ヘッドホン屋と歌姫と宇宙人と
藤泉都理
ヘッドホン屋と歌姫と宇宙人と
ワタシ、ハ、ウチュウジン、ダ。
サンダーソニア・ハゲイトウ・ワレモコウセイ、カラ、コノ、チキュウ、ニ、ヤッテキタ。
ワタシ………わたし………私は、この地球の音楽に興味があって、この地球にやって来た。
この地球を訪れた私の仲間たちはみな、この地球の音楽を絶賛しているからだ。
しかし、
私にはとても、この地球で人気のある音楽が素晴らしいとは思えない。
この私が身に着けているヘッドホンで、彼らが奏でる音楽が聞き取れないのである。
調整がおかしいのかと、同行した仲間に視てもらったが問題はないとの事。
まあ、仲間が素晴らしいと絶賛したからと言って、必ずしも私も彼らと同様の感想を抱くとは限らないだろう。
そもそも、聞き取れないので、それ以前の問題ではあるが。
折角楽しみにやって来たというのに、とんだ無駄足だったな。
妙に大小様々な物が高く多く積み重なった町中を、私は一人で歩いていた。
同行していた仲間は早速地球の人気音楽に魅了されたらしく、ライブがあるからと嬉々として私の傍から立ち去って行った。
全く以て羨ましい事である。
全く以て腹立たしい事である。
置き去りにしてやろうか。
ほんのちょっとだけ醸し出した不穏な気持ちは、けれど、一人の少女に出逢う事で、瞬く間に霧散した。
少女が奏でる音楽は、刹那にして私を虜にしたのである。
声と、見知らぬ楽器が二つ。
明らかに、鮮やかに、勇ましく、美しく、厳かに、穏やかに、悲しく、汚く、清く、艶やかに、晴れやかに、奮い立たせ、癒していく。
私は激しい疑問を抱いた。
何故だ。何故、あの少女の周りには、誰も居ないのか。
何故、人気アーティストのように、舞台に立って歌っていないのか。
何故、少女の演奏を記録する映像媒体が見当たらないのか。
私は少女の演奏が終わってのち、拍手喝采を贈りながら、この疑問をぶつけた。
少女は言った。
お金がないから全部無理。この楽器だって、私が作ったんだ。あちこちに捨てられている廃材から。これはね、液晶ディスプレイ。昔はお金になるってみんな持って行ってたのに、今は誰も見向きもしないの。そしてこれは、空のティッシュ箱。すごいでしょ。二つとも、結構色々な音を出すんだよ。まあ、私が試行錯誤したおかげだけどね。歌は、妹や弟、それに知らない赤ちゃんとかちっちゃい子とかを寝かせる為に、歌ってたら、うまくなった。みたいな。
おとなはいない。みんなみんな。子どもを置いて、どっかに行っちゃった。
「それならば私が、あなたのファンとして、応援する!まずは、資金集めに、私の星で歌うといい。それから、宇宙のあちこちに行って。いずれは、宇宙の歌姫になるのです!」
「え?ヤダ」
「え゛?」
迷いのない目に、私は思わず後ずさりしてしまった。
「な。何故?それほど素晴らしい音楽を奏でられるのに!ッハ。私が身元不明者だからですか?安心してください!ほら!地球の宇宙省から発行された身元証明書です!宇宙大使館に行きましょう!嘘っぱちではないと証明できますから!」
「うん。まあ。お姉さんが怪しいと思っているって言うのもあるけど。私、将来の夢は、歌姫になる事じゃないから。私の将来の夢はヘッドホン屋さんだから」
「ヘッ。ヘッドホン屋。さん」
「そう。音を綺麗に聞けたり、逆に聞きたくない音を遮断したりしてくれるヘッドホンをいっぱい作って、売る仕事に就きたいの。だから歌姫は無理。副業ならいいよ。あ。宇宙大使館に行って、ちゃんとお姉さんの身元を証明してからね。人攫いの可能性もあるし」
「………わかりました。副業でいいのでお願いします!」
「あ。妹と弟、他のちっちゃい子どもたちの面倒もよろしくね」
「………私もそれほど裕福ではないので確かな契約は交わせませんが。ええ。みんなで乗り切ってやりましょう!音楽で!」
「音楽とヘッドホンでね」
「はい。じゃあ、まずは宇宙大使館に行きましょう!」
「うん」
警戒心があるのかないのか。
少女は私の手を握って、ずんずんと力強く前を歩き出した。
ほとんど骨と皮しかないような、とても小さな手だったのに、それはそれは力強く熱い手をしていた。
「ところで、お姉さんの名前は何?」
「タンパラ・クリスマスベルと言います」
「へえ。わかった。私の名前はまだ言わないよ。お姉さんの身元が証明されてからね。あ。ここが私の家だよ」
う~ん。しっかりしているのかしていないのか、よくわからない子である。
(ま。まあ。これからは私が、できる限り、盾にも鉾にもなるので!できる限り!)
(2024.10.10)
ヘッドホン屋と歌姫と宇宙人と 藤泉都理 @fujitori
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