第3話 失念
何も感じないな。婚約者の不貞を見ても湧き上がる感情はないものなのか。さて、これで立証された。俺は呪いにかかった。あの男の話は真実か。生き残りの言った、強くなる…が気になる…
俺はマイル公爵の頭を
『くっ…我が公爵家はこれで終わりか…処刑はなくとも、もう中央にいることはできない。殿下は唯一の後継者だ……リリアーナを修道院に送るだけでは終わらないだろう…陛下に顔を合わせることができない。なんてことを…大臣達の嘲る顔が浮かぶ…もっと…もっと娘を管理していれば…悔やまれる…申し訳ない…申し訳ない』
「ブルーノ」
久しぶりにマイル公爵の名を呼ぶと床に水滴がいくつも落ちた。
『王家に生まれた唯一の男児…未来の王太子の教師役をした過去が思い出される…真摯に教えを聞き励むロイ殿下…我が娘が婚約者に選ばれたとき泣くほど喜んだ…』
「ロイ殿下、いかようにも」
押さえていた手を離してもマイル公爵は頭を上げることをしなかった。信頼を裏切った罪悪感だと俺は知っている。
「ブルーノ、俺は疲れている。男は監禁、お前の娘は沙汰まで監禁。部屋から出すな。窓には板を打ち付けろ、逃げるようなら殺せ。理解したか?」
「仰せのままに」
「顔を上げろ」
「ブルーノ、お前は私が呼ぶまで邸で待機。病を
「
「撤収。行くぞ」
俺は体の向きを変えて公爵邸から出ていくため足を進める。リリアーナの部屋からは意味のない叫びと泣き声が聞こえてきたが、もう用はなかった。
馬車の中でライドに告げる。
「近衛には口を
「殿下、まさか許すのですか?」
「何を?ああ、リリアーナか?許すなど選択肢にもない。この状況をどう使えるかと思ってな…」
馬車の窓から外を眺め思案する。
婚姻前に知ることのできたリリアーナの本性。公爵家当主ブルーノ・マイルを自分の好きに使える状況。宰相が言いなりなど、楽より他にない。
ブルーノはリリアーナと男の逢瀬を知らなかった。知っていたならマイル公爵家は消していたが…
「しかし、公爵令嬢がああも淫売なんですか?やってることは娼婦と同じでしたよ。リリアーナ様は可愛らしくて騎士の間でも人気があったのになぁ。わからないなぁ」
「貴族は微笑みの下に全てを隠す。腹を立てても笑顔で答える。お前には無理だろ」
「無理ですね。下位貴族の庶子の俺はすぐ顔に出ますよ」
だから側に置いているんだ。薄ら寒い微笑みを四六時中見てはいられない。
「お前は腕を磨けばいい…ただ俺を守り従うのが仕事だ」
「御意~」
マイル公爵の真似をして答えるライドを無視して
この俺が他者に触れられることはほぼない。その逆もしかり。今、ライドの足に触れたなら気持ちの悪い視線が送られるだろうが、手ではなく他で触れても読めるものか気にはなる。
馬車に頭を預け眠る体勢になり、体を
「殿下」
かけられた声に目が覚める。
「お疲れ様です。本当に休んでくださいよ」
「ああ、あの生き残り…尋問、拷問はせずに放っておけ。死なない程度に生かせよ」
「了解」
馬車を下りながら指示を出し、ライドの言うとおり休むため自室に向かう。
俺は失念していた。自分は王太子で必ず従者が身の回りの世話を焼く。
俺にとって従者とはそこらの家具や置物と同じだった。護衛騎士のライドとは会話をするがやることが決まっている従者には命令もほぼ言わない。身近な存在でも空気のような者達。だが、触れる機会が多い存在。俺の着替えに手を出し、浴室では髪と体を洗う者。
『もう夜も遅いのに、どこかに出掛けたなんて言われて…祝賀会の残り物にありつけない…酒…酒…食い物より酒…あいつらは今頃部屋に持ち込んでるよな』
なるほど。余った酒や料理の処理をしていたのか。
浴槽の
呪いをかけられた祝賀会から数日、世話をする従者の声に
呪いを受けた王太子 城ねこ @shishironeko
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