004 戯れ②

 やがて最下層に降り立つと、紅の聖騎士は待っていたと言わんばかりに切先をこちらに向け、俺をめつけた。



「そういえば、名を訊いていなかったな」


不死種アンデッドに名乗る名などない」


「俺が不死種だと理解したか。聡い子だな」


「子ども扱いするなよバケモノが。あたしは聖騎士パラディンだ。不死種とそうでないものの違いなどわかる」


「クク。ならばあれはどう思う?」



 俺は目線だけで、上空から小振りに手を振るディアリスを指した。



「……わからないわ。人間ではないのは確かでしょ」


「あれは気配を隠すのも作るのもうまいからな。まあ、人間ではないのは確かだよ。俺の軍門に降るのなら教えてやる。無論、俺のこともな」


「興味ないわ。どちらにしろ、アンタを殺してアイツも殺す……!」


「いい気概だ。それでこそ聖騎士。人間の輝きだ」



 俺はワイシャツを脱ぎ捨て、拳を構えた。

 

 

「いやいや、エル様。あなたは魔術師でしょう」


「ハンデだよ。なに、これでも昔、知り合いの道場に一ヶ月ほど通っていて——」


「舐めるなぁッ!!」



 俺との距離を一息で詰め、上段から剣を振り下ろす聖騎士。

 それを半身だけ動かすことで避け、拳を彼女の腹部に置く。

 ただそれだけで、聖騎士は体をくの字に曲げて跳ねた。



「か、ぐぁ——」



 相手の力、速度を利用すれば、こちらから無駄な力を使うことはない。

 特に、考えなしの突進なら尚更。



「猪みたいに単調じゃ、すぐに終わるぞ」


「なめ、るなぁッ」



 咆哮と共に再び間合いに接近し、がむしゃらに剣を振るう聖騎士。

 技術の欠片もない不細工な剣技。

 そこに洗礼さや技の冴えというものを一切感じぬ、凡夫の剣。

 ただ、そこに色付く憤りと猛りだけは本物だった。

 それを俺は、美しいと感じる。



「おまえ、才能あるよ」


「ッ、バカにするなよ死に損ないッ!!」



 爆発的に速度が跳ね上がる。

 そうだ、怒れ。猛れ。地獄の業火のように煮え滾れよ。

 


「クク。まるで獣だな。だがそれこそが人間おまえの本性だろう?」


「あたしの何を知っているつもりだよ、気持ち悪いッ!!」


「知らんよ。ただ、知りたいと思う。そしておまえは美しい」


「だから、そういう上から目線なのが気に食わないしキモいつってんだよッ!!」


「———」

 

 

 凄まじい剣圧の一振りが俺の頬を掠めた。

 死体ゆえ痛覚はない。ただ黒い血だけが頬を伝った。



「素晴らしい」


「ええ。素晴らしい」



 俺の言葉に、観戦していたディアリスも頷き称賛した。



「面白い可能性を視ました。フフ、油断していると首を落とされてしまいそうですね」


「それはそれで愉快だろ」


「万が一、エル様が死んでしまったら、今度こそ私が世界を滅ぼしますから。また器作りから始めるのめんどくさいので」



 なるほど。ではもう死ねないな。

 


「では、こちらも段階ギアを上げようか」


「ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ……うっさいのよ、アンタら死に損ないは……ッ」


「まあ、失礼。私は不死種アンデッドではありませんのよ?」


「喋ってんなよ塵が、煩わしいんだよ」


「フフ。お盛んなことで。しばらく黙っていますから、目の前に集中してくださいね——ルカヌスちゃん」


「——なんで、名前を」


「おい、よそ見するなよルカヌスちゃん」


「———ッ」



 一瞬、動きを止めた聖騎士——ルカヌスと呼ばれた女の顔面に俺の拳がめり込んだ。


 本日何度目かの縦回転を喰らい、地面を六度バウンドして壁に激突したルカヌス。


 身に纏っていた霊装の耐久力をあの一撃で削り切ったのか、淡い光と共に剥がれ消え失せ、ルカヌスは一糸纏わぬ姿でうめいている。



「淫我を込めた一撃だ。霊装の耐久力があろうと響くだろう。まあ、意識があるだけ称賛に値するよ」

 

「ぅ……ぎ、……ぃ」


「さて。まだこんなものではないだろう、ルカヌス。立って戦えよ。剣を拾え。神の使徒だろう? 怨敵がここにいるぞ。さあ、俺を殺して魅せろよ」


「……、…………ッ!!」


「ククッ———」



 ああ……思った通りだよ。


 そこらの人間ならば、いや百年前の聖騎士でさえ、この状況でなお戦おうと立ち上がる人間はそう多くない。


 立ち上がってきた人間は、その全員が名のある崇高な人間だった。


 だからこそ、俺はおまえが立ち上がってくれると信じていた。

 

 おまえは美しいから。

 

 

「目覚めて、一番最初に目にした人間が……おまえで本当に良かったよ」


 

 心からの称賛を。

 そして魂からの深愛を。



「俺はおまえに惚れたぞ」



 故に、俺の寵愛ちょうあいをくれてやる。


 右手に渦を巻く黒。

 そこに在るだけで生者の本能を刺激し、忌避と絶望を与える隔絶された禁忌。


 白を黒に。天を地に。生を死に。

 

 問答無用で引きずりこちら側に墜とす、生者殺しの外法マリーシア



「惚れた女はついを経て俺の寵愛を授かる」


「っ、い、いや……」


「安心しろ。他者に行うのは初めてだが、失敗はせん」



 本能的に何かを感じたのだろう。一歩身を退いたルカヌスの懐に潜り込み、俺は彼女の下腹部へと手のひらを押し当てた。



「転墜」


「い、いや———ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」



 ルカヌスの人間として最期の断末魔が響き渡り。

 それはやがて、産声へと変わる。



「再誕おめでとう。これでおまえも、こちら側だ」


 

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アンデッドしか愛せない。– 転生リッチのアンデッド流わからせ譚- 肩メロン社長 @shionsion1226

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