第2話 変態な兄貴に導かれて
俺には大学生の兄貴がいる。
いわゆるオタクで半引き籠り。
入学当初から真面目に大学に通わず、現在も留年の危機だがあまり気にしている様子はない。
あいつの部屋に入れば美少女があられもない姿を晒しているタペストリーや抱き枕が容赦なく視界を襲って来る。
本棚にはやけにページの少ないエロ本がぎっちりと詰め込まれていた。
兄貴は数年前からこうだったし、俺の感覚もマヒしたもので、それだけならまだ「男のオタクの部屋なんてこんなもんだよな」と思えた。
でもミニスカメイド服やロリータ服、その辺を歩いている女のひとが普通に着ていそうな服をネット通販で買い集めていたのを知った時はドン引きしたし、女のひと用のパンツまで持っているのを知った時はもう兄弟を辞めようかと思った。
「リアル女に手ぇ出したわけじゃないしいいじゃん。金ならちゃーんと出したし」
そう言って兄貴はきしょくの悪い笑みを浮かべた。
確かに性犯罪を犯しているわけじゃないが……。
「
きしょ発言に、背筋をうすら寒いものが通った。
俺はともかく、兄貴の顔が可愛いのは事実だ。
子どもの頃は美少女みたいだったし、今でもまぁ、服装を整えて化粧でもすれば女性で通じるかもしれない。
中身を知っているからどうとも思わないどころかキモイだけだが。
そもそも男に、ましてや実の兄貴に興味はない。
見てくれがいいせいか兄貴はたまに外出したら女のひとからお小遣いを貰っていた。ネットでゲームの実況動画なんか配信して稼いでいる。
バイトもしていない癖に浪費できるのはこういうカラクリがあった。
「兄貴が着てろよ。そういう格好で配信するのも需要あるらしいし」
「もうしてるー。ちゃーんとメイクまでしてなっ! ほら、可愛いーだろ?」
女装姿の兄貴が映るパソコンのディスプレイをこちらに向けられ、さっと視線を逸らした。
グロ画像を見せるな。
「メイク動画とか見て練習したんだー」
「もっと違うとこに労力使えよ」
自分の顔が嫌いで前髪を伸ばし、いつも俯き加減に生きている俺からすれば兄貴が羨ましい限りだ。
「てかなんで女の服なんか買ってんだよ。女装が趣味だっけ」
「や、女装はあくまで金になるからしてるだけ。服はベッドの側にぐちゃぐちゃにして置いたり、洗濯かごに入れて楽しむんだよ」
「それの何が楽しいんだよ」
「えっ、わからねー? お前もまだまだだな!」
まったくわからないが、兄貴が面以外クソしょーもない人間なのは理解できた。
「てかさー、これ見てみろよ」
「またグロ画像かよ」
「は? グロ画像イズ何?」
パソコンのディスプレイに映し出されたのは、美少女のバストアップが単体で描かれた、よくあるイラストだった。
「今この絵師、推しててさー」
「ふーん」
「興味なさすぎだろー。まぁ技術的にはまだまだなんだけど、妙にグッと来るっていうかー。あと三年くらいで化ける。おれは詳しいんだ」
「へー」
「この子、高一だとよ。
「……まぁね」
兄貴は次につぶやいッタ―の画面を見せて来た。
つぶやいッタ―というのは短い文章――つぶやきと呼ばれる――を投稿してひとと繋がれるSNSだ。
日本中のひとが使っている。
「つぶやきの内容見るに、この子女の子なんだよなー」
「ふーん」
ディスプレイに映し出された投稿内容を眺める。
多分女の子の二次元キャラクター? の名前を叫んでいたり、道端で出会った可愛い女の子について書いていたり、あまつさえ「美少女とイチャイチャしていかがわしいことに発展したすぎる人生だった」とか、男みたいな発言ばかりだったが、時おり化粧品やファッションについてもつぶやいていた。
「美少女にガチで欲情してる女の子って、興奮しねぇ?」
「いや、わからない」
兄貴は絵じゃなくて絵師本人に興味があるだけじゃないか?
何があと三年くらいで化けるだよ。
「でさー、この子、今度のコミットにサークルで出るんだよ。あ、コミットっていうのは国内最大規模の同人誌即売会『コミック・デパート』の略な!」
俺は視界に入って来た「つぶやき」が気になり、兄貴の妙に説明臭いセリフなんてほとんど耳に入らなかった。
それは先週の日曜日のつぶやきだった。
『ラビロップの限定マスコットゲッツ! きゃわわ!』
マスコットの写真と共にそんなコメントがついていた。
俺は
狩野さんは『ヨンレオ』って会社の『ラビロップ』という名前のうさぎのキャラクターが大好きだった。
この前の休みに友達と『ヨンレオランド』というレジャーランドに遊びに行って、期間限定の『ラビロップ』のマスコットを買ったと言って喜んでいた。
近寄りがたいお嬢様みたいな雰囲気をしているのに、親しみやすい一面があるギャップがかなりいいと思う。
この絵師――もぐもぐカヌレ@限界JK絵師――がアップしている写真のマスコットは、狩野さんが持っているのと同じものだ。
買った時期も一緒。
ただの偶然だ。
そう思っていたが、絵師の投稿内容は俺の疑惑をどんどん深めて行った。
この化粧品、狩野さんも使っているって言ってたな。
この服はいかにも狩野さんが好きそうなセンスしてる。
あれ? この子の学校も先週テストがあったんだ。
しかもこっちと同じ数学か。
この子のクラスの担任の特徴、俺のとこと似てるな。
そうそう、眼鏡で陰気な中年男性で、口癖は「なるほどですねー」だ。
まさか……。
「兄貴、さっき何て言ってたっけ」
「美少女にガチで欲情してる女の子って、興奮しねぇ?」
「……その後だよ」
「今度やる同人誌即売会にこの絵師もサークルで出るって話?」
「ああ、そっち」
「お前もこの絵師に興味あんの?」
「別に。同い年なのにすごいって思っただけだよ」
なるべく興味なさげに返事をしたが、兄貴はきしょスマイルを浮かべていたので俺の気持ちはバレているかもしれない。
それからというもの、俺は『もぐもぐカヌレ@限界JK絵師』の描くイラストや漫画を漁った。
彼女は生粋の美少女好きだった。
描いているイラストのほとんどが美少女単体、もしくは美少女同士の絡み絵――端的にいるとイチャイチャしている絵だな――。
兄貴いわく『百合』というジャンルらしかった。
で、これもまた兄貴いわく『百合』が好きな女性はめずらしくないらしい。
むしろ元々『百合』は女性向けジャンルだったとかなんとか。
要らない知識が増えて行く……。
ただ彼女のイラストや漫画は本当に女性向けなのか?
美少女が別の美少女を愛するあまり、スカートの中に頭をつっ込んだり、太腿に顔を埋めたり、パンツを食べているような作風だ。
俺が知らないだけで女性ってこういうのが好きなのかもしれないけど。
「や、どっちかってーと男向けの百合。女子高生がこれ描いてるって興奮しねぇ?」
兄貴のきも発言にその時は引いたものだが……もし狩野さんみたいな女の子がこれを描いていたらと考えると、正直、その、ちょっと……いや、かなり……妙な気分になる。
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