【episode.2】 恥ずかしくて言えない

「お~い、リンタロウ、こっちだこっち!」


「おいバカ!本名で呼ぶな!ここでは「ヤマカシ」だ!」


パーソナルスキル「The Box」の衝撃から一夜明けた土曜日。

俺は昼食の後、フラクロフトにログインした。

今日はスギモリにフラクロフトでの冒険のノウハウを

色々とレクチャーしてもらう予定だ。


「しかし、なんだ……お前のアバター、オーソドックスにまとめちゃって。

ザ・主人公って感じでオリジナリティー皆無だなぁ」


「そういうお前はどうなんだ?美少女キャラかよ。

もしかしてネカマでも演じているのか?」


「別にリアルで男だってことは隠してねぇし。

長く付き合っていくアバターだからな。

イカつい男キャラより可愛い女キャラの方が目の保養になるだろ?」


「あ、そう。アバター名は「ユウ」か。「ユウスケ」の「ユウ」だな」


●アバター名:「ユウ」(グラディエーター:Lv.52)


「そうそう、中性的な響きだし、このアバターとマッチしてるっしょ?」


「名前は良いけど声がなぁ……お前のまんまだからキモいわ」


「じゃあ、ボイスチェンジしようか?…………これでどう?」


「うわっ!女の声になった……そんなこともできるんだな」


「ああ、ボイチェも含めて今日は色々と教えてやるから。

でもそれよりまずは……どうだった?アレ」


「アレってなんだ?」


「とぼけるなよ、パーソナルスキルに決まってんだろ?」


「ああ……パーソナルスキル、ね……」


「もう確認したんだろ?どんなスキルだった?」


「え~と……召喚するスキル」

(トイレを―)


「マジか?召喚系は割とレアだぞ。んで、なにを召喚できるんだ?」


「ん~……便利なものだよ」

(便器なだけに―)


「便利?サポート系の精霊か?ウィルオウィスプとか」


「いや、そういうのじゃないんだけど。

なんというか……なくてはならないものというか……」

(生活の必需品だし―)


「なんだよ?勿体ぶらずに教えろよ」


「いやまぁ、時が来たら実際に召喚して見せるから。

それまでのお楽しみってことで!な?」

(とにかく話題を変えねば―)


「それより、そっちのパーソナルスキルはどんなの?」


「俺か?俺のは「ライトニングジャベリン」

雷の槍を生成して投擲する遠隔攻撃型のスキルだな」


「なにそれカッコイイ……」


「いや地味だよ?雷属性のコモンスキルと似たようなモンだし。

一応リキャストタイムが短いから連射しやすいメリットはあるけど、

それ以外は大差ないからなぁ。大辞典での評価も「B」止まり。

あ、そうだ。お前さ、「フラクロフト大辞典」ってサイト見てる?」


「いや、なにそれ?」


「フラクロフトのありとあらゆる情報をまとめたサイトだ。

この先、滅茶苦茶お世話になるから絶対にブックマークしとけよ?

これまでに報告されたパーソナルスキルもそこにすべてまとめてある。

お前のスキルも検索してみるといい。スキルの応用的な活用例も

載っているから勉強になるぜ?」


「へぇ、そうなのか。了解、大辞典ね」


「よし、じゃあ何から始めようか?実際にプレイしながら

教えた方が効率いいよな?ヤマカシ君、まずは何をしたい?」


「そうだなぁ……街の探索は昨日のうちに一通り終えたから、

とりあえず今日はモンスターと戦ってみたいかな」


「おっ、バトルか!いいねぇ!それじゃ平原に出ようか」


スギモリ……もといユウとパーティを組み、アルフォル平原へと向かう。

平原に出るのは昨夜に続き二回目だが、

相変わらず美しいフィールドに目を奪われる。

よく見ると少し先にネズミのような小動物が徘徊しているようだ。


●エネミー名:「ワイルドラット」(Lv.1)【ノンアクティブ】


「あれってモンスターなのか。可愛いのに。」


「最初の獲物だな。「ノンアクティブ型」だからこちらから仕掛けない限り

襲ってくることはない。注意すべきは「アクティブ型」だ。

ゴブリンやコボルトがそれに該当する。レベルが低いうちは

襲われるとヤバいから、もし見かけたら避けるのが無難だな」


「なるほど、了解」


「よし!それじゃ、俺のライトニングジャベリンを披露しよう!」


ユウが右手を掲げる。すると全身から雷が生じ、

それが手のひらへと収束していく。眩い雷の槍が生成された。

それをワイルドラットへ向けて投げつける。


「ライトニングジャベリン!」


激しい落雷音と共に雷槍は勢いよくワイルドラットに直撃。

一撃で消し炭となった。


「ふぅ、まぁこんな感じだ。コモンスキルの「サンダーアロー」を

ちょっと派手にした程度の地味なスキルよ」


「いやいや、ふざけんな。滅茶苦茶カッコイイじゃねぇか!」

(俺のアレと比べたら……なんだか泣けてきた―)


「そうか?まぁ初心者にはそう見えるのかもな。

それじゃ次はお前の番だ。装備はOKだな?そこのラットをやってみろ」


俺は剣を抜き、ワイルドラットに近付く。


「あ、ちょい待ち。会社から連絡が……」


ユウはそう言うとしばらく沈黙した。


「うげ、マジかよ……」


「どうした?」


「呼び出しだ。明後日、納品するマシンの試運転中にエラーが生じたらしい。

至急、対応求む!だとさ」


「えぇ……それってリモートで指示できないの?」


「いやぁ直接モノを見ないとエラーの原因が分からないからなぁ。

納期が遅れるのはマズいし…スマン!俺、今日は落ちるわ」


「ああ、俺は別にいいよ。休みの日に大変だな」


「お前、明日も休みだよな?日曜だけど予定ある?」


「いや、特には」


「じゃあまた明日、同じ時間にログインってことでいいか?」


「OK、大丈夫。無理すんなよ」


「悪いな」


【ユウがログアウトしました。】


まぁ仕方ない。ソロでも雑魚狩りくらいは普通にできるだろう。

ちょっと一人でレベルを上げてみるか。

でもその前に…


俺は手元のスマートフォンで「フラクロフト大辞典」にアクセスし、

パーソナルスキルのページを開く。


「スキル名で検索……「The Box」っと」


【検索結果:該当なし】


「は?」

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