僕が暮らす怪異街
@mizinnko55
始まり
怪異――それは理不尽な恐怖
怪異は古来より、この世界の理から外れた存在として恐れられてきた。人間社会の常識では説明できない――現れる理由も姿も、何もかもが不確かで、そして死を招く。
それでも僕にとって怪異は、もう少し現実的な存在だ。ただの「死体」、そしてそれを処理する日常だ。
焼却炉の轟音が鼓膜を打ち、周囲には焼け焦げた異臭が漂っている。足元には怪異の死骸が無数に転がっていた。腕の数が異常に多いもの、何本もの首を持つもの、あるいは人間の顔に見えるが明らかに違う何か。
「……はあ、疲れたな。怪異の死体も良い加減見飽きたし」
僕は淡々とその死体を見下ろし、呟いた。感情なんてとうに麻痺している。
僕の仕事は、怪異専門の「遺体処理班」に所属し、怪異の死骸を運び焼却炉で燃やすこと。底辺の中の底辺だ。
──汚い、危険、そして報われない。
肉体労働で体は汗まみれ。怪異の腐臭が染みつき、誰も近寄らない。「まともな職に就けない人間」が行き着く場所がここだ。それでも、他に道がなかった僕には、これしか選択肢が残されていなかった。
「……もう限界だ」
数時間ぶっ通しで作業を続けた後、膝が笑い出す。座り込んで、少しだけ休みたい。どうせ誰も見ていないし、数分くらいサボったって──。
「おい、湊。ちゃんとやってるか?」
「……ひっ!」
背後から突然声をかけられ、咄嗟に情けない声が漏れる。振り返ると、笑みを浮かべたまま立っているのは、先輩のシリカさんだった。
「お前、気を抜いてると一生その底辺のままだぞ?」
豪快に笑い飛ばす彼に、僕は無言で首をすくめた。怒る気力もない。
「……最近、うちの班から『怪異街』送りになったやつが増えてるらしいぞ。知ってるか?」
「え……怪異街って、あの?」
怪異街。その言葉を聞いただけで背筋が凍る。
怪異街とは、怪異の発生率が異常に高いエリアだ。周囲からは忌み嫌われ、普通の人間は近づかない。だが、そこに配属された者は否応なしに住むことを強制される。
──なぜ、そんなことを?理由は単純だ。
怪異は人の命を狙い、必ず人がいる場所に現れる。怪異を討伐し、その死骸から得られるエネルギーは貴重な資源として利用される。つまり、怪異街の住人たちは「怪異の餌」として使われているのだ。
「……そんなところに行かされたら、もう終わりじゃないか」
僕は唖然と呟く。
「まぁ、そうだな。ボロ雑巾みたいに使い潰されるって噂だ」
シリカ先輩は、僕の怯えた顔を見てニヤリと笑う。
〈数日後〉
「明日から君には、怪異街で怪異を駆除してもらいます」
「……え?」
その一言で、思考が止まった。
仕事の終わり際、僕は突然、機関のトップである水神(みずがみ)さんに呼び出され、何の前触れもなく告げられた。
「ま、待ってください!何かの間違いじゃ……」
「いいえ、間違いではありませんよ」
水神さんは薄く笑い、冷徹な声で続ける。
「魔法も使えない君にも、社会の役に立つ機会を与えようという話です。光栄でしょう?」
「……そんな」
「準備を整えて、明日出発してください。それが命令です」
あっけなく話は終わり、水神さんは無表情のまま指を鳴らした。
次の瞬間、僕は自宅の布団に転がっていた。
──転移魔法だ。
魔法に慣れていない僕の体は、衝撃に耐えきれず意識が飛びそうになっていた。
「……ふざけるな、なんでこんなことに……」
僕は布団の中で丸まりながら、叫びたい衝動に駆られた。
「……真面目に働いてたのに……頑張ってたのに……!」
握りしめた拳が震える。悔しさと無力感で胸が苦しい。
「……水神……絶対に許さない……!」
腹の底から怒りが湧き上がる。僕はクズだって? 底辺だって? それでも努力していた。それなのに、こんな仕打ちがあるなんて……。
「……覚えていろよ。必ず……必ず報いを受けさせてやる……」
だが、復讐の前に生き延びる必要がある。
僕は意を決し、商店街へ向かい、残っていた貯金をすべて使って準備を整えた。食料、水、最低限の道具……足りないものがあっても怪異街では補充できない。
胸の奥では不安が渦巻いていた。
「こんなことになるなんて……」
だが、怯えていても仕方ない。明日には怪異街での生活が始まる。もう後戻りはできないのだ。
「……行くしかないのか」
僕は肩に荷物を担ぎ、夜の街を一人歩いた。
怒りと絶望を胸に、これから始まる地獄の日々に備えるために。
──生き延びて、復讐を果たす。そのために。
僕が暮らす怪異街 @mizinnko55
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