「The Box」【冒険者として付与されたスキルは「アレ」を呼び出す奇抜なスキルでした】

まさる氏

【episode.1】 そのスキルの名は「The Box」

今、俺は混乱している。目の前の「ソレ」をどう解釈すべきなのか。

これは一体?なぜここに?

いやいやまてまて!確か俺は今、MMORPGをプレイしていて……

自身に付与された「パーソナルスキル」を確認していたはず、なのだが―


美しい草花が生い茂り、川のせせらぎが心地よいのどかな草原地帯。

そこに一人佇む俺の目の前には、リアルで見慣れた「洋式便器」がひとつ―


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VR型のMMORPG「フラクロフト・オンライン」


2年前に国内でサービスを開始し、翌年には海外展開、

今や登録ユーザー数2000万人を超えるビッグタイトルだ。

もちろんゲーマーである俺もその名は知っていた。

しかし大学時代に一度別のMMOにハマり込み、留年した経験がある俺は、

断腸の思いでMMOからの引退を決意。以降はもっぱらオフゲー専門。

興味はあるものの、フラクロフトを敬遠していた。


ところが先日、かつてのMMO仲間である「スギモリ」から

久し振りに連絡が入り、フラクロフトへの勧誘を受けた。

どうやら先日、フラクロフトで超大型のアップデートが行われたようで、

それに伴いゲーム内では「招待キャンペーンイベント」を実施中とのこと。

新規のプレイヤーを招待すれば限定アイテムが手に入るのだという。


フラクロフトは月額課金制のMMOであり、登録後1ヶ月間は

無料でプレイできるのだが、招待されたプレイヤーが無料期間中に

解約してしまうと限定アイテムは手に入らない。

しかし杉森曰く「お前なら絶対ハマるから大丈夫!」だそうだ。


何が大丈夫なのか……こちとら以前MMOにハマったせいで

人生つまずきかけたというのに。


確かに気になるタイトルではある。プレイしてみたい気持ちはある。

ただ、踏み込んだが最後―

かつてのように物事の優先順位が変化してしまいそうで怖い。

あれから少しは大人になったとはいえ、

いまだにゲーマーである事に変わりはないのだ。

うん、やり始めたら絶対に沼る自信がある。断ろう。


最初はやんわりと断ってみたのだが、スギモリはしつこく食い下がる。

「他のMMOとは違い、フラクロフトはプレイヤーに優しい仕様である」

「忙しい社会人でも充分ついていけるような工夫がなされている」

「なんならソロプレイでもかなり深いところまで楽しめる」

などなど……今までの過酷な仕様のMMOとはまったく異なるポイントを熱弁する。


「とりあえず一度やってみない?もし自分に合わないと思ったら

即解約でもいいし。その時は俺もキッパリ諦めるからさぁ。」


いや、自分にバッチリ合いそうだから断っているのだが……

しかし、フラクロフトに対するスギモリの熱弁は止まりそうにもない。

断り続けるのも段々と面倒になってきた。


「ああ、もう分かったよ。そこまで言うならやってやる。

ただし!無料期間中に解約しても絶対に文句言うなよな?」


「もちろん!」


こうして俺のフラクロフトでの冒険が幕を開けたのだ。


フラクロフトは王道を行くMMORPG。

プレイヤーにはレベルがあり、ステータスがあり、

街で装備を整えてモンスターを討伐、

ダンジョンを探索してアイテムを集めつつ、最深部でボスに挑む。

そんなRPGのセオリーが詰まっている作品であり、RPG好きには馴染みやすい。

ただひとつ、通常のRPGとは異なる点がある。

それが「パーソナルスキル」システムだ。


本作のスキルは「コモンスキル」と「パーソナルスキル」の二つに大別される。

コモンスキルは条件さえ満たせばすべてのプレイヤーが使用可能なスキルであり、

攻撃系、回復系、補助系などに分類される。

対して、パーソナルスキルは個々のプレイヤーに初めから付与されている

固有スキルであり、現在報告されているものだけでもその数は軽く5000を超える。


どのようなパーソナルスキルが付与されるかは完全にランダムであると

運営からは発表されており、フラクロフトをプレイする上で

まずはこの「パーソナルスキルガチャ」が最初のお祈りポイントだと言える。


しかし仮に期待通りのパーソナルスキルが付与されなかったとしても、

やり直しは困難を極める。

まず、パーソナルスキルはアカウントに紐付けられるため、

アバターを作り直しても同じスキルが付与されてしまう。

更にアカウントの作成には個人情報の登録、および電話番号認証が必須であり、

容易に再取得ができない上、仮にアカウントを一から作り直したとしても

同一の電話番号を用いる限りスキルは以前と同じものが付与される。

いわゆる「リセマラ」への対策が施されているのだ。


よってどんなパーソナルスキルが付与されたとしても大半のプレイヤーは

それを受け入れざるを得ない。この仕様には当然、賛否両論あるが、

そもそもパーソナルスキルを必須とするコンテンツは存在しないため

あくまで「おまけの能力」程度に考えた方が無難である。

とはいえ、やはり優秀なパーソナルスキルが付与されれば

そのアカウントの価値は跳ね上がるワケだが―


スギモリから教えてもらった招待コードを用いてアカウントを作成し、

俺は早速フラクロフトにログインした。まずはアバターの作成だ。

髪型、眉、目、鼻、口、輪郭、体格などなど、細部に渡って

キャラメイクが可能な自由度の高さに、凝り性の俺は2時間ほど時間を吸われ、

試行錯誤の末、最後には平均的なイケメンが誕生した。


「次は名前の入力か。さすがに本名はないな。

ネット上でいつも使うハンドルネームにしておこう。

初期クラスはバランス型の長剣使いで」


●アバター名:「ヤマカシ」(ソードファイター:Lv.1)


すべての設定を終えた後、簡易的なチュートリアルを受け、

俺は「始まりの街アルフォル」へと降り立った。

澄んだ水の流れる用水路が特徴的な美しい街並み。

VRなので没入感がとにかくエグい。

その迫力に目を奪われ、数分ほど軽く街中を探索した後、

早速ステータスを開く。まずはもちろんパーソナルスキルの確認だ。


「えーと…あ、これだ。パーソナルスキル」


●パーソナルスキル:「The Box」

●スキルタイプ:「召喚」


「ザ・ボックス?ん~……なんだ?

名前からじゃ想像が付かないが……召喚スキルなのか」


街中ではパーソナルスキルを発動できないため、効果が確認できない。

探索は後回しにし、俺は街を出た。最初のフィールド「アルフォル平原」だ。

美しい草花が生い茂り、川のせせらぎが心地よいのどかな草原地帯。

迫力ある景色に再度目を奪われるも、早速パーソナルスキルを発動してみる。


「The Box 発動!!!」


眼前が光輝き、高さ2m以上はあるドア付きの白い箱のようなものが現れた。

そのドアは初めから開いており、箱の中に鎮座する「それ」が確認できる。


「え……どういうこと?」


白く滑らかな陶器のボディ、これまでの人生で幾度も目にしてきた生活の必需品、

まごうことなき「洋式便器」がそこにあった。


「これってトイレ……?え……?トイレェェエエエエエ!?」


その日、俺はパーソナルスキル、どこでもトイレ召喚「The Box」を付与された―

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