角の折れた一角獣

秋犬

角の折れた一角獣

「あ、またこの手のニュースか」


 俺が頭を抱えると、先輩が俺のスマホを覗き込む。


「なんかあったのか?」

「見てくださいよこれ」


 俺は先輩にスマホを突き出すと、スマホを受け取った先輩はネットニュースの見出しを読み上げる。


「某大物俳優、不同意性交渉か……何やったん?」

「ナニって、ヤったに決まってるじゃないですか」


 そのニュースによると、某俳優が素人の女と酒を飲んでホテルに行ってヤって、それを女が後から「あれは無理矢理だった」と言っているということらしい。


「面倒くさいな、男と女は」


 俺はひと通りニュースに目を通した先輩からスマホを受け取った。


「どうせ女の自演に決まってますよ。何人も引っかけて、たまたま有名人が当たったから金貰えるって強請ってるんですよ」

「どうしてそう思う?」

「股開いて金が貰えるなら、いくらでもそうしたい女はいるって話です」


 俺は残り少なくなった缶ビールを飲み干した。バイト先で知り合った先輩は何故か俺のことを気に入ってくれていて、たまにこうやって先輩の家で宅飲みをする仲になっていた。


「そういう経験でもあるの?」

「別に、本当にそういう経験があったら今頃俺は死んでますね」


 1Kの部屋のベッドの上で、先輩はニヤニヤと自分のスマホを見ている。


「じゃあ経験ないんだ」

「……だったらどうだって言うんです?」

「その辺の女の子はみんなピュアだよ。金目当ての女なんて少数派だ」

「はあー……先輩は何にもわかってないんですよ」


 先輩は冷蔵庫まで歩いて行くと、冷えた缶ビールを2本持って来た。


「わかってないって?」


 俺は勧められるまま、缶ビールを開けた。


「そうですよ、ピュアなんて言っていいのはファブリーズの石鹸フレーバーくらいです。女って自分が楽をするためなら何だってするんですよ。金を稼ぐのは男任せで専業主婦はランチ三昧、若いうちは(自主規制)パワーでパパ活し放題。その点、男は女に搾取される一方なんですよ!!」


 俺は缶ビールを半分くらい一気に飲んで、座卓に叩きつける。うう、結構酔ってきたかもしれない。


「でもリスクとかあるだろ? 妊娠とか暴行とか」

「そんなの、バカ(自主規制)の自己責任ですよ。俺は、付き合うなら処女って決めてるんです」

「処女ぉ!?」


 先輩がバカにしたような顔で見てくる。


「当たり前じゃないですか。他の男が突っ込んだ使用済みなんか気持ち悪くて仕方ないでしょ? いくら俺が頑張っても、どうせこの女は別の男にヒィヒィ言わされてたんだろ的なこと考えたら集中できるものもできないじゃないですか」


 先輩は笑い出した。


「確かに。処女はかわいいもんな」

「でしょ? 俺の手の下でこう、初めての操を捧げてほしいみたいなのは男のロマンですよね!?」

「開発は男のロマン、いい言葉だね」


 先輩も缶ビールを開けて呷った。


「ところで、たまに男の部屋に上がって寝た女がアレは不同意だっていう話があるけど、どう思う?」

「そんなの、女が悪いに決まってるじゃないですか。男の部屋に入ったら、ヤられるに決まってるのに自衛できない女が悪い!」

「そうだよな」


 そう言うと先輩は残っていたビールを飲み干して、空いた缶ビールを数個持って台所へ向かった。そして何かいろんなものが入ったビニール袋を持ってきた。


「何ですか、これ」

「男のロマン」


 先輩が袋から取り出したものを見て、俺はぎょっとする。


「いや、あの、これ」


 コンドームとローション、そして浣腸薬に何だか不吉な器具たち。


「じゃあ行くか」

「行くって、どこに!?」


 半分酔いが覚めた俺は先輩の顔を見る。ダメだ、マジだ。


「男の部屋に入って酒まで飲んだ。性行為への同意要件は満たしてるよな?」

「え、でも、俺、男だし」

「安心しろ、俺は初めてには優しいから。不安なら挿入はしない」

「いやいやそういう問題じゃないですよね?」

「俺の部屋に来たってことは同意してるんだよな?」


 俺は何も言えなかった。


「俺、別に先輩のことそんな風に思ってないし」

「俺は最初からそう思ってたぞ」


 うわあ話が通じない!


「まあいいじゃねえか。精神的にお前は女が好きじゃないみたいだし、それなら俺でも一緒だろう?」

「で、でも俺、処女が……」

「お前も股開けば金やるぞ? 多少なら養ってやってもいいが」

「うう……」


 ヤバい。全部ブーメランで返ってくる。


「大丈夫だって、痛いのは最初だけだから」


 もうダメだ。先輩の顔が目の前にある。逃げ場がない。酒の匂いがする。後は汗の匂いと、酒の味。気持ちいいのと気持ち悪いのが交互に来る。


 初めてが男だなんて、夢にも思わなかった。


***


「それで、どうだったんだ?」


 先輩は冷蔵庫から冷たい水を持ってきてくれた。火照った身体に、ちょうどいい。


「……また来ていいですか?」


 次来るときは、あの袋の中のもの使うんだろうか。ベッドの上で、俺はため息をついた。



〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

角の折れた一角獣 秋犬 @Anoni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ