夢見る凡才、夢なき未来

目々

子息

 とりあえず、先輩には感謝してますよ。この時期に野ざらしにされるの、普通に風邪とか引きますから。ただでさえ俺すぐに喉にくるんで嫌なんですよ、ご時世的に咳しながら電車乗るのとかめちゃくちゃ心苦しいし。


 いや、だいぶ酔いは抜けてます。すみません、終電逃すほど飲むつもりはなかったんですけど……あれですね、飯食い切ってからの日本酒飲み比べセットが効いたやつです。あれ飲み放題に入ってないやつですよね、その──ああ、やっぱり芝原さんが個人で頼んだやつですか。別にあの人嫌いじゃないですけど、自分の飲める量と他人の量が違うってのをぼんやり分かってない感ありますよね。自分の楽しいペースについてこれるやつが少数派だってのがどうも分かってない。……だからって、俺が潰れたのが悪くないとはいいませんけど。しかし飲み会好きですよね、うちのサークルの連中。一人暮らしの俺としてはちょっと金出せば後片付けなしで人と飯が食えて酒が飲めるってのは最高なんですけど、加減がないんですよね、よくも悪くも。


 水、もう一杯もらえますか。ほら、なんか……いるっていうじゃないですか、分解に。二日酔いってあんまりしたことないんですけど、すごいやつは世界が回るって聞きますし。頭痛目眩吐き気、どれもないならない方がいいですし。俺の家族ってみんな酒強かったんで、二日酔いそういうのの実物見たの、大学入ってからなんですよね。両親もかぱかぱ開けて言動も顔も変わんないし、兄もチューハイなんか水みたいに飲める人ですし。多分俺が今日飲んだ分なんか準備運動ぐらいじゃないですかね、あの人。基準が一升瓶の人ですし。

 俺が一番酒弱いんですよ。つうか、全部そうですね。家族の中で何でも、俺が一等だめなんで。


 ん……ご家族に訳ありかったら、別に俺はないです。何ですか、俺そういう感じの顔してましたか、ドラマの中盤で死ぬ中堅みたいな。喋りが陰気ってのは今更言われたって仕方がないんですけど。根が暗いんですよ、どうにも。人がいっぱいいるとこ、好きなんですけど、明るく楽しく振る舞うのができないから酒ばっかり飲む……はい、それでこんだけ潰れたんですから、そういうところからして駄目なんですけど。

 ただまあ、あー……他人から見たら、あんのかもしれません。家族ってそういうもんですから。二十年くらいやってれば、まあ、それなりに色々はあるもんでしょう。

 いいですよ、先輩がまだ眠たくないってんなら、お喋りくらいなら付き合えますし。

 でもそこまで面白くない、とは思いますよ。話自体が面白くないってのもありますけど、俺、話下手なんで。だからまあ、飽きたら適当にやめさせてください。そしたら寝ましょう。夜ですし。酔ってますし、俺もあんたも。


 まずですね、みんな派手なもんが好きですよねってことから、言った方がいい気がします。


 派手っていうか、分かりやすいって言った方が通じやすい感じがありますね。要はぱっと見で分かる、すぐ判断できるみたいなやつです。顔がいいとか勉強ができるとか話がうまいとかそういう分かりやすい、いわゆる世間受けのいい能力みたいな。それが全てじゃないっていったって、そうやって分かりやすくないと誰も気づいてくんないし、気づいてもらえない程度につまんない能力ものしか持ってないような人間にまとめて何の価値があんの可能性が見えんの先があんの評価してくれんのって聞くと、あいつら目逸らすんですよね正直だから。

 見ないふり、聞こえないふりするんならまだマシですよ。結局そこが平均的かつ標準的スタンダードに価値ありって扱いなのに、悪質なやつになるとそこで勝てないなら別分野で勝負しろって言い出すんですよね。自分の武器を生かせみたいな……でも俺思うんですけど、まず通常っていうかスタンダードなルールで勝てないような人間が、変則あるいはスペシャルめのことやらせたところでもっと勝てないだけじゃないですかって。そりゃ中にはいるでしょうよ、普通に走らせると50m10秒台だけど片足縛って跳ねさせると口裂け女ぐらいの速度で走るやつとか。でも、そんなやつは大概どっかしらで『タダモノじゃない』っぽさの片鱗みたいなのを見せてるんですよ。それにそういう一点ものがある時点で、もう人生の座席は取れてるんですよ。指定席とかグリーン席とか最低限ビジネスクラスみたいなのが。その辺を見ないふりしてこっちの不出来を努力不足みたいにぼんやり詰ってくるの、その、卑怯だなって思ってます。まだ真正面からお前クズだなって諦めてくれる方が──誠実? まである。


 ああ、ええと……なんの話、でしたっけ。──そうだ、そう、俺の家族ってそんな感じなんですよ一事が万事ってことです。確か。ですよね? 大丈夫です、まだ酔えてたみたいってだけですから。ちゃんと本筋の話、できますから、大丈夫です。


 つまりね、そういう具合で俺の兄、分かりやすく派手な人間だったんです。ツラがよくて、人付き合いも上手で、運動もできて当然勉強もできる、みたいな。

 小学校のテストなんか百点以外とれないし、中学校のときも順位が十番内から落ちたことなかったし、高校でもバスケ部で一年から三年までずっとレギュラーやりつつ委員会も副委員長やって生徒会にも所属してそれなりに行事とか運営側でばたばたしといて、そのくせ予習復習校内も模試も全然余裕みたいな。しかも学校生活のついでみたいに賞とかやたらもらうんですよ、読書感想文とか図画コンクールとか……まぐれだよ大したことないっていうけど、そのまぐれだって俺一回も取れたことないんですけどね。感想文なんかテクニックだっていうけど、そうやって理解して実践できる時点でもう別もんだよねっていうか、その程度のことっていう時点でその程度のこともできない俺の立つ瀬がないみたいな。どうして俺より頭いいのにそういうのが分かんないのかなってのは思ってましたけど、まあ……できない俺が悪いって言われたら、それはその通りですし。妬む側が真っ当みたいな顔すんなよったら本当にそうです。言ったやつの頭を割るぐらいしかできない。正論言われると、もう手を出すしかなくなっちゃうじゃないですか。正しさで勝てないなら、せめて暴力に訴えて鬱憤を晴らすしかない、みたいな。……やったことないですけどね、一度も。人殴るの、怖いですし。殴り返されたらとかその後のあれこれとか考えちゃうんですよ、馬鹿のくせに。

 で、そうやって高校出てからも国立大のなんか……医者じゃないけど偏差値高いとこ? みたいなのに現役合格しちゃうし、普通に大学生活楽しんで内定なんか当たり前に取って、卒論すらっと出して卒業して就職して、みたいな順風満帆な感じで生きてます。この間の連休に実家に帰ってきて、お土産だってどっかの地酒買ってきてました。


 対して俺全然だめなんですよ。勉強マジでできないし、芸術系もからっきしで。かといって運動ができるってわけでもなくって、中学も剣道三年間やってたんですけど新人戦とお情けの三年最後の夏以外は公式出られませんでしたし。歳は四つしか違わないのに、人間としての出来が雲泥っていうか。比べることさえおこがましいくらいには差があります。自覚もね、してますから。こんな二流私立大学でも、単位取れる取れないでわたわたしてる……あ、これ間接的に先輩にも悪口になりますね。ごめんなさい。学科が一緒だからより誤魔化せない。本当にごめんなさい。

 でもねえ、俺、剣道好きだったんですよ。

 下手ですけど。試合は全然勝てないし、段取るときの型もビビるくらい覚えらんなくって友達が最後には馬鹿にすらしなくなったりしたけど、でも好きだったんです。何でかって言われたら、こう、全然言語化みたいのはできないんですけど。朝一番に練習場入ったときの床の冷たさとか、上手く竹刀が振り抜けたときの重心の動き方とか、対人で相手と見合ったときの緊張感とか。……まあね、こんだけ言っても成績とか全然残せなかったんで、下手の横好きったらマジにそうだし、笑うしかできませんけど。

 でも、好きだったんで。だから高校、剣道強いとこ行こうとしてたんです。俺が着いていけるかはともかく、好きなもんがかっこよくできてる人たちを近くで見たい、っていう感じの動機でしたけど。口に出すと結構気色悪いですけど、真面目だったんですよ。それ以外に興味の持てることがそんなになかったから、真剣でしたね。志望校、学区で見て、剣道強いとこで偏差値も結構あって要は俺にはめっちゃ高望みでめちゃくちゃ努力が必要だって、三者面談で先生に顔しかめられるようなところだったけど、頑張るつもりでした。兄の母校でしたし、ね。

 でもね、その面談の帰りに、、父さん。


 兄さんの高校はお前にはレベルが高すぎるから、無理に合わないところに行って落ちこぼれるのはよくない、つらいばかりでお前のためにならない、みたいな。

 『お前の良さは兄さんに比べて分かりづらいかもしれないが、きっとあるはずだから、焦らなくたっていいんだ』『無理に兄さんみたいにならなくていいんだ』『だからそんな無茶をしてまで期待に応えようとしなくてもいいんだ』

 ──まっすぐ目を見て、肩をあったかい手で掴んで、優しい声でゆっくり言ってくれました。


 ひっどいですよねえ。

 一字一句、きっちり覚えてます。あんまりだったから。

 分かりづらいなんて言ってますけど、あるはずとか言ってますけど、要はもう期待なんかしてないから分をわきまえて余計な足掻きなんぞしないで大人しくしてろってことですもん。落ちこぼれてグレられて、家族に迷惑かけられたらたまったもんじゃないってのを、うまく誤魔化してるだけなんですから。


 だからって分かりやすく荒れたりとかもできなかったんですよ。だって俺ができないのは事実だし、それは両親が悪いわけでもましてや兄のせいでもなくて、ただ、俺のせいなわけですから。それくらいの分別はあったし、駄々をこねる程の意地もなかった。つまんないですよね、本当。自分のことだけどもうんざりする。

 まあ、そんなわけで……面白くはないですけど、逆らうほどの意地も能もないので、ちゃんと言うことを聞いて、こうやって大学までは進めたわけです。あれですよ、本当に捨てられないだけマシだなって。だって、出来も悪くて言うことも聞けなくってただただマジに障害物になったら、始末されても文句言えないじゃないですか。多分ね、しないとは思いますけど。でもたまに見るでしょう、良い感じの裕福で優秀な一家のご両親が、一家の鼻つまみとか恥さらしを共謀して殺してなんか大ごと、みたいなの。俺いっつもあれ見るたびに気になってるんですよね。だって俺が死んでるようなもんですから。家族も同じこと思ってたと思いますよ。あとは、あの場合被害者遺族と加害者がイコールになるわけですけど、そういう立ち位置ってどう処理されるんでしょうね。気になるんですよね、そこの属性って並列して所持できるやつなんでしょうか。法律とかその辺、全然分かんないんでただ思うだけですけど。


 んで、こないだのお盆に実家帰ったときに、聞いたんですけど。なんかね、俺の夢を見るらしいんですよ。兄さんと、父さんと、母さん。

 ……先輩の予想してるの、当ててみせましょうか。俺に殺される夢を見てるって、そうして俺のことを恐れてるって、そんな感じのこと想像してません? ここまで俺がこう、怨念どろどろしたようなことばっかり話してるから。ほら、目見てくださいよ。大丈夫ですよ、別に見ただけでどうこうなるわけなんかないでしょう。話してるときに目逸らされると、寂しいってだけですから。


 多分ね、予想と違うんですよ。俺、殺されてるんです。


 お盆のとき、兄さんと外に飲みに行ったんですよね。兄弟水入らずみたいな感じで。そんとき、珍しくあの人がペース間違ったか具合悪かったかでべろべろになっちゃったから俺肩貸して帰ったんですけど、そんときに教えてくれたんです。みんなして俺のことを殺す夢を見てるんだって。

 父さんは俺を居間の床に転がしてから包丁で刺して、母さんは俺をなみなみと水が張られた風呂の浴槽に沈めたんだそうです。兄さんは仏間で俺の首を絞めたんだって言ってました。お前が生きているとかわいそうだって、生かしてしまって申し訳ないって、辛い目にあわせて悪かったって──そうやって謝りながら、首を絞めてるんだそうです。


 ねえ。

 ひどいこと、いいますよね、本当。そこまでやってんのに、夢の中なのに、俺のためだというんです。憎んでさえくれない。そういう人たちなんですよね、俺の家族。


 どうなんですかね。ほら、あー……今の大河のやつ、枕物語とかそんな感じの、高校くらいで古文で習うやつ。俺あれの漫画版だけ半端に読んでて、お化けの話だけ覚えてるんですよ。若い恋人に捨てられて、でもそれを表立っては言い出せないで生きたまま化けて出て大暴れするやつ。なんだっけそういうの、生幽霊……生霊、ですよね。そういうやつ。

 俺もそういうのだと思うんですよ。夢枕に立つ、みたいな真似をしているわけじゃないですか。そういうことできるのってお化けの特権ですし、でも俺まだ死ねてませんし。じゃあ生霊だなって。

 意外な才能ですよね。これ、家族は認めてくれるんですかね。先輩は──や、いいですよ無茶ですよねそんなの。他人に聞くようなもんじゃない。っていうか、困るやつですね、これ。俺が聞かれる側だったら怖すぎるまであります。忘れてください。


 すみません、もう遅いですもんね。寝ましょう。今ならいい感じに酔いも残ってますし、いらんこと喋っただけ疲れたし、ばたっと寝付けそうだ。朝飯んことは起きてから考えましょう、コンビニとかマックとか、帰ってくるときに見かけましたし。何なら俺起きてから買いに行きますから、大丈夫です。こうやって一晩泊めてもらうんだから、そんくらいパシってくれて全然いいやつですし。そんくらいに扱ってくれていいんで、本当に。


 ──ああ、なんか変なこと心配してますね、先輩。

 大丈夫です、今んとこあんたの夢には出ないと思うんで。他人にそういうことすんのもさせんのも、よくないじゃないですか、多分。

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夢見る凡才、夢なき未来 目々 @meme2mason

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