アナログ巌流島の決闘

沙月Q

勝つのは武蔵か小次郎か……

 対決の時は来た。

「遅いぞ!武蔵!」

 小次郎役の親友、高倉が名刀〈物干竿〉を抜いて鞘を投げる。

 俺は、台本通りの名セリフを返した。

「小次郎、負けたり!」

 ここは巌流島。

 海も白浜も、目の前の小次郎も全てCGだが、実際に俺は巌流島にいるのだ。


 VRゲーム「武蔵LIVES」は、宮本武蔵の生涯をほぼ完全な主観で追体験出来るものだった。

 三十三間堂の戦いや一乗寺下り松の決闘など、クリアした時の爽快感はそれまでのゲームと一線を画すものとして、世界中で評判となっていた。

 俺や高倉がハマっていたのは、自分の好きな役柄でゲームに参加できる「ロールプレイモード」だった。

 俺が武蔵で高倉が小次郎役となり、ストーリーを進めて来たのだが、クライマックスである巌流島での決闘が近づいた時、高倉が提案した。

「本物の巌流島でゲームを締めくくらないか?」

「いいね!」

 俺と高倉は連絡船で山口県の船島(巌流島の正式名)に渡った。


 その日は幸い観光客もまばらで、島に人気は少なかった。

 砂浜ではなく遊歩道上ではあったが、俺たちは人目を気にすることなくゴーグルをかぶってゲームの締めくくりを始めた。

「惜しや小次郎…」

 俺は砂浜を走って来た高倉の剣を掻い潜り、高々と跳躍すると櫂を削った木刀を振り上げて小次郎の頭目掛けて振り下ろし…

 頭に衝撃をくらって地面にどっと倒れ伏した。

 ヴァーチャルではない、現実そのものの激痛にゴーグルを外すと、俺はデジタルの巌流島から現実の船島…アナログ巌流島に戻っていた。

 見ると、折りたたみ式の金属警棒を手にした高倉が立ち尽くしている。

「な…なんで…」

「お前…栄子ちゃんを盗っただろ」

 栄子は俺の彼女だった。

 最近付き合い始めたのだが、どうやら高倉も彼女に気があるらしいということは風の噂に聞いてはいた。

 だが、そこまで深い想いだとは知らなかった。

 手を出した親友を、憎しみのあまり撲殺しようとするまでとは…

「あばよ、武蔵…」

 振り下ろされる警棒を見つめながら、俺は武蔵と真逆の視点で武蔵と同じ境地にあった。


 誰知るか、百尺下の水の心…


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アナログ巌流島の決闘 沙月Q @Satsuki_Q

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