第4話
「多分それも君の認識違いさ。彼女はきっと先生になりたかったわけじゃない」
「いったいどういうことだ?」
「先生になりたいんじゃなくて、自分でいたくなかったのさ」
自分でいたくなかった? どういう意味だ?
「そのままの意味さ。その時その場所で加奈さんは加奈さん自身であることに不都合が生じたのさ」
何で、どうして不都合だったんだ。別に彼女はヤンキーとか問題児でもないし、先生やいじめっ子に目をつけられたとかそんなことは聞いたこともない。自分が嫌いというような性格でもないと思うし。
「そう、そんな敵から逃れようだとか、内面性の問題じゃないんだ。つまりね、その時その場所で別人にならなければ避けることのできない理由はたった一つ、君なんだよ」
……俺、だと……。
「そう。君の存在が彼女をあのトイレに拘束させるんだ。君が観測している限り、彼女はあのトイレから動くことはできない。それから逃れようとするには、君という観測者の目を騙すしかない」
頭が痛くなってきた……。
「まだ判然としないかい? 確かに彼女の行動は不可解に見えるさ。普通、君の存在を鬱陶しく思って撒きたいと考えるなら、幾らでも方法がある。例えばそうだな、周りの友人に頼むとか。加奈さんの友人たちは柔道部員とかバスケ部員とかだからね。束でかかってこられたら男だって倒されてしまうだろう。でもそんな手段には出なかった。そればかりか、きちんと二時間後には君の前に戻ってくる。これがどういうことか、分かるかい?」
すまん、まったく見当がつかん。
「鈍いなあ……。つまり真には君の存在を鬱陶しいなんて露程も思っていないってことだよ。君のストーキングを許し、その関係に甘んじている」
何てことだ……。俺のステルス任務はもうとっくに失敗していて、なおかつ彼女は俺の存在を容認している。……でもそれじゃあなぜ……。
「そう、なぜ直接アクションを起こさないのか。満更でもないならさっさと関わり合いになってしまえばいい、そういうことだね?」
ああ、そうだ。それならこっちだって会話する準備は出来てるぜ。崇拝し恋する憧れの女性を前にしてどれだけ冷静に会話していられるか分からないが、最大限の努力は惜しまないぜ。
「……彼女も恥ずかしかったんじゃないかな。あまり男性経験がなくて、自分から話しかけるというのも憚られる。だからこんな暴挙に出た。君にさもトイレにいると見せかけて、実はそうじゃないところで君と関わり、徐々に精神的な距離を縮めようとしている。君と本来の姿で自然に会話できるようになるその時までね」
なるほど……。そう考えればこの謎行動にも納得が行くってもんだ。だが待てよ、
「いや、それならその女教師と仲睦まじく談笑してなきゃ筋が通らないだろう。俺はあの先生とは一度も会話はおろか会釈さえしたことだってないぜ?」
そう俺が訴えると、彼はニヤニヤと笑ってはにかんだ。
「そうだろうさ。まあそうだな。これから少しずつアクションを起こすんじゃないか? 気長にトイレの前でまた待っていたらいいさ。僕も暇だから付き合うよ。何なら君から彼女に話に行ったっていいんだぜ。もし僕らの推理が正しいのだとしたら、彼女は相当な奥手だ。君からアクションを起こしたほうが喜ばれるんじゃないかな?」
もし彼の推理が正しいなら、それもそうかもしれないな。
*
俺たちはコーヒーブレークを終え、再びトイレの前で人の出入りを観察していた。当然加奈さんの姿はなく、彼の携帯の録画にも映ってはいなかった。
「おっとっと、もうこんな時間か。加奈さんが出てくるまで一緒に待って、真相を確かめたかったがごめんよ。塾の時間さ~。今日は色々と話せて楽しかったよ。また尾行に付き合ってあげるよ。それとも一緒にどこかへデートでも行こうかい?」
そう言って天衣無縫にスキップして見せ、満面の笑みで手を振ってくる。
「それじゃあ、また教室でね」
おう、そうだな。また明日。
ふう……。何だか良くわからないが、尾行にバレてしまったのなら続行はするべきじゃない。俺はそこまで阿呆じゃない。
しかしあいつ、毎回こんな時間まで一緒に尾行に付き添って、あいつも加奈さんが好きなのか? それともただの興味本位か? だがあいつのお陰で事の真相に気づかされたのは良かった。まあと言っても彼の推理に過ぎないんだが。どうも説得力があるんだよな。まさにそれが本当のことだよと、テストの問題の答案用紙をもって説明しているような。あいつ、なんで加奈さんが満更でもないとか男性経験が少ないなんて分かってるんだ? 単なる想像か。いやそれとも多少なりとも確証があってのことか。これは明日朝ホームルーム前に問いたださないと……。あれ、あんな奴、うちのクラスにいたっけ? あんな美青年、覚えてないわけないのにな。あの笑顔、めちゃくちゃ加奈さんにそっくりだし。
加奈さんの謎 すだち @sudachi1998
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