第3話 彼女の秘めやかな「妄想」と、俺の初めての「変身」
コミット当日。
マスクをしたり、なるべく顔を隠して例の絵師――もぐもぐカヌレ@限界JK絵師――のスペースに向かった。
そこにいたのは長い髪を無造作に束ね、黒いキャップを被って黒ぶち眼鏡をかけた女性だった。
Tシャツにジーンズというラフな格好だ。
一見すると地味な女性。
でも俺にはわかる。
あのひとは
それに気づいた時、何故か大量に生つばが湧いて来た。
同級生だとバレないように注意しながら彼女の同人誌を購入した。
帰宅後、ベッドの上で早速購入した本をめくる。
クラス一の美少女が、同じクラスの地味な女の子とあれこれする漫画だった。
高校生が描いた物なのでモザイクが必要なシーンは一切ないけれど……見てはいけないようなシーンのオンパレードに顔は熱くなる。
地味な女の子は化粧やファッションに拘っていないだけで、整えればかなりの美少女になる。
クラス一の美少女はそれを見抜いて彼女を変身させる。
そうしてデートなどをするのだが、いつもは誰からも見向きもされない(つまり自分だけがよさを知っている)彼女が注目を浴びてしまう。
嫉妬に駆られた美少女は地味な女の子を自分だけのものにしようとした。
自室に呼びつけ、戸惑うその女の子をスマートフォンで撮影する。
彼女を閉じ込めようとしたのだ。
最初は普通の写真を撮るだけだったが、二人きりの撮影会は徐々にいかがわしい内容になって行く……。
そういう内容だった。
途中で二人が相思相愛であったと判明し、カップルとなり、あとはひたすらイチャイチャしていた。
具体的には膝枕をしたり、ベッドの上で足を絡ませながら抱きしめ合ったり、キスしたり……。
あああああ、うわああああ、狩野さんっていつもこういうこと考えてたんだ!
どうしようもう明日から顔がまともに見れないいいい。
ひとしきりベッドの上でゴロゴロし、枕に顔を埋め、時間が経つと少しだけ冷静になった。
そうしてこう考える。
「俺が美少女だったら、狩野さんとこういうことできたのに」
と。
全然冷静になってなかった。
次の日、学校で狩野さんを見ると何とも言えない気持ちになった。
世の中の汚いものなんてまるで知らないみたいな顔をしているこの彼女が、
見た目だけじゃなくて纏う空気まで美しいこの彼女が、
美少女にいかがわしい欲望をぶつけたい系女子だったなんて……。
そう思うと胸がどきどきして来た。
息も多少荒くなる。
これが恋?
もしもそうであるなら、これまで彼女に抱いて来た感情は何だったのだろうか。
結局、授業の内容なんてまともに頭に入らないまま帰宅した。
頭も心もパニックを起こしている。
こんな嵐みたいな感情、ひとりじゃ抱えきれない。
「なぁいるんだろ。入ってもいいか?」
兄貴の部屋をノックすると「入れ入れー」と軽く言われた。
いつも通りののん気さにほんの少しだけ安心した。
俺の話をひとしきり聞いた兄貴は、「だったらお前が美少女になればいいじゃん」と軽く言った。
「は?」
「美少女になったら彼女とワンチャンある」
「……ネタで言ってるだけだろ」
「まぁそれも多少あるけどさー。お前は顔が可愛い。小柄だし、声もまぁ女に聞こえる。上手く整えれば美少女になれるぜ」
いやいやいや。
何言ってるんだよ。
「俺が美少女になれるわけないし、なったところでどうしろと」
「お前、彼女とイチャイチャしたいんじゃねぇの? で、あわよくばあれこれしたいじゃねぇのー?」
「それは……」
「男同士じゃん正直になれって!」
「…………したい、けど……」
「ならワンチャンにかけてみよーぜ?」
兄貴のごり押しにより俺は人生で初めてスカートを穿く羽目になった。
名前のよくわからない化粧も色々された。
本気で抵抗すれば兄貴だってやめただろうけど、俺はそうしなかった。
狩野さんと、ページの少ないあの本みたいな展開になることをどこかで期待していたから。
「でーきた! めっちゃいい感じじゃん。やっぱおれすげーわ」
兄貴に皮脂で薄汚れた鏡を見せられた。
そこに写っていた姿に思わず声が漏れる。
「うわっ、きもっ」
自分の女装姿に吐きそうになった。
だが兄貴は「そうかぁ? ちゃーんと女の子に見えるぜ」と怪訝な顔をする。
「自分じゃわかんねーだけだって。ちょっとそこのコンビニまで行って来いよ。大丈夫大丈夫、ぜーんぜん変じゃねーから!」
兄貴の言葉をどこまで信じていいかわからなかったが、今の俺はいつもと全然違うし、例えキモがられても正体がバレることはないだろう。
【短編】偽りの美少女は乙女同士の夢を見る【現代/ラブコメ】 桜野うさ @sakuranousa
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