第8話 夢の終わり

 緑ヶ丘駅からいつものように歩いて行くと、今夜は提灯が見えません。

 「道を間違えたのか? それにしても、おかしいなぁ」

しばらく歩いて行くと、お店があった所は、何も無い空き地です。

ただ、落ち葉が山のように積もっているだけで、何もありません。

どんなに目を凝らしても、周囲を見回しても、『小料理 いっこ』はありません。

当たり前のように、提灯を目指し、暖簾をくぐることが出来ません。

よしくんは、少しの間、そこに立ち尽くしてしまいました。

そして、ぼう然として帰宅したよしくんは、正気を失い寝込んでしまいました。

それから数日して、いっこの学校に出したメールの返信がありました。


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ご返事遅くなり申し訳有りません。

お問い合わせの当学院の卒業生の消息が分かりました。

大変、申し上げにくいのですが、阪神淡路震災でお亡くなりになられており、ご家族の方の連絡先を調べたのですが、分からない状況です。

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よしくんは、心に大きな穴が、ぽっかりと開いてしまいました。

それと同時に大きな悲しみが、津波のように押し寄せてきました。

いっことよしくんのこの半月間は、夢だったのでしょうか?

いいえ、そんなことありません。

いっこの手料理を食べたし、いっこの三味線や都々逸も聞きました。

お酌してくれるいっこ、三味線を披露してくれるいっこ、よしくんを笑ってくれるいっこ、そして、よしくんを抱きしめてくれるいっこ、あらゆるいっこが走馬灯のように脳裏に映し出されました。


何とか床から起き上がったよしくんは、気力を振り絞って、もう一度、いっこのお店のあった場所へ行きました。

一人泣き腫らした目で、空き地の奥を見ると藪の中から一匹の狸がこちらを、じっと見ていました。

それは、いっこが、最後の挨拶に来てくれたかのようでした。

 「よしくん、 いっこが居なくなっても元気でいてね…」

と、いっこの可愛い声が、遠くで聞こえたような気がしました。


おわり

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いっことよしくん物語 ~小料理屋編~ がんぶり @ganburi

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