佐々木祐介が闇堕ちしてる世界

@Gonbei2313

史上唯一の「魔王」



 勇者一党。勇者エリス、剣聖ジェニファー、聖者マリア、そして法王庁直轄の騎士団が見たのは、壊滅した都市や村や集落だった。



 一夜にして滅びた。そう噂されるほどに、人族世界へあたえた影響は大きい事案が発生していた。



「全部、全部、消し飛んでる」



 勇者一党の頭目であり、騎士団を導く頭目であり、最高司令官でもある勇者エリスが、荒廃した都市、村、集落を見てつぶやく。



 何があれば、こんなことが起きるのか。魔族の仕業か?



 エリスの頭には、疑問があふれていた。



 それだけ、ここまで来る道中で見たもの全てが破壊の限りを尽くされていた。



「魔族にしても、おかしい。あいつらは、略奪を目的にしている。エリスも見ただろう、消し飛ばされた人々の影を」



 剣聖ジェニファーが、エリスへ言った。



 そうなのだ。魔族は人を食らう。普通は略奪をしに侵入し、人々を食料として誘拐していく。



 しかし、ここまで見た壊滅した場所の全ては、消し飛ばされたような痕跡があった。



 それは、人だけに限らない。全ての生きる生物へ向けられているようだった。



 灼熱に一瞬で焼けれ影だけを残し、消えた人を含むあらゆる痕跡を見てきた。



「何か、この先にいます。まだ距離はありますが……人のようです」



 聖者マリアが気配をいち早く察知し、周囲へ伝えた。



 法王庁直轄の精鋭の騎士団たち、そして勇者一党は一応警戒をしつつ、マリアが言う人の気配のもとへと向かった。



 本来なら、生命で溢れていたはずの原生林すら、枯れ果て、荒野となった土地を勇者一党と精鋭騎士団は進んだ。



 そしてしばらくして、人がポツンと荒れ果てた土地に立っているのが見えてきた。勇者一党が真っ先に気づき、その後、精鋭騎士団も気づいた。



「生き残りか?」



 ジェニファーが少し戸惑いつつ、そう口にした。



「……わからない。僕にも、まったくわからない。みんな、警戒して」



 勇者エリスが、全員へ警戒するように命令をだした。



 エリスの言葉を聞き、とくに警戒心を強めたのは、剣聖ジェニファーと聖者マリアだった。



 勇者は、神に選ばれし存在だ。特別な存在なのだ。その勇者エリスが「まったくわからない」と言うのは異常事態だった。



 少しずつ、勇者一党たちはその何かに近づく。



 はっきりと姿が見える距離までくると、勇者一党含めた全員が困惑にちかい感情を抱いた。



 その人は、粗末な棍棒を一本もち、空を見上げていた。服装も、ぼろ布を継ぎ接ぎしたような格好だった。



 なにより、奇妙だったのは、明らかに軍隊が近づいているのに、その人はまったく気にする様子がないことだった。



「あー……風が死を運んできたか」



 突然、その人物が風魔法の拡声魔法でつぶやく声が響き渡った。



 勇者一党を含めた全員が、さらに警戒心をもった。杖もなしに簡単に魔法を使い、そして不穏な言葉を口にしたからだ。



 見た目はどうであれ、実力者だ。



「お前何者だ!」



 ジェニファーが拡声魔法を使い、その人物へ問いかけた。



「俺か……佐々木祐介だ。祐介が名前だ」



 祐介と名乗る男が、拡声魔法でこたえると、勇者一党たちへと顔を向けた。



 その瞬間、勇者一党を含めて全員が極寒の雪山に放り込まれたような、冷たさ、悪寒を覚えた。



 人だ。それは間違いない。しかし、何かがおかしい。



 勇者一党たち、全員が戦闘態勢を無意識でとっていた。



「お前たちは、見てきたのだろうな」



 祐介という男が、底冷えするような冷たい声で言う。



「俺が消し飛ばした全てを」



 ゆっくりと、勇者一党たちへと近づいてくる。



 棍棒ひとつ。ぼろ布を着ただけの男に、騎士たちは怖気づき腰がひけていた。精鋭の騎士団員たちだ。歴戦の戦士だ。それにも関わらず、本能的に恐怖を覚えた。



 勇者一党は、人族の守護者として、堂々とした態度で祐介という男を睨みつけた。



「すでに、魔族どもの殆どは消してやった」



 突然、祐介という男が信じられないようなことを口にした。しかし、嘘をついているようにはまったく見えなかった。



 勇者一党も、精鋭の騎士団も、それは不可能だと思った。魔族は、世界の八割を支配する種族だ。



 しかし、しかしだ。何故か、信じ難い話にこの場にいる者たちは納得すら感じていた。



 それだけの凄み、威圧感があった。



「残るのは、お前らだ。お前らを消し飛ばし、神とやらを引きずり落とす。そして、俺は神をもこの手で殺してくれる」



 祐介という男の人相がわかるぐらいまで、勇者一党たちは接近を許してしまった。



 その男祐介は、仮面のような無機質な、まったく感情を感じさせない顔をしていた。



 そして、放たれる悪意と殺意を真髄とする闇魔法特有の光を、祐介が全身に走らせた。



 多数の魔族を相手にしてきた勇者一党でさえ、見たことがない闇魔法だった。



「みんな! 撤退っ────」



 エリスが神がかり的な直感で危険を察知し、主に精鋭の騎士団へ撤退を指示しようと叫ぶ。



「遅いわ! 間抜けが!」



 祐介が叫び、片手を突き出した。



 その瞬間、闇魔法がもつ特有の赤い光よりも、さらに邪悪なドス黒い光が爆発したように瞬時に勇者一党を含む全てを襲った。



「あははは! 最高だ! 俺は全てを超越する! いな! ここから超越するのだ!」



 先程の無機質な顔が嘘だったように、祐介が心底楽しそうに笑う。それは、純粋無垢な悪意からくる笑いだった。



 土煙、そして無数の肉片が舞い上がるのを見て、祐介がただ笑っていたが、突然真顔になり、棍棒を祐介が構えた。



「貴様っ! 許さんぞっ!」



 剣聖ジェニファーが祐介へと長剣を両手で握りしめ、全力の魔力をもって祐介へと飛びかかってきた。



「素晴らしい!」



 喜色満面という顔で祐介が叫び、襲い来る剣聖ジェニファーの長剣を、ただの木製棍棒で弾いた。



「素晴らしい! 人はそうでなくてはならない!」



 祐介が心の底から喜ぶかのように、皮膚が裂けるのではないかと思うほどの笑みを浮かべた。



 ジェニファーはあっさりと必殺の一撃が、ただの木製棍棒に弾かれたことに驚愕していた。



 剣聖という二つ名は、お飾りでついているものではない。まさしく、剣士として最強であるから、剣聖と呼ばれているのだ。



 上級魔族ですら、その長剣の一撃で葬ってきたジェニファーにとって、今おきた現象は驚愕する他なかった。



「ジェニファー! 下がりなさい!」



 聖者マリアの声を聞き、ジェニファーはすぐに冷静さを取り戻した。



 素早く、ジェニファーは祐介という得体の知れない怪物から距離を置いた。



「いい仲間がいるな。羨ましい。妬ましい……そして、素晴らしい!」



 祐介が歯を剥き出しにして、獰猛な笑みを浮かべた。



 今、距離を置かなければ、ジェニファーは自分が致命傷をくらっていたかもしれないことを、認識した。



 祐介の木製棍棒が赤黒く、鈍い光を放っていたからだ。あれは、闇魔法の類だ。



 しかし、あそこまで底冷えする闇魔法を、ジェニファーすら見たことがなかった。



 闇魔法を得意とする魔族でも、あそこまでの闇魔法を使っていた者はいなかった。



「俺はお前たち三人を待っていたのだ! くそったれな神に選ばれたお前ら三人だけを……他はいらない。邪魔だ」



 土煙が完全に消える。そこに立っているのは、勇者エリスと聖者マリアだけだった。



 精鋭の騎士団は、跡形もなく消えていた。法王庁が厳選し、鍛え抜いてきた確かな実力者たちがたったの一撃で消し飛ばされたのだ。



 その中には、猛将、闘将として知られるアーノルド侯爵すらいた。



 実力でいえば、人族世界でも最高峰にいる武闘派の生粋の武人であり、常に民を思い、尽力してきた大貴族だった。国をこえ、他国からも尊敬を集めるひとりの男だった。貴族だった。将校だった。



 しかしそれほどの人物でさえ、あっさりと消し飛ばされたのだ。



「何故、何故……人である君が、僕たちにこんなことを……」



 勇者エリスが口を開く。



 少なくとも、エリスは祐介という男が種族として人であることを確信していた。



 魔族特有の気配が一切なく、むしろ人間味であふれている気配がヒシヒシと伝わってきたからだ。



「知らないのか。人の無限の可能性! それは必ずしも善ではないことを! 人の本性は悪だ。事実、人はこの狭い地域に追いやられてもなお、争っているだろうがっ!」



 祐介が怒鳴り声のような荒い声で叫ぶ。



 勇者一党は、今の言葉を聞いて確信をもった。これは、人だ。



 しかし、人という種族から生まれた底知れぬ怪物でもあると、勇者一党は同時に確信した。



「神は乗り越えられない試練を、人に与えないそうだ。さあ! どうする! 神に選ばされし勇者たち!」



 祐介が木製棍棒を赤黒く光らせながら、挑発するように笑う。



「本気でやるよ」



 エリスは静かに、ジェニファーとマリアに言った。



 この人は、この男は、この怪物は、本気で世界すら滅ぼす存在だ。その対象は人族だけではない。全ての生きる生命に向けられているのだ。神すら殺す。その言葉にはいっさいの偽りはないのだ。



「私が全力で援護します!」



 聖者マリアが全力で魔法を展開した。強化魔法といえるほぼ全ての魔法を、エリスとジェニファーにかけた。



「任せろ!」



 ジェニファーが力強く応じる。



「絶対に、あれを止める!」



 エリスも同じく、力強くこたえた。



「素晴らしい。見事な魔法だ。お前たちのことは、永久に記憶に残しておくとしよう」



「それはそれとして、攻撃させてもらうがね」



 祐介が棍棒を素早く振り下ろすと、恐ろしいほど威力をもった衝撃波が勇者一党へと向かってきた。



「防ぎますっ!」



 マリアが錫杖を掲げ、防御魔法を行使した。激しい衝突の音が大地を揺らし、祐介が放った衝撃波と防御魔法がぶつかった。



「末恐ろしい力だ。粗末な棍棒であれほどの力を……」



 ジェニファーが、城塞とまで言われるマリアの防御魔法を揺るがす、祐介が放った衝撃波の強さに驚きを隠せなかった。



 それも、聖剣や魔剣などという類の代物ではなく、そこらで取って作れそうな棍棒から放たれていることに驚愕していた。



 非常識すぎる。上級魔族の方がまだ、生ぬるいとまで思えるほどだった。



「お返しをするよ! ジェニファー、合わせて!」



 聖剣の長剣を構えたエリスが、ジェニファーに叫んだ。



 ジェニファーはすぐ頷き、自分の長剣にありったけの魔力を込める。エリスも同じく聖剣に魔力を注ぎ込む。



 そして、エリスとジェニファーは同時に剣を振るった。放たれる聖なる光を帯びた斬撃の衝撃波が祐介へと飛んでいく。



「おや?」



 なにやら、間抜けな声を出して、祐介があっさりと斬撃の衝撃波をくらって、縦に真っ二つになった。



 これには、勇者一党も戸惑いを覚えた。あれほどの力をふるった男が、あっさりと両断されたからだ。



 祐介の血やら内臓が、あたりに散らばる。



「……油断しないで」



 エリスが険しい顔をし、警戒心をむき出しにした声で言った。



「ああ、無論だ」



 ジェニファーも同じく険しい顔をしていた。



 マリアも鋭い目付きで、警戒している。



「人に向けてそれは、あまりにもひどい攻撃だよなあ……」



 声が響く。祐介と名乗った男の声だ。



 その後すぐ、元の姿へと回復……再生……いな、祐介が修復した。先程まで散らばっていた血肉など、どこにもない。



 まったく同じ姿形、衣服から棍棒まで元通りになって、祐介という怪物が立っていた。



「なんだ奴の力は」



 ジェニファーがつぶやく。非常識すぎる力だ。これではまるで、神のごとき力……。



「なんであれ、僕たちはアレを止めなくちゃいけない。それは確かだよ」



 エリスがジェニファーに言う。



 これまで、遭遇したことがない絶対的な強者だ。その実力がまさしく神に届くかもしれない。



 しかし、代々引き継がれてきた勇者に選ばれ、そして人々を守るとエリスは神に誓い、その時にかたい決意を胸に抱いてきた。



 ここで自分たちが負けるという未来は、絶対におこすわけにはいかない。その先に待つのは、世界の終わりだ。それも、人族以外だけの話ではない。文字通り、世界を滅ぼすだろう。



「さあ……踊り明かそう。誰も気づきはしない!」



 祐介が道化師のような、わざとらしい笑みと声で叫ぶ。


 戦いはまだ、はじまったばかりだ。







 勇者一党は、結論をいえば劣勢を強いられていた。



 祐介が明らかに本気を出していないにも関わらず、勇者一党は苦戦していた。



 まず、祐介という男の非常識な力だ。どれだけ傷をつけようと、あっさりと元通りになる。



 そして、魔族をこえる闇魔法の強さだ。ジェニファーが何度も防いでくれたが、剣聖といえど人だ。疲労がたまっているのは、明らかだった。



 マリアも強化魔法や治癒魔法で援護し続け、時に攻撃魔法も放ったが、それでもなお、祐介は余力を残し、あっさりと対処してくる。



 エリスは何度も祐介に肉薄するほどまで近づき、聖剣に力をこめて戦いを挑んだ。しかし、その全てが、棍棒で受け止められるか、いなされ、弾かれる。



 歴史上、魔王と呼ばれるものは存在したことがない。魔族はいるが、それを全て束ねるような王者がいたことはない。



 しかし、今ここにいる人であるはずの男……。



 祐介は、おとぎ話に出てくる魔王そのものだった。架空の存在と思えるほどの力をもっていた。



 魔王、覇王、怪物、そう呼ぶほかない力を持っていた。



「素晴らしい。本当に素晴らしい……感動すら覚える。人の素晴らしさはその勇気にある。敬意すら俺はお前たちにもっている」



 祐介が勇者一党を認めるような言葉を口にしつつ、次々と衝撃波や魔法を放ってくる。



「くそっ……中々、近づけん!」



 ジェニファーが前衛として、祐介が放つ攻撃を防ぎ、時には受け流す。



「無敵とすら思えますね!」



 マリアがジェニファーにすぐ、強化魔法と治癒魔法をかける。



 エリスが瞬時に祐介へと接近し、聖剣で攻撃を加える。しかし、祐介は空いている片手でそれを羽虫を払うように弾く。そう、素手だった。聖剣を素手で祐介が弾いてみせた。



「無駄なんだよなぁ……勇気だけでは勝てんよ」



 祐介が無感情な顔と声で言った。



「無駄なんかじゃないっ!」



 エリスが叫び、今度は聖剣で祐介へと突きを放つ。



「無駄だ」



 祐介が前蹴りを、エリスより素早く繰り出した。エリスはその前蹴りが腹部に直撃して吹き飛んだ。



「エリス!」



 ジェニファーが叫んで素早く、文字通り吹き飛ぶエリスを受け止める。



「俺は、神に選ばれてもいないし、魔族から選ばれたわけでもない。ただの人だ。そんな奴に、いつまで手こずるつもりだ?」



 祐介が無機質な顔つきになり、言い放つ。



 勇者一党は、歯を食いしばった。複雑な色々な感情を押し殺すためだ。



 心の乱れや心の迷いは、死に直結する。今は、この男を打ち倒すことだけに集中しなければならない。



「迷えば死ぬ……よくわかってるじゃあないか」



 勇者一党の心を見透かしたように、祐介が圧倒的な威圧感をもって言った。



「俺は闇魔法の基礎から、応用まで学んだ」



 突然、祐介が棍棒を投げ捨てて、戦闘の構えをといて語り出した。隙だらけに見えた。



 しかし謎の行動に、勇者一党は警戒した。これほどの力をもつ存在が、なんの考えもなしにこんな行動をとるとは思えなかったからだ。



「基本を守り、次に他の良いものを取り入れ……最後には独自の力をもつ。それが、物事を学ぶ鉄則だと思わないか?」



 勇者一党は、あえて沈黙していた。何かしらの攻撃をしかけてくるのは明らかだ。



「俺は独自の闇魔法を生み出した。だから、種族的な強さを盲信し、停滞した魔族どもをほぼ皆殺しにできたのだ」



 祐介が両腕を水平に広げる。



「この闇魔法に俺は、無秩序な破壊と名付けた。必殺技だ。浪漫があるだろう」



 歯をむき出しにして、引き裂くような笑みを祐介が浮かべた。



 その次の瞬間、無数の赤黒い光の筋が祐介の周囲を飛び回りはじめた。その闇魔法の動きは、確かに無秩序に見えた。



「上級魔族が集団になっても防げなかったこの闇魔法……お前たちはいつまで持つか。実に興味がある」



 祐介がそう言い終えた瞬間、無数の赤黒い光の筋が、ジグザグと無秩序に走りながら勇者一党へと迫ってきた。



 まるで、ひとつひとつの闇魔法の光が意思をもって、自分勝手に動いているようにすら感じさせた。



「防御に全力を!」



 神がかり的な直感が、勇者エリスにそう叫ばせた。



 空中をくねくねと、時には地面を飛び回るように、予測不可能な動きで無数の闇魔法が勇者一党を襲う。



 勇者一党は全力で持てる力を全て使い、守りに徹した。そうするしかなかった。



 それほどまでに男が放った闇魔法は強大であり、広範囲に攻撃を降り注いでいた。



 いつ終わるかもわからない攻撃は、何時間も続いたように勇者一党には思えた。



「今代の勇者たちは……それ相応に手強いようだ」



 突如、闇魔法が止んだ。



 舞う土煙のせいで勇者一党は周囲の状況が見えなかった。そして、その声は四方八方から響いて伝わってくる。



「だが、未熟だ」



 エリスは背後に気配を感じて素早く振り向いた。



 しかし、遅かった。



 拳がエリスの顔面にめり込んだ。次に、腹部に衝撃を感じ、剣が手からこぼれ落ちた。



 気づけばエリスは祐介と名乗った男に左手で首を締め上げられていた。



「ぐぅ……」



「エリス!」



 エリスがうめき、ジェニファーが叫び、マリアが錫杖を強く握る。



「動くなよ。次はお前たちだ」



 嘲笑うように祐介はジェニファーとマリアを一瞥すると、エリスへと視線を向ける。



「勇者ならわかるだろう……」



「この悲惨な世界を見ても尚、何もしない神とやらの無情さを」



 憎悪と嫌悪に染め上げれた瞳をエリスに向け、祐介が低く響く声で言う。



「神は……そういう存在じゃない!」



 エリスが祐介の左手を引き剥がそうと、両手で左手を掴んで全力で力を込める。



 しかし、ビクともしない。大木のように動かない。



「なら、これはなんだ。神とやらは教えてくれなかったのか?」



 俺という脅威を、と祐介が静かに言う。



「所詮、人は神とやらにおんぶにだっこのクソガキにすぎんよ」



 祐介が右腕に力を込める気配があった。赤い光が祐介の右腕に集まる。



 ジェニファーとマリアがどうにか打開策を打とうと動こうとするが、誰が見ても間に合いそうになかった。



「諦めない……」



 エリスが小さな声でつぶやく。



「聞こえんな?」



 と、祐介が片眉を吊り上げる。



「僕は……諦めない!」



 金色の光がエリスの身体から放たれたように見えた。いや、実際にそうだったのだろう。



 祐介はその浄化の光とでも言うべき魔法に吹き飛ばされ、地面を無様に転がる。



 しかしすぐ、祐介が体勢を立て直す。



「……なるほど。これが勇者か」



 口の端から垂れる血を拭い、祐介が睨みつけるようにエリスを見る。



 その視線の先には聖剣を拾い上げて、再び聖剣を構えるエリスの姿があった。



「僕をすぐに殺さなかったのは失敗だよ。君、迷ったね?」



「そうかもしれん。だが、問題にはならない」



「君は殺すよ。それだけの事をした」



 エリスが聖剣を片手に、ジリジリと祐介との距離を詰めていく。



「でかい口をきくじゃないか……」



 腰に片手をあて、祐介がエリスを見下すように見る。



 一方、ジェニファーとマリアは動けずにいた。今、この両者の間に入り込む余地がないことを本能的に理解していた。理解できてしまった。



「この大地から去ね」



 エリスがつぶやき、全速力で祐介へと迫る。



「お前らこそ消えろ!」



 祐介が闇魔法を両腕に集中させ、両手をエリスの方へと突き出す。



 そして、双方がすれ違うように激突した。



 世界から音が消え失せたような重苦しい静寂。



 両腕を突き出し動かない祐介。



 聖剣を振り抜いた姿勢で止まるエリス。



 近くで見ていたはずのジェニファーとマリアでさえ、この一瞬で何がおきたのか目で追いきれてなかった。



「……お見事」



 ボソリ、と祐介がつぶやく声がやけによく響いた。その刹那、祐介が胸から血を吹き出して地面に崩れ落ちた。



 エリスは片膝をつく。しかし、聖剣を手放すことはなく強く握りしめていた。



「エリス!」



 我に返ったジェニファーとマリアがエリスに駆け寄る。



 マリアが治癒魔法をかけ、ジェニファーは魔王としか思えない男へと油断なく目を向ける。



 今のところ、その魔王は動く素振りすら見せない。



「はあ……はあ……こんなに力が……湧き上がったのははじめてかも」



 と、エリスが疲れきった顔でつぶやく。相当な疲労がある事がうかがえる顔だった。



「今、治癒してます。少し時間が────」



 そこまでマリアが言いかけた時、エリスとマリアは倒れた祐介へと本能的に顔を向けた。ジェニファーは顔をしかめる。



「────力は勝って……いたはずだ」



 男の声が聞こえた。もう、後は長くない。そう思わせる声だった。




「沢山、殺してきた……億劫なほど」



 しかし、と祐介が続ける。



「悪くない気分だ……世界は……それでも美しい……不気味なほどに……」



 おとずれる重苦しい静寂。



 しばらくして、勇者一党は祐介という一人の人間が死んだのだと理解した。



「死んだ……のか?」



 ジェニファーが長剣を構えたまま、腑に落ちない様子でつぶやく。



「一度、確認しないとわかりませんね……」



 エリスの治癒で手一杯のマリアが言葉を返す。



「……死んだよ。これはわかる」



 しかし、エリスが断言した。死んだ、と断じた。



 その時、奇妙なことが起きた。



 熱した水のように、ボコボコと泡立つ音が響く。音の発生源は……祐介と名乗った男だった。



 祐介の皮膚が泡のように膨らみ爆ぜる。それを繰り返し、繰り返し、水泡の如く消えていく。



 気づけばボロボロの布切れだけがその場にあるだけになっていた。



 後世、歴史上唯一実在した「魔王」と知られた男の最期は実に呆気ないものであった。



 この魔王の遺物は法王庁の特別な施設に封印されることになった。



 その布切れと棍棒には、想像を絶する闇魔法がこびり付き続け────




 ────祓えないその闇魔法の強大さは何世代も何世代も人々に「魔王」がたった一人実在したことを伝え続けたのだった。

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