあるべき場所はここなんだよ」
おれは必死で逆らうが、霊能者の圧が強くなる。
力で負けるのか? おれは……。
「それならお前が替われ。永劫の闇、孤独、これが宿命なら何故おれは生まれたんだ?」
おれは必死で霊能者に抗う。
このままでは、本当に石に封印されてしまう。
いやだ、絶対いやだ。
もうあんなところに閉じ込められたくない。
「そうだな……孤独でないならいいんだな?」
「そうだ、人は賑やかでいい。おれは人になりたいんだ」
霊能者がニヤリと笑う。
しまった、おれの望みがあいつにばれてしまった。
望み、それは真名にも等しい呪を持っている。
それがバレたとき、おれたちは相手に支配される。
「人はくれてやらんが……お前の望みは叶えてやるぞ」
おれはおれの死を覚悟した。
そうだ、おれの望みは永劫の安楽。
この地獄から抜け出せるならどこへでも行きたい。
人を殺しても、修羅になっても、おれは楽になりたかった。
急に周囲の圧が溶けた気がする。
おれは真っ白で、ふわふわしたものの中に入った気がした。
そうか、これが極楽、おれの辿り着いた場所か。
ここで真の安楽が訪れるのだろう。
こうしておれは、おれとしての存在を終わらせることになった。
***
「どうも、お世話になりました」
神主が霊能者に頭を下げた。霊障が残っていた中学生たちも、しばらくすれば回復するだろうというのが霊能者の見立てであった。
「土地神には新たに祠を作って、真摯にお祀りしていこうと思います」
「ああ、よろしく頼む」
霊能者は一瞬見えた土地神の姿を思い出していた。
「それにしても、それほどの瘴気を発する存在が山中に放置されていたなんて……私もまだまだですね」
神主は霊能者に再度頭を下げた。
「俺は他の人よりちょいとこういうのには敏感だからな……遠くからでも聞こえてきたんだよ。泣きわめいて、村全部をぶっ壊そうとしているくらいの強い悪意がね」
霊能者はそう言うと、社殿を後にした。
「さて、早いところこんな田舎から帰るぞ」
『おれもつれていくのか?』
霊能者の懐から低い声が響く。その胸元からは可愛らしいテディベアが覗いていた。
「人間には情けがあるんだよ。お前が悪さをしないというなら連れて行ってやるぜ」
『わるさとは?』
「人をとらない。条件はそれだけだ」
テディベアは霊能者の胸元でむくむくと動いた。
『きえるのはいやだ、ひとをとるのはやめる』
「よし、それじゃあしばらく付き合ってもらうぜ」
霊能者は「よくないもの」を封じた石を入れたテディベアを撫でた。
「それにしても名前が必要だな……今日からお前の名前は呪いのクマだ。よろしくな、呪いのクマ」
『もうすこしマシな名前がいいんだけど』
テディベアはすぐに不服を訴えた。
「じゃあ……そのうちな」
こうして、霊能者はその村から立ち去った。それ以降、土地神のおかげなのかその村では不思議な出来事は起こらなかったという。
〈了〉
祠を壊しただけなのに 秋犬 @Anoni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます