【episode.3】 初心者殺し

【スキル名検索で該当なし、あるいはスキル一覧にない場合、

未発見・未報告のパーソナルスキルである可能性があります。】


フラクロフトの運営はパーソナルスキルの実装数を公表していない。

サービス開始から2年、有志たちの協力により現在までに明らかとなった

5000を超えるパーソナルスキルがこの大辞典にまとめられている。

しかし今もなお、新たなパーソナルスキルの報告は後を絶たない―


つまり……俺の「The Box」は未発見のパーソナルスキル、

あるいは未報告のパーソナルスキルということになる。

恐らく後者だろうな。トイレを召喚するスキルなんて、

恥ずかしすぎて報告できるかっての!


いや確かに、どこでもトイレを召喚できたら便利だよ?

出先で腹を下した時とかスゲェ助かるし、状況次第じゃ神スキルだよ?

でもそれは現実世界でのお話。ここはMMORPGの世界。

アバターが催すわけじゃあるまいし、トイレが一体何の役に立つってンだ!


一通り発狂した後、俺は「The box」のことは一切考えないようにした。


「気を取り直してレベルでもあげるか」


俺は剣を抜き、ワイルドラットに斬りかかる。

「バトルフェイズ」に入り、ワイルドラットもこちらに牙をむくが、

序盤の雑魚なので大したダメージは受けない。

3~4発ほど斬りつけるとワイルドラットは倒れた。

経験値と「ラットの皮」をドロップ。


「いいね、初見でもゲーマーなら馴染みやすいUIだし、

これならユウの手を借りなくても一人で狩れるな」


それからしばらく街の周辺のワイルドラットを狩り続け、

レベルは4まで上昇。その頃にはワイルドラットを

一撃で倒せるまでになっていた。


「よし、そろそろもう少し先まで進んでみよう。」


街から少し離れ、小川の近くまで足を延ばすと、

蜂や蟹など初見のモンスターが散見される。


●エネミー名:「ヒュージビー」(Lv.3)【ノンアクティブ】

●エネミー名:「リバークラブ」(Lv.4)【ノンアクティブ】


「おっ、丁度良い塩梅じゃないか?

ラット狩りは卒業して、次はコイツらでレベル上げだな」


獲物を変え、再度狩りを始める。

しかしなんだ……この感覚。

ああ、しっかりRPGしてるな~っていう感じが心地よい。

ここ最近はこういう王道系RPGをプレイしていなかったから

単調なレベル上げでも楽しく感じる。


「今日中にいけるところまで上げてみるか」


【キリクからデュエルが申し込まれました。受けますか?】


(ん?なんだ?デュエル?)


突然のメッセージに戸惑う。

辺りを見回してみると、後ろに小柄な少年風のアバターが立っていた。

俺と同じ初期防具に身を包み、腰には左右に短剣が一本ずつ。双剣使いか。


●アバター名:「キリク」(ツインスラッシャー:Lv.Hide)


「あ、すみません!操作方法がイマイチ分からなくて…

無言でデュエルを申し込んでしまいました」


「はぁ」


デュエル……ああ、PvPか。

そういえばフラクロフトはプレイヤー同士で対戦できるんだっけ。

キリクが笑顔で話しかけてくる。


「僕、始めたばかりの初心者で、色々と試している最中なんです。

デュエルもやったことないので、どういうものなのか試してみたくて。

もし良ければ僕とデュエルしてもらえませんか?」


「そうなんですね。俺も初心者ですよ。

同じくデュエルは初めてですが、それでも良ければ」


「やった!ぜひお願いします!」


「えっと、この申し込みを受ければいいんですかね?」


【キリクからデュエルが申し込まれました。受けますか?】

【はい】


【デュエルフェイズスタート (制限時間10分)】


(おっ、はじまった!エネミー相手と同じように

普通に戦えばいいのか?)


俺は剣を抜き、構えた。キリクは笑顔のまま動かない。


「それじゃ、いきますよ?」


俺はとりあえずキリクに接近し、斬りかかる。


「あ、あれ?」


何度も斬りつけるが、すべて与えるダメージはゼロ。

全然ダメージが通らない。


(お互い初心者だし、実力が拮抗している場合はこんなものなのか?)


それにしても、キリクはピクリとも動かない。


「あの……始まってますけど。抜かないんですか?」


「あ、すみません。ちょっと楽しみたくて……」


(何を?)


「じゃあ、そろそろ行きますね」


キリクが構える。しかし……


「え?素手?武器は?」


次の瞬間、キリクの拳が俺のボディにめり込む。


「うおっ!?」


一瞬でHPが9割近く削られ、ライフゲージが赤く染まる。

俺は瀕死の状態となった。


「え、ちょ……待って待って!なんで?」


「ああ~良い表情するねぇ~……凄くイイよぉ、素人さんッ」


素人さん?どういうことだ?キャラ変わってるぞ!?


「一撃で終わったらつまらないから適性のない素手で殴ってみたけど、

やっぱレベル差があると致命的だねぇ。でも耐えてくれてよかったぁ」


レベル差だって?こいつのレベルは……「Hide」非表示!


やられた!こいつは初心者じゃない!

初心者のふりをした騙し討ちだ!わざわざ身なりまで初期装備で固めて。

最初から俺を一方的に痛めつけるつもりで近付いたんだ。

くそっ!レベルが非表示の時点で警戒すべきだった……

あの表情……楽しんでやがる。

どうする?こちらからのダメージは通らない上に、

あと一発でも喰らったら終わり。まともに戦っても勝ち目はない。

ならば―


「逃げるッ!!!」


俺は全速力で街の方へと走り出した。

エネミーとの戦闘では敵と一定以上の距離をとることで

バトルフェイズが解除される。これは既に確認済みだ。

デュエルフェイズでも同様なのかは分からないが、とにかく今は逃げるしかない!


「あれぇ?ど~こ行~くのぉ?」


「うわっ!」


凄まじいスピードで目の前に回り込まれた。


(速い!)


「コモンスキル「クイックドライブ」。

自身の移動速度を上昇させるスキルだよ。

無理だって。素人の君が僕から逃げられるわけないじゃない」


「くっ……」


街まではまだ距離がある。逃げられない。

制限時間もあと7分以上……駄目だ、詰んだ。どうしようもない。

ああ、くそっ、フラクロフトでの初落ちが

まさか悪質なプレイヤーからの騙し討ちだなんて……笑えねぇ。

このゲーム、デスペナルティってあるんだっけ?

以前プレイしていたMMOはデスペナがえげつなかったなぁ。

一日の稼ぎがすべてパァになるくらいのペナルティで……

まぁまだ始めたばかりで失って困るものは特にないし、いいんだけど。


(ただ…ムカつく!)


この状況を打開できるスキルが俺にもあれば……


●パーソナルスキル:「The Box」


駄目だ!クソの役にも立たない!笑われて終わりだ!

ちくしょう!何とか逃げる時間が稼げれば……


(ん?待てよ。上手くやればワンチャン行けるんじゃないか?)


昨日「The Box」を確認した後、これは何かの間違いではないかと思い、

何度か召喚を繰り返してみたのだが、そこで分かったことがいくつかある。


1. 残念ながらトイレを召喚するスキルで間違いない

2. 高さは2.5m程度、白い直方体のドア付きボックスタイプ

3. 自分の目の前、約1m先に召喚される

4. 召喚時のボックスの向き、およびドアの開閉状態は自由自在

5. カギは中からのみ掛けられる

6. ドアを閉めても中は明るい

7. トイレ召喚中はスキルポイントが徐々に減っていく

8. スキルポイントがゼロになる、もしくは召喚を解除すればトイレは消える

9. 水洗


トイレを召喚してその中にタイムオーバーまで閉じこもるのは無しだ。

今の俺のスキルポイントで召喚を維持できる時間は約4分。

デュエルの制限時間はあと7分弱。スキルポイントが持たない。

ならば逆にヤツを閉じ込める!

俺に止めを刺そうとヤツが近付いた時にタイミングよくトイレを召喚すれば、

ヤツをトイレの中に閉じ込められるかもしれない。

外からカギは掛けられないが、ドアを閉めて一時的にでも閉じ込めれば

多分、ヤツも何が起こったのか分からずに動揺するはず。

その隙に街まで全力でダッシュすればギリギリ逃げ切れる可能性はある!


(やるしかないッ!)


俺は納刀し、少し距離を取ってから両手を挙げた。


「参った。お手上げだ。打つ手なし。

やるならさっさとやってくれるか?時間の無駄だ」


「なぁんだ、もう諦めちゃうのかぁ。

もう少しあがいて欲しかったんだけどなぁ。まぁいいや」


キリクが腰の双剣を抜き、構える。

落ち着け……悟られるな。完全に無策を演じろ。

召喚は早すぎても遅すぎても駄目だ。

かなりシビアなタイミングを求められるが、一か八かだ!


「それじゃ、サ~ヨ~ウ~ナ~ラッ!」


距離を詰め、俺に斬りかかるキリト。


「今だっ!「The Box」発動!!!」


「なっ!?」


光と共にトイレが召喚され、キリクはその中に勢いよく突っ込んだ。


「よし!」


俺はドアを勢いよく閉め、再度街へ向けて全力で走り出す。


(間に合え!間に合え!頼む!間に合ってくれ!)


【有効範囲から離脱しましたので「The Box」は消滅します。】


「へ?」


今なんて?有効範囲?有効範囲だって!?しまった!

「The Box」から離れすぎると強制解除される仕様なのか!?

それは検証していなかった!盲点だった!まずい!

俺は走りながら後ろを振り返った。


「ああああっ!トイレが消えている!……消えている、けど……?」


立ち止まり、辺りを見回す。


「あれ、ヤツがいない?」


トイレと共にキリクの姿も消えていた。

デュエルフェイズもいつの間にか終了している。


「どういうことだ?ま、まさか……トイレと一緒に消滅したのか!?」


そもそもあのトイレはどこから召喚され、どこへ還るのか?

異次元空間?ヤツもそこに?いやいやまさか。

まぁなにはともあれ……


「助かったのか……?」


俺はその場にへたり込んだ。

のどかな平原の景色をしばらく呆然と眺めていた。


ドカッ!


【ヤマカシはゴブリンシーフに倒された……】


(はい?)


●エネミー名:「ゴブリンシーフ」(Lv.5)【アクティブ】


背後から近づいて来たゴブリンに気付かず、

既に瀕死状態だった俺は一撃で戦闘不能となり、その場に倒れた。

危機を乗り越えたのにも関わらず、結局「初落ち」を喫するのであった。


【ホームポイントへリスポーンしますか?(蘇生猶予時間:10分)】


(なるほど、戦闘不能になったら10分以内に蘇生を受けるか、

諦めてホームポイントに帰るか、その二択なわけね)


しかし、ここは最序盤のフィールド。

通りかかるプレイヤーはほぼ低レベルであり、蘇生手段を持たない。

俺は諦めてリスポーンすることにした。


リスポーン地点は始まりの街アルフォルの大聖堂内広間。

最初はここがホームポイントとして設定されているようだ。

俺は自分のステータスや所持品・所持金を確認した。

特に変化は見られない。


(もしかしてデスペナ無し?どうだろうな。

まぁヘルプを開けば分かることだが……今日はもう疲れた……)


そうだ、思い出した。MMORPGは楽しい。けど、結構疲れる。

気付けばリアルは夕暮れ時―


(晩飯の支度をしなきゃ)


俺はそのままログアウトした―

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次の更新予定

2024年10月10日 21:00

「The Box」【冒険者として付与されたスキルは「アレ」を呼び出す奇抜なスキルでした】 まさる氏 @masarushi

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