藁ぼっち

栃木妖怪研究所

第1話 藁ぼっち

 九月の中旬から下旬になりますと、一斉に稲刈りが始まります。まだ気温は高く、ツクツクボウシが鳴いている時期ですが、稲穂は頭を垂れ、田圃は見事に金色に染まります。

 

 すると、何処の田圃にもコンバインが入り、稲を刈っていきます。

 丁度この時期に台風が来る事も多く、刈り入れ前に強風に煽られると稲が倒れてしまい刈り入れが難しくなったり、大雨等で稲が水に浸かってしまうと、米が採れなくなり、一年の苦労が水の泡となってしまうので、農家の方々には死活問題となります。

 無事稲刈りが終わると大量の藁が出ます。最近は外国の様に、藁を大きなロール状にして、ビニールで梱包迄してしまうベーラーと言う機械が出て来ていますが、私が子供の頃は、藁束を作り、その束を円形に積み上げて、人の身長位の俵状にして、上を同じ藁の束で塞ぐと、小さいサイロ型の俵になります。

それを藁ぼっちと呼び、何も無くなった田圃に幾つも並んで立っておりました。


 やがて秋も終わり、冬になると、藁ぼっちが乾燥した冬の風に晒されて、藁の水分が飛ばされ、カサカサに乾燥します。

 乾燥した藁は、家畜の飼料や加工品の材料となります。

 冬の間に崩れてしまう藁ぼっちもあり、その中は暖かいので、越冬する昆虫や動物が入り込んでいる事もよくありました。



 小学校3年生の冬でした。カサカサに乾燥した北風が寒く、子供達はアカギレやシモヤケが当たり前の様に出来ている頃でした。


 近所に住む二歳年下のよっちゃんと言う女の子と、通学路である畑の一本道を歩いておりました。


 まだダウンジャケット等は一般的にはなく、毛糸のセーターの上にビニール製のジャンパー程度の防寒具で、現代より随分寒かった事を覚えております。

 二人で風に吹かれながら、とぼとぼと歩いておりましたら、よっちゃんが立ち止まって、赤黒い夕焼けに照らされた藁ぼっちを見ています。

 「どうしたの?」と、声をかけますと、「あの藁ぼっちの後ろに誰かいたよ。私を呼んでる。」と言います。

「え?呼んでるって、何も聞こえなかったよ。」

「うん。手でおいでおいでしてただけ。」「なんだそれ。行ってみようか。」

「怖いから行かない。」

「そっか。じゃ見てきてあげようか。」と私が言ったら、よっちゃんは、私の腕をぐっと掴んで、

「ダメ!行っちゃだめ!怖いから。」と、泣き出しそうな顔で言います。これで泣かれると、私が虐めたろう。と、問答無用で私の親に叱られるかもしれない。と、一瞬頭を過り、

「わかったよ。じゃ帰ろう。」と、そのまま帰宅しました。よっちゃんも、その場を離れたら笑顔に戻りましたので、一安心。


 それぞれの家に帰り、私は直ぐに炬燵に入ってテレビの子供番組を見ておりました。


 翌日、登校の時に、何気なくその藁ぼっちを見ましたが、一反部とちょっと、メートル法で言うと100メートルよりやや距離がありましたので、よく見える訳でもなく、気になる事もなかったので、そのまま忘れてしまいました。

 

 また下校時間となり、今日は一人でその道を歩いておりました。また赤黒い夕陽で、空も赤黒く、何だか嫌な色だな。と思いながら例の藁ぼっちが見える所まで来ました。 

 すると藁ぼっちの直ぐ脇に人が立っています。大人の女の人の様でしたが、髪の毛がボサボサで、北風に煽られて、何か凄まじい物を感じます。

 顔は逆光で分からず、服は防寒着の様でしたが、赤黒い夕陽のせいで色が分かりません。 ただ黒っぽく見えました。服も風に煽られています。目も鼻もはっきりしないのに、何故か私の方を見ている。と感じました。 


 すると、さっと右手を上げ、私を手招きしたのです。しかも昨日と違って、

「ウー ウー」と唸る様な声もします。急に物凄い怖さが湧き上がり、慌てて逃げ帰りました。家に着くと兄が炬燵に寝転がってテレビを見ておりました。

「お兄ちゃん。今、怖い物見た。」と、話ますと、

「なんだそれ。夕方は色々変に見えるんだよ。」と言って、

「大したことない。」と、あまり話に乗ってもらえませんでした。翌日は祝日で休みだったので、何とか兄を説得して、午前中の明るい時間に、その藁ぼっちを見に行く約束だけはとりました。

  翌日も晴天です。兄と午前中に例の藁ぼっちに行ってみました。すると小さな鳴き声がします。

 兄が藁ぼっちの藁を掻き分けてみますと、まだ目の開いていない位の仔犬が三匹。真っ黒が一匹で、白と黒のブチが二匹鳴いています。

 母犬は?と藁ぼっちの周りを見てもおりません。

「これは弱ってるな。とりあえず家に連れて行って、ミルクでもやらないと。ガリガリに痩せてるぞ。」と、兄が言って、三匹共家に連れ帰りました。親達は、

「母犬が戻って来たら、居ないと可哀想だろ。それに三匹も飼えないよ。」とは言いながらも、仔犬達があまりに哀れな状態でしたので、ミルクを温めたり、古毛布を用意したりと面倒をみてくれました。

だんだん仔犬達は元気になって、ミルクをびしょびしょになりながら飲み、皆大人しく寝てしまいました。母が、

「やっぱり母犬が何処かにいるんだろうから、仔犬達が元気が出たら、元の場所に返して来なさい。」と言います。兄と私が、よっちゃんや近所の子供を集めて、母犬探しを始めました。

 でも、この集落には野良犬一匹おりません。仕方がないので、我が家で三匹の仔犬をしばらくは面倒みるしかない。という話となりました。


 翌日の下校時、仔犬が見たくて、一人急いで農道を小走りに走っておりますと、例の藁ぼっちを農家の人が崩しています。

 その農家のおじさんは、知り合いだったので、何をやっているのか聞きに行きました。


「昨日、ここに仔犬が三匹いて、みんな凄く痩せてたから、今、うちで餌あげてるんです。」と言ったら、

「え?仔犬が居た?ここに?」と、驚いた様でした。

「今朝、田圃を見に来たら、何か腐った臭いがしていてな。何か死んでるな。と調べたら、この藁ぼっちの裏側で犬が死んでいて、結構日が経って腐ってたんだ。昨日気づかなかったかい?」

と言われ、

「昨日、何人かで来たけど、全然気づきませんでしたよ。」と言うと、農家のおじさんは、「うーむ。仔犬を産んで死んだとしても、日にちが経っているから、その仔犬達の親ではないのかな。ただ、うちは牛も豚もやってるから分かるんだが、その死んでいた犬は子供を産んで亡くなったんだと思うんだな。そういう形跡って、子供には分からないか。そういう跡があったんだよ。で、仔犬の死体も有るんじゃないか。と探していたんだ。そうか。皆仔犬は助かったのか。良かったなあ。で、何でここに仔犬がいるって分かったんだ?」と聞かれ、3日前からの夕方に手招きをした女の人を見た話をしました。すると、「それは母犬だったのかも知れないな。みんな片付いたら、神主さんにお祓いをして貰っておくか。仔犬は三匹だっけ。よければ、うちで何匹か引き取ろうか。」と言う話になりました。

 あとは大人達の話となり、真っ黒な仔犬がうちで。ブチの大きめなのが農家のおじさんの家で。ブチの小さめなのは神主さんが神社で飼う事になりました。

 我が家のクロと名づけた仔犬は、17年も生きて、大往生したのでした。 了

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