一夏の線

悟妹

本文

インタビュアー(以下イ):本日はよろしくお願いいたします。

───氏(本人の意向により以下A):こちらこそ。


イ:まずは、先日『第28回荒垣賞』を受賞された『海原』について。

A:はい。

イ:総括には『審査員の中でも評価が分かれた問題作』と。特に同郷の赤坂氏は別誌にて厳しく批判したとか。

A:らしいですね。なまじ面識はあるだけに、授賞式では中々に気まずかった記憶があります(笑)

イ:素人目から見ても、かなり奇抜で異質な作品のように思えました。世間の反応は予想していたものだったのでしょうか。

A:ええ、概ね。なにせこの作品は、私が最も尊敬し、最も軽蔑するヒトの作品を踏襲したものですから。

イ:尊敬し、軽蔑する───ですか。具体的にはどのような方で。

A:何から話したらいいものか……そうですね。では、一つお尋ねしても?

イ:どうぞ。

A:酷い夏には魔物が出る。そんな戯言を、耳にしたことはありますか?

イ:ええ、まあ。

A:その正体については?

イ:煩悩とか、後は……普通に考えれば、暑さによる思考能力の低下とか、でしょうか。

A:はは、なるほど。やっぱりそう答えるんですね。

イ:……答えを、ご教授いただいても。

A:実際にはですね、誰にも分からないんです。貴女のように理論立てて雁首をそろえた連中は、全員まとめて喰われてしまいました。

イ:はぁ……それは、どういったお戯れでしょうか。

A:特には。ああ、そんな不満げな顔をしないでください。ただ、何とも馬鹿らしい話だな、と思いまして。

イ:と、仰いますと?

A:結局、その言説自体がオカルトみたいなもので、何人たりとも掴むことの出来ない虚像なんです。幻想だと嘲笑って、適当に放って置けばとつくづく思っていました。

イ:……

A:思っていたはずなんです。その事実は確かで今も変わらない。しかし如何せん『見てしまった』のもまた、覆しようのないそれであって。


イ:……さっきから、何を。

A:認めるしかないんです、私は。あの刹那に見たものを。見てしまったモノを。本当に、業腹以外の何物でもありませんが。


あの、醜くて、美しい、一本の線を。


(週間美學第24号/ある新鋭画家へのインタビューより抜粋)


******


初夏の街中は嫌いだ。

険しいにも程がある日差しに、アスファルトの上で踊る、焼けるような空気。その他諸々と気分を害する条件が耳を揃えて並べられている。

特にそうさな、思考がてんで使い物に成らなくなるのがいやらしいし端ない。取り留めもなくしてくるくると空回りする有り様なんぞ、傍目から見たらどれほど笑い草であろうか。本当なら外にすら出たくない。が、学生という身分である以上それは不可能である。儘ならないものだ。

自宅から電車で片道一時間十四分、代わり映えしない緑一色に目を滑らせた先にあるのがここ、温帯のオアシスと銘打たれた港町。その中心に跨っているのが、僕が今いるこの商店街になる。

そうした小旅行を終えても、駅から高校までは更に二十分かかる。しかも兎に角坂が多い。盆地であるからして仕方ないとはいえ、ここまで来ると生まれを恨んでも誰も責めやしないだろう。

普段なら風流に感じる潮風もこの時ばかりは鬱陶しいことこの上ない。何とも噴飯必至の皮肉である。

さて、ここまで長ったらしく独り言ちてみたりしたが。

もしくはそれは、眼前に寝そべっている現状に対する、みっともない逃避なのかもしれない。


……こんなん、あったっけ。


学生としての本分を果たしたのちの、ようやっとの放課後。夏季休暇の直前とはいえ特にやることも無いので大人しく帰ることに。

した、はずだったのだ。

恐らく暑さを疎んで、そこらへんの路地裏に転がったのがマズかった。太陽が雲隠れするまで───なんて、うろちょろ歩き回っていたら見つけてしまった。

古民家であった。北欧風の街並みを推進する建物群には到底そぐわない、昔ながらの和風建築。辺りでは雑草が競うように生い茂り、足を踏み入れることを拒んでいる。

まあそんな事はさて置き、目下の問題はただ一つ。このどう見ても空き家チックなボロ屋敷から、ごそごそと物音が聞こえてくることであった。

げんなりした。生まれてこの方オカルト全般を嫌う僕にとって、それは目に見えた地雷であった。助けを求めるように空を見上げても、澄み渡った蒼穹が陽気に笑っている。こちらも思わず笑ってしまった。笑うしかないだろうよ。呵呵。


……。


悲しきかな。心の中でどれほど強がって物を語っても、薄汚れた磨り硝子に映る自画像の顔色は酷いままだ。ああもう、こうなりゃヤケだ。


────よし。


誤魔化し誤魔化しで意を決す。されど未だ強がるようにズカズカと、木枠の引き戸へ向う。戸に手をかけると、硬い感触が返ってきて、ビクともしない。

思いっ切り引っ張ると、鈍い音を伴って少し隙間ができた。

そこを縫うようにして中に入ると、ふわり、と、線香のような匂いがまず鼻を衝いた。まるでいつしか行った祖母の家のように貞淑で、しかしながら品は一切感じ取れない。

と、そこで、ついでのように襲来したものがあった。更に明瞭になった物音だった。

無意識に息を吞んで、遅れて口を両手で覆う。これは、マズイ。

思っていたよりも大きく、作為的な音であった。何かを潰したみたいな粘ついた音が途切れ途切れ、憂鬱な不協和音を奏でて耳にしがみついている。

声が漏れ出るのを必死に堪える。しかしここで膠着していても解決するまい。そんなことだけはしっかり理解していた。数秒迷った末に、ええい、と腹をくくり、木目調の床を摺り足で一歩ずつ進む。

そして、開けっ放しの障子を潜ると。


一本の線が、いた。


有り体に言えばその『線』は、美しかった。

かといって、絶世の美人とか何とか、そんな普遍的な美貌を持ち合わせていたかと聞かれれば、僕はきっと全力で首を横に振る。

言うならばそう、線。細い細い、フニャフニャした感じの。まず思い浮かんだのはピカソの人物画であった。

あれを美しいとか宣う奇怪な評論家───それらしき何かが耳元で何か囁く。やめろ僕に乗り移るな、無意識に同調しかけたのを安直な恫喝どうかつで振り払う。あんな権威主義の塊に絆されるような僕ではない。

その『線』はこちらに気づくと、初めに驚いた様に目を見開き、それから朝顔の笑みを浮かべた。

聞くと、『線』は画家もどきらしい。病弱そうな青白い腕がキャンバスを指し示す。画材で散らかった部屋の様相を見れば分かることではあるが、改めて聞くとひどく驚かされる。

先ほどの音の正体は、巨大な毛筆に絵の具がぶつかる音だった。サイケデリックに汚れた白Tを含めなんとも先鋭的で結構なことだが、無辜の通行人の事情も少しは考慮に入れて欲しいものだ。

変な気分だった。着の身着のまま童話に紛れ込んでしまったような、場違いな落ち着かなさがぞわり、と肌を撫でる。

どこからともなく差し出された麦茶までが珍味に感じて、何気なく座った事務用の椅子までアートを気取っていて。不条理な話ではあるが───自分が、やけに安っぽい人間に見えた。

鬱屈とした靄を逃すように息を吹かすと、『線』はおどろおどろしく手を広げて苦笑した。やれ溜息をつくと幸せが逃げるだの、人生を楽しめだの。そういう月並みな言葉を予期して、しかし『線』は朗らかに指を鳴らした。


溜息、いいんじゃないの。


******


それから成り行きで、この古民家でアルバイトをすることになった。ほら、これも何かの縁だから、ね。そう言いながら戸の錠を回されたときには、流石に辞世の句を高らかに詠み上げた。おまわりさん、助けてください監禁です───

季語が入っていなかったのが災いしたのか、その場で働くことに相成った。突然過ぎて理解できないかもしれないが、当の僕でさえ困惑していたのだから勘弁して欲しい。

『線』曰く、この廃墟もどきはアトリエらしい。見たところ誰も来ないみたいだが、なにをすればいいのだろうか。

そう言った目一杯の皮肉を込めて尋ねると、『線』は怒るでもなく数枚の紙幣をチラつかせた。

玄関を上がってすぐの場所に置いてあった長机と安楽椅子。放課後の二時間そこに座って、来訪者を迎えれば二千円。なんとも虫のいい話だが、言われたからにはやるしかない訳であった。

それから週五日、学校終わりにこの自称アトリエに通う日々が始まった。校門を出て坂を下って、人知れずして路地裏に転がり込み、鍵のかかっていない戸を開けて、冷蔵庫までドタドタと走り、麦茶をなみなみとコップに注いで、最後に玄関前の椅子にゴールイン。ただそれだけ。ガラスと素手を水滴で固定しながら、少しずつ中身を透明にしていくだけの日々。物寂しい自宅での生活と大差もなければ拍子抜けの感も否めなかったが、不思議とその奇妙な労働を受け入れている自分がいた。やはり変な感覚が背をなぞり続けていた。が、頭を空っぽにしている間に、次第にそれも消えていった。慣れとは怖いものである。

はてさて来訪者、とはいったものの、そんなものは存在しなかった。考えてみれば、僕みたいに線香に捕まる蚊と区別がつかないほどの痴態を晒すものなんぞ、いるはずもなかったのだ。つまるところ担う仕事といったら、やけに静かな玄関で肩肘をつき、遠くで喚くセミを看取るくらいであろう。

ついでに『線』の絵は滅茶苦茶にヘタクソであった。傍から見ても基礎の基礎すら抑えられていないデッサン、色遣いもかなり破天荒だし、とても見れたものではなかった。

それでも『線』は、一週間ごとにキャンパス一枚の絵を完成させていた。弛みなく、だけど下手くそに。月曜にデッサンを始め、水曜には下書きを終え、そして金曜日には汗を手の甲で拭って、満足げに頷く。


うん、最高だ、帰っていいよ。

……はぁ。


軽い茶封筒を受け取って、手を振る姿を視界からデリィトして、ようやく長い一週間が終わる。夕焼けを背に坂を下る自分の影は、とても小さく見えた。

何とも奇妙な話だ。まずもってどこからあんな金が出るのだろうか。何を目的に雇ったのだろうか。

そして、あんな奇怪な奴輩を受け入れつつある自分が、何よりも不可思議だった。


***


何度も味わう感覚を、未だに飲み干せずにいる。

すう、と、足元から醒めていくような、そんな感覚。

当然だ。幾ばくか非日常に浸ろうとしても、僕が踏み味わう床の冷たさは変わらない。

宵も更けた時間となって、電車に揺られて帰ってきたボロ屋には、一片の灯りすら灯されていなかった。

静かに玄関を開ける。バラバラの洗濯物と、荷物やら書類やらが床に散らばっていた。ので、足で雑にどかした。そういや洗い物してないな、とか考えながら、スイッチ一つ押すのも面倒くさくなって、敷きっぱなしの布団に体を傾ける。けれど一向に眠くならない。

怠惰な思考に這い寄ってくるのは、無遠慮な悪魔の囁きであった。彼らが今の僕を知ったらどう思うだろうか。どんな顔で蔑むのだろうか───そんな、意味もない告解だ。

勘当され、絶縁したのが数ヶ月前。受験で第一志望に落ちたのが直接の原因ではあったけど、決してそれだけではなかったように思う。高校までの学費は出してやるから二度と顔を見せるなとさえ言われた。月毎に送られてくる仕送りは微々たるもので、それも恐らくいつかはさっぱり無くなるだろう。

不思議と憤慨は無かった。夢などないし、そこそこに生きて、苦しまない程度に楽しければそれでいい。ただ、諦めるような溜息だけが癖になっている。

そんな益体のない事を考えながら、僕は覆い隠すように、毛布と敷き布団の間に身体を挟み込む。それを惰眠と呼ばずして、なんと呼ぶのだろうか。


そうして、気怠く起きた頃には深夜を回っていた。

歯噛みする。眠ることさえマトモに受け付けない身体に嫌気がさす。もう何も考えたくなかった。

そんな中でも腹は減るものらしく、ぎゅるりと、みっともない音が静かに呻いた。物言わずに腹を拳で殴りつけて、歯を軋ませ、よろよろと立ち上がり、冷蔵庫を開け、ラップに包まれた握り飯を見つける。

手にとって、剥がして、口に運ぶ。

冷たく、パサついた米と一緒に、物事の本質は変わらないのだと、苦い納得を反芻していた。

そうして僕は、日が昇るまでの数時間を、惨めに耐え忍ぶのである。


***


奇妙なバイトを始めてから二週間ほど経った頃、『線』はあっけらかんとこう口にした。


君、絵描いたことあるでしょ。それも結構やりこんでたり。

……なんでわかるんですか。

や、勘だけど。


そう聞いて馬鹿らしくなって、また溜息を一つ。じゃあ教えてよ、とならなかったのは割と驚いたが、それもそうかと思い直す。そういう無機物だ。これは。そんな漫然としたやりとりも束の間で、『線』はのそのそと背を向ける。

『線』は、絵を描くときも線であった。

少しも凛とすることなく、背をネコみたいに丸めて筆を流す。どこを取っても線で、何処まで行っても線だ。

別に携帯を弄るなとか、ずっと前を向いとけとか、言いつけられた訳ではないけど、それでも僕は、授業中に窓から雲を見つめるのと同じ感覚で、こそこそとその姿を盗み見る。そこに意味は無かった。

それでも暫くするとその行為にも飽きて、その日は、いつものごとく引き戸の硝子越しに遠い空を眺めていた。すると急に首元に、背筋が伸びてしまうほどの冷気が這い寄ってきた。


うわっびっくりした。

これ奢りね。さて行こうか。

……どこに?

決まってるでしょ、海だよ。


やけに上機嫌な『線』に連れられて、わざわざ熱気に晒されに行く。がらり、ぴしゃん、どたどた。

手首を掴まれ、半ば引っ張られるような形で街中に踊り出す。歩みを進めるごとに視界を覆う光の量がじわりと増えて、最後には全身を日光が照りつける。

勢いよく飛び出した路地裏。急に目に入ったタイル張りの歩道がやけに眩しい。瞼と肌、それから頭。全てがゆだりそうで、暑くて暑くて敵わない。

びゅう、と風を切って坂を下って、潮のむせ返る匂いが喉にくぐもって。たたらと踊る足はもつれて覚束ない。逃げ道を求めて見上げた空にもやはり嘲笑を感じて、結局諦めてしまった。


あはは!しょっぱいねぇ、風!


不意に照らされた線の含み笑いは、いい具合に陰影がいていて、ひどく美しかった。それこそまるで、一見すれば出来損ないの名画みたいに。

それが量産型の青春映画と重なって、ふと浮かんだやけに青臭いセリフが、ふわふわと妄想の中で弾けて揺蕩たゆたう。今度は泡沫の中で泳いでいるようで、柄にもない配役だ、とかなんとか自嘲する。

そんなこんなで漸く到着した頃には、どうにも酔って仕舞いそうだった。

夏の浜辺、白濁した入道雲、乱反射する水面が悠々と流れに身を任せていた。周りにはそこそこの気配があって、されどなんだか、胸が締め付けられるような感触が拭えない。

どうしても白けてしまう。美しさの押し売りみたいな、それこそコピーアンドペーストしたような『綺麗』。

少し呆けて、自分達の恰好を見返して、何の気無しに顔を顰める。

片や無個性な学生服、片や絵の具塗れの白Tシャツとジーパン。およそ型通りのシチュエーションとは無縁な食い合わせで、それでも『線』は満足げに微笑んでいた。


青春だね、こういうの。

どこがですか。

や、綺麗だなって思って。

・・・・・・僕はそうは思いませんけど。

はは、そっかあ。


二の腕を伝う水滴で、手に握っていた缶コーラの存在を思い出す。プルタブに指を掛けてみてから、記憶にないその硬さに違和感を覚える。

ぱき、じゅわ。久しく聴く音。

口につけて傾けて、もう少し上を見上げる。空は橙に藍色をまぶしていた。曖昧な境界線に吸い込まれそうになる意識を、喉を突く甘ったるい炭酸の痛みで呼び戻す。

制服に落ちる水玉が滑稽で、だから僕は口を滑らせてしまった。


なんで。

ん?

なんで、僕を雇う必要が?

ああ、ふふっ。いや大した理由じゃなくてね──単純にその方が『らしい』だろう?

なんすか、それ。


思わず噴き出して、その笑いが余りに乾いていたもんで、どうしようもなくなってしまった。マトモな笑い方なんていつ忘れたかも忘れてしまっている。


そろそろ帰ろうか。

そうっすね。


鼻歌に併せて砂浜を踏む『線』の背中を眺める。その華奢で、されど凛とした影に鼻を鳴らした。

やはりと言うまでもなく自分の影は縮こまっていて、小さい。何故かその事実がやけに気に障った。


******


世間は夏休みに突入したらしいが、それで僕の近辺がどうこう変わるわけではない。

ただ少しだけ暑くなって、僅かばかり給料と勤務時間が増えて、道をいくつか挟んだ通りが騒がしくなるだけだ。

波打つ蝉の戦慄わななきをBGMに、今日も変わらず低い天井を仰ぐ。前後に椅子を軋ませるだけで労働とみなされる環境。相も変わらず慣れはしないが、人間としての尊厳を保持するためにも、このままでいいのかな、なんて思ったりする。

そんな思考を捏ねくり回している所で戸を鳴らす音が聞こえたものだから、危うく転げ落ちそうになった。


ごんごん、ごんごんごん。


かなり勢いのある呼出ではあったが、奥の和室で座る『線』はこちらに見向きもせず、ただひたすらに白い大地と睨めっこしている。

迷った後に仕方なく立ち上がってから、立ち眩みを挟みつつも戸を引く。

そこに立っていたのは、丸眼鏡をかけた着物姿の老婆であった。なんとも険しい顔である。あちこちに皺が寄っていて、それでも背筋はぴんとしていた。僕は気圧されて何も言えなくなって、そこを突くように老婆が口にする。


いるかい、ろくでなし。

……なにか御用でしょうか。

……失敬。貴方は?


やっとのことで言葉を絞り出した途端に、老婆の刺すような視線が痛くて、再び喉の奥が詰まった。どうやらこの瞬間に初めて認識されたらしかった。


……ここの、受け付けをやってます。

はっ、冗談は程々にしなさい。こんなボロ屋に来る物好きがいるものですか。

いやまあ、それは……そんなことより、あの。

ん?

さっきの「ろくでなし」って、あの人のことでしょうか。


吐き捨てるような口調から逃げるようにして、廊下の先を指差すと、老婆は憎々しげに顔をしかめた。少し考える素振りを見せた後、小さく息を吐く。


結構。あやつに伝えておきなさい。いい加減に家賃を納めなさい、と。

お帰りになるのですか。

ええ、本当は顔も見たくなかったのですが。邪魔しましたね。


そう言って踵を返して戸に手を掛けて、振り向きざまにこう呟いた。親の仇でも呪うが如く、最後通牒を手渡すように。


あやつは本当のろくでなしだからね、貴方も関わらない方が宜しい。


がらがら、ばさっ。からん。普段は自分しか鳴らさない音が聞こえて、その間に老婆が開いた日傘の羽振りが重なり、それっきりだった。

暫く茫然として、しかしふと思い直す。なに、あれがろくでもないモノであるのは、この十数日で痛いほど判っていたではないか。

何度か目にした和室の中は、無粋な無地のTシャツで埋まっており、壁のあちらこちらには顔料がこびりついていた。僕自身は特段、潔癖症という訳ではない。それでも思わざるを得ない。これは酷いしどうにかして欲しい、と。

そうだ、この短い間に唯一確かに理解したことから、僕は何故目を逸らしていたのだろうか。

兎に角『線』は、顔以外の美徳が絶望的に欠落していた。家事全般は言うに及ばず、自身や住居の見てくれにも無頓着。更には内面まで目も当てられない状態だ。

何という不覚。これではまるで、傍に居る僕までも破綻者として扱われてしまうではないか。そう思ってからは早かった。

靴を脱ぎ、廊下を踏み鳴らしながら進んで『線』の居城に辿り着く。

それでようやっと、深いシアンの瞳が、僕の存在を捉えたらしい。口を間抜けに開いたソイツだけはそれでもやはり美しい。無性に腹が立ってきたので、僕は性にもなく啖呵を切ったのだった。


掃除しましょう、今すぐに。


二人で手分けして、近所の雑貨店で掃除用具を買い揃えた。帰って来てからの『線』が思いの外乗り気だった。薄々その理由は察せるものの、念の為それとなく尋ねてみた。


だって楽しそうじゃん。ふふ、大掃除なんていつ以来かな。


ほら見てみろ。どうやらこの碌でなしは、楽しさの多寡と自身の生活水準を天秤に掛けているらしい。楽しそうに腕をまくる『線』を見て、遅まきながら、自分もそこまで嫌がっていないことに思い至ってしまう。

随分と洗脳されてしまったものだ。いや、そもそも元から僕も相当なダメ人間だったのだろうか。それにしたってこれは上位互換だ。流石に堕落の権化みたいなのと一緒にされたくはない。

最初は滞りなく進んでいた清掃作業だったが、途中から見る見るうちに『線』はごろにゃあと遊び始めていた。終いにはこんなことを口にした。


飽きちゃった。ちょっと話そうか。


咄嗟に振り向いた僕の顔がコメディみたいに歪んでいたのだろう。『線』は唾を飛ばして吹き出し、その場で笑い転げやがった。


……はあ。早く終わらせましょうよ。

ごめんって。それよりさ、学校楽しい?彼女とかいるの?

なんすか、藪から棒に。

いいからいいから。


ニタニタと虫唾が走る笑みで、僕の顔を覗き込んでくる腐れ外道。どうやらこの愚問に答えないと仕事さえしてくれないらしいと理解して、ぶっきらぼうに口にする。


まあ、可もなく不可もなく。

えー何それ、面白くないの。

面白くなくて結構です。とっととやってください。


そう言って軽くあしらうと、ちぇー、と頬を膨らませて静かに抗議する『線』。それでも無視し続けるとやがて渋々諦めて、ようやっと真面目に仕事してくれるようになったようだ。

自然と場所の分担は決まり、僕は引き続き『線』の仕事場である、一番広い和室を掃除することになった。マグカップに突っ込まれた筆や小道具を洗い終わり、あちこちに転がった段ボールを運んでる最中に、不意に地面に放られた絵が目に入った。


……なんだこれ。


濃淡様々な青を基調としているので、海を描いたモノだろうか。

しかし改めて視ても、やっぱりドが付く下手さだった。印象派とか言う段階にはなく、もはやこれは稚児の落書きみたいなものだ。

多分その筋の人に見せても、露骨に嫌悪感を示されるかこっぴどく批判されるかのどちらかだと思う。自由と放漫を履き違えている、とか、そういう風味で。そう苦笑いしつつ、ふと時計を確認する。

数分。数分だったのだ。

この絵に意識を取られていた時間。いとも簡単に思考が止まりかけていた。いつの間にか、背中に冷や汗が伝い、丁度心臓のところに来ていて、それから最後に胸が抉られる。ジリ、ジリリリ───と、急かすような戦慄きのハウリング。

ああクソ、こっちに来るな。喉元までせり上がってきた本音を呑み下したせいで、やけに体中が痛い。見えているはずものが薄皮一枚で見えなくなって、泣きたくなった寸前で声が聞こえた。


大丈夫?


本心からの心配だと、声色だけで理解するには時間が掛かった。だって、そんなもの今まで貰ったことが無い。だから僕は無理矢理口角を上げて笑うのだ。


なんでもないです。ほら、サボってないで仕事してください。


取り繕うような表情は、只の線を騙す分には事足りたらしい。納得したような表情をぶら下げて引き返していった。

それでも、いつまで経っても不甲斐ない自分だけは騙せなくて、動かない太股を強く叩いた。痛くないのに。また泣きそうになった。


******


数時間ほどして、ようやく大方の作業が終わった。

それまで目も当てられない状態だった部屋の数々は見違えるほど綺麗になり、むしろ、この家はここまで広かったのか、と驚かされた。因みに家主本人も驚いていた。これだから破綻者は。

残ったゴミ袋を外に出し、雑草を抜いたばかりの玄関前に積み重ねていく。無論日差しはここまで届かないものの、それでもむせ返るような熱気は体に染みこんでくる。

『線』に指示されて仕分けしたゴミ袋の中身は、インスタント食品の容器やペットボトル、更には大量のドリンク剤で満たされていたのの、絵の道具は一つも見当たらなかった。

腰に響く重さに苦悶しながら何とか最後の一つを運び終える。額に浮かんだ珠の汗を手の甲で拭って、その粘ついた感覚にうんざりする。首にかけていたタオルで全身を拭き、息苦しくなって空に逃げ場を求める。

相変わらずの蒼穹で、その広さは僕を逃がすのには少々窮屈だ。数日前ともいい、いい加減に笑えて来る。ここから見える狭さで、本当は丁度いいのに。


ねえ。


また、声がした。

振り向くと、やはりそこには一本の線がいた。汗だくのTシャツの袖を捲り、タンクトップ姿で見様見真似に空を見上げていた。言わんこっちゃない。こうして同じ日陰に立っても、僕は惨めで、線は麗しい。その諦観を噛み殺して言葉を紡ぐ。


なんですか。

ううん。ただ、美しいなって。

そう思えるのは、アナタだからじゃないんですか。

褒めてくれてるの?

いや、貶してます。


そう皮肉で顔をひん曲げると、『線』はカラカラと笑った。

思えば、この人はいっつも笑っている。無機物らしからぬ、感情的な笑みを浮かべて、有機物の無感情を馬鹿にしているのだ。

被害妄想にも程があるだろう。でもそれが、どうしようもない喜劇に成り果てていってるんだと分かってしまった。諦めるような表情をして淡く俯いていると、唐突に声がした。


ねえ。

はい?

今度、コンテストに出るんだ。


はにかみながら、『線』は一枚の紙を僕に手渡した。

どうやら、この町出身の大物画家が、一般向けのコンテストを開くらしい。テーマは『この街の海』で、締め切りが一か月後。

それこそある意味おあつらえ向きな、「普通」の選別で、およそコレには似つかわしくないけれど、それでもいいと思ってしまった。


いいんじゃないですか。頑張ってください。

それでさ、君も出てみない?


やっぱりと、心の中で苦笑した。そう言ってくるだろう───と予期していた言葉に対して用意した返答は勿論NOで、それ以外にないはずだった。

なのに僕の口を突いて出た言葉は、ただ一つだけであった。


まあ、暇つぶし程度でなら。


******


やってしまった。

そう頭を抱えど時すでに遅し。誘われるがまま真っ白なキャンバスの前に座り、その広大な大地を見て頭を抱える。なんだよ暇つぶしって。澄まし顔でほざいた数分前の自分を殴りたい。

それにしても改めて、その難しさに思い悩まされてしまう。真っ先に感じた通り、いやそれ以上に、とにかく広い。

筆を握ったのはいつ以来だろうか。ふとそんなことを思う。中学の時に受験を期に筆を折って、それから自然と遠ざかっていった気がする。

あの頃の記憶は全て過去で、今過ごしている時もいつかは過去になる。

今も何処かで誰かが抱いている宝石みたいな感慨も、いつかは濁って重石になるのだろう───などと、茶を濁していると、後ろから朗らかな声が掛けられた。


どう、描けそう?


少し離れた窓際で向日葵色の陽光を浴びながら、『線』がこちらに目線を向けてくる。かく言う当人はこうしている今も筆を走らせている。

筆は筆でも鉛筆、つまり察するにまだデッサンの段階のようなので、いくらでもやり直しは効くのだろうが。


や、全然ですね。

そっかー。まあ、ゆっくりやればいいよ。


そう呑気なことを口にしながら、尚も片手間で腕を動かし続けているのがやけに視界に映る。それから、手持ち無沙汰に暫く首を真上に傾けて、それでも頭は動かなかったので気分を変えることにした。


ちょっと外出てきます。

一応勤務時間中だけど。どこ行くの?

こういう事してる時点で勤務とは言えないですよ。少し散歩するだけです。


そう口先で言い丸めて、腰をかがめて未踏の長方形を手提げ袋に突っ込む。それとついでに数本の筆も。

ただの散歩にしては不自然な荷物ではあったが、特に咎められることもなく外に出た。

少し歩けば見えてくる商店街は、それはもう賑わっていた。親子連れを始めとした人々の華やかな表情が、肌色のタイルに良く映えている。

彼ら彼女らの手には浮き輪やらパンフレットやらが握られており、すっかり夏の様相と言った感じだろうか。きょろきょろと辺りを見渡して、見知った顔がいないことに安堵する。それでも、白張りの北欧建築に縁どられたその世俗は、僕にとっては些か肩身が狭い。そんな具合に顔を顰めていると。


────くん?


唐突に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

少々の倦怠感を覚えつつも振り向くと、そこには見知った顔があった。


ふふ、やっぱり。何してるの?

……久しぶり。


中学時代、同じ美術部に所属していた同級生だった。今でこそ会う機会は無いが、同学の生徒として名前は良く耳にする。

画家の父として幼少期から英才教育を受け、中学の全校集会では毎回のように表彰を受けていた。現在はセミプロとして中小企業のロゴデザインなども手掛けているらしい。

彼女はお手本のような、それこそ常識的な芸術を紡ぐ。それは多分正しい在り方なのだろう。だから僕は彼女が嫌いだった。

矢継ぎ早に彼女は口にした。


最近はどうかしら。今でも描いてるの、絵は。

まあ、趣味程度には。

あら、辞めてしまった訳じゃないのね。良かったわ。私も負い目を感じていたもの。


何に対して、だろうか。ゆらりと舞う陽炎に隠れた真意は、文学にとんで疎い身が読み解くには少々荷が重い。端が吊り上がった唇は悠々と続ける。


今度、お父さんがコンテストを開くの。腕試しに是非。


文武両道、眉目秀麗な優等生らしい分け隔てない笑み。柔和な誘いの言葉に他意はなく、きっとそれはどこから見ても百点満点の社交辞令だった。

ポスターに記載されていた名前を見た時から、嫌な予感はしていた。まったく狭い世間だこと。

おそらく数ヶ月前───いや、数週間前の僕であれば、恐悦至極に存じますがなにぶん───なんて、のらりと躱していたのだろう。しかし。


出るつもりだけど。


無鉄砲な口先はせっかちにも、赤点の皮肉で返した。

似合いもしない澄まし顔で、裏返りそうになりながらも、素っ気ない声をどうにかして保つ。随分と格好がつかない高飛車である。

そこで一瞬の間があった。普段なら何とも思わないコミュニケーション間のラグ。無害な侮辱を引っ込めるように、彼女は直ぐに微笑みをたたえた。


あら、じゃあ楽しみにしてるわ。


しかし優等生と言えども、白けた顔の隠し方はご存じなかったらしい。その反応を見て、つくづく、らしくないことをしているな、と思う。きっと、熱か何かに当てられているのだろう。

少し足取り重く立ち去っていく彼女を見送りながら、頭に浮かんだもう一つの可能性を気の迷いに押し付けた。本当に、らしくもない。


それからしばらく歩いて、当初の目的地に到着した。

汗でべたついた髪と肌を優しく撫でた風は、潮の香りを色濃く残していた。虫が多いからという理由で不人気な丘。そこを踏破した先にある展望台は、知る人ぞ知る穴場である。

特段いい景色が見れるという訳ではないのだが、この街で一番高くて静かないい場所だ。少なくとも僕にとっては一番の名所だった。

そっと息を吐く。中学を卒業した時に筆を折ることを決めた僕だが、情けなくも同時に、もし次描くならここだろうなと思っていた。まだ思い出が只の宝石だった頃。父が家族全員に自慢げに見せびらかしたこの景色は、皮肉にも今なお色一つ褪せていない。

普通の絵を描く。僕にとってそれは、絵を覚えてからずっと掲げてきた、唯一の信条とも言えるものであった。

思い返せば僕は原来、何か特筆すべき才能とやらを持ち合わせていなかった。誰もが口では凡人を騙るけれども、その全てが非凡に見えた。筆を持ったのも単なる暇つぶしに過ぎず、さっきの彼女みたいな矜持など当然ありもしない。ただそれでも、描く手を止めることはなかった。

座るベンチとすぐ前の手すりの間にキャンバスを挟み、拝借してきた鉛筆を倒して横に滑らせる。

真っ直ぐに、揺るぎなく。幼児がフォークを持つような恰好だったけれども、大凡おおよそそんなものだと投げやりに考えた。雑な動きを丁寧に。中学の顧問がよく口にしていた言葉だ。そこに含まれた真意はついぞ解らなかったが、ただひたすらに必死に守ってきた。

テンプレートをなぞり続けて、常識に従順になる。何でもかんでも理解できていたのは昔の話で、今は違う。だったらいっそ馬鹿になれ。

暫く傾倒して、それで出来上がったモノはやっぱり下らない下地だったけれど、不思議と変える気は起きなかった。


******


少し気を抜けば、どろどろとしたモノに包まれている。

視界は蜃気楼しんきろうに覆われたように濁り切り、耳に響くのはくぐもった不明瞭な雑音だけ。周りにある全てに精工なモザイクがかかっていて、これでは生きていけないと、おぼろの中で誰かが笑う。もはや自分の居場所すら、ましてやこの思考の主までも分からなくなったところで、唐突に考え至る。


……この夢、最近ずっと見るな。


そう醒めた途端に、五感に魂が戻ってくるのを知覚した。じわじわと身体を寄せてくる現実を手繰り寄せるようにして、むくりと身体を起こす。

尊大に描写したここまでの流れも、目覚めてしまえばいつもと何ら変わらない朝に成り下がってしまう訳で。


ふわぁ。


口を大きく開けて、その中に安いパサパサした食パンを詰め込む。べたついた顔に温い水を浴びせながら突っ込んだ歯ブラシはやけに硬い。

それから制服を適当に着込んで、限界まで膨らませた鞄を背負ってアパートを出る。寂れた無人駅は相変わらず不愛想だった。鉄を軋ませながら滑りこんでくる一両編成に乗り込んで、汽笛の音でようやく思考が回りだす。

あれから数週間、こんな生活を繰り返し営んでいた。半ば機械のようなもので、美意識もなく、限界まで紡いだ。休暇明けのテストへの不安が無いと言えば嘘になるが、不思議と雑念は湧かなかった。


がたん、がたん、がたり、がたん。


乗用車より遅いとしか思えない速度は、車内の密度の低さも相まって最早止まっているようだった。だと言うのに窓の外の緑は廻っていくものだから、これにはいつまで経っても慣れない。陽射し差し込む車内は、不躾な思考を奪い去るには事足りていた。

こっくりこっくり、意識の境目を幾回さまよって、やがて、きぃ、と結ぶ金切りと、くぐもった電子音が聞こえた。

ふらふらと駅を出る。燦々と香る潮のざらつきをまとって坂を登り、ぜえはぁと、分かりずらい暗がりに飛び込んで、やっとの思いで足を止める。

古びた戸を開ければ、いつも決まった位置でソレは居座っているのだ。


やあ、いらっしゃい。


畳のかぐわしい匂いが全身を包む。そこに添えられた蚊取り線香の素っ気ない香りは、否が応でも晩夏を思い知らせる。


少し、出ます。


息も絶え絶えにそう告げた僕は当分帰ってこない。その事実を『線』が知っているのをいいことに、いつものように堂々と職務怠慢を冒す。

さっさと荷物を置いて、台所に駆け込んで麦茶を流し込む。乾いた世界をお気持ちばかり潤したその後で、再び外に飛び出す。

コンクールの締め切りは、今日。

歩いて、描いて、食って、寝る。その繰り返しは作業みたいなものだった。善悪好悪の丁度真ん中でずっと筆を動かして、次第に細くなっていく絵の具のチューブをどこか他人事のように絞り続ける。そんな営みの終わりが見えつつあると考えると、少々拍子抜けた感じがする。

いつだっただろうか。幼い僕に暴力をふるっていた父。彼もまた、こう言う社畜の根性論に追い詰められていたのだろうか。それから責任逃ればかりしていた母も、優秀であることを鼻にかけていた兄も。自尊のための下らないエゴに揉まれていたのは結局、狭い理想郷の中だけであった。

この街でさえ僕らは路傍の石になるのだ、ならばもっと広いなら。本当に、気が遠くなる話だ。

全ては過去。そう、遠い過去の事なのだ。だのに自分の吐いた息を何度も吸って、その臭いに囚われる輩はやけに多い。僕やその他の凡夫、つまり救いようのない愚者は誰しも、その例に漏れないのだろうか。

他愛のない思考をね繰り回している内に、いつもの場所に辿り着く。蝉の声は相変わらず古い鐘のように、寂れ、幻想みたく揺蕩っている。それに対する山々は余りにもでくの坊だったけれど、断続的に命の音を木霊させている。

遠く、寄せて、還るように。


すう────はあ────


大きく息を吸い、極彩色の空気を肺に詰め込む。で、全部吐き出す。それだけで僕はからっぽの人間になれる。

次の瞬間にはもう筆を握っている。滑らかに擦るような音が遅れて響き、それが途切れることは多分ない。空気だけのゴムボールになった脳。ここぞとばかりに揺さぶる自然のこえ。その五月蠅うるささ全部が美しいと、安直に思う。

モノクロの下絵、淡い空、無駄に肩幅だけ広い山々。それから白い街と人の営みを一つまみ。

見下ろしたモノを丸ごと描いて。描いて。描いた。もはや気付いたら一作業終わっている、という塩梅あんばいで少しずつ型取りした箱庭を彩ってきた。

全部を赴くが儘に紡いで来たわけだが、それでも最後に描くのは初めから決まっていた。

暫く手を動かし続けて、しかしキャンバスの上部三分の一は未だ空白。一旦意識を戻した途端に、どっと汗が噴き出た。息を整えながら首にかけた黄ばんだタオルで雑に拭い、ベンチに置いた箱から青の顔料を取り出す。震える右手で蓋を開けて、思いっ切りごちゃごちゃなパレットにぶちまける。

見据えるは地平線の傍、くだらない美しさを持ち合わせた大海原。真っ新に洗い流した筆を青に飛び込ませると、深い鼓動がとくんと宿るようだった。

後は全て投げ打って、未開の地を染め上げるだけ。青、白、水色。並ぶ材料を余すことなく重ねる、重ね続ける。

段々と息が荒くなってくるのを感じた。もうそろそろ不味いんじゃないか、いや、まだ───

理性の線引きすら次第に滅茶苦茶になってきて、もう既に自分でも何がなんだか解らなかった。手はとっくに痺れ切っている。赤い液体すら滲んできた。身体の限界だってもう遠くはないだろう。

けれど止まらないし、留められない。描く、描く、描く、描く───単調な営みのその果てに、頭蓋が無色で埋め尽くされた辺りで。


────ぁ。


一枚のキャンパスに、ちっぽけな命が宿った。

感慨は無かった。ただ、そこにあるべきものがある、それだけだと思った。

汗やら何やらで天手古舞てんてこまいになった顔など意識に入れず、ただ在るはずもない余韻に浸る。分かりやすく息を荒らげながら、しかしその顔はきっとだらしなく緩んでいる。

特段技巧を凝らした訳でも、突飛な事をしたわけでも無い。有象無象の作品と比べても大差ないとしか言いようがない。

それでも良かった。なんならそれが良かった。普通であることを誇る、その滑稽さを見せつけてやろうと、そう確かに思った。

そこからの帰路は静かな熱に浮かされていた。ここまでくると、それまで忌み嫌っていた周りの景色が全てが美しく見えて、自分自身の心地いい殻に閉じこもっていた。それで気が強くなって、愚かしい僕はこうも考えた。

きっと、これは受賞するのだろうな、それも大賞ではなく、佳作とかそういった脇役も脇役で───と。

驕ってはいなかった。純然たる予期として、それを受け入れてしまう自分がいた。そうやって暗がりに戻った頃には空は橙に輝いていた。

それは奇しくも、海へ駆けたあの日の色合いと恐ろしく似ていた。今となっては既に懐かしい記憶。そんな得もいえぬ感傷を刻んで帰還する。


あ、お帰り。


どこか上の空なソレは、からのコップを片手に窓の外を眺めていた。


完成したの?

まあ、一応。

おおー、良かったじゃん。


らしくもなく昂る感情を抑えながらも、そんな業務連絡を経て、暫くの静寂が訪れる。夏の聲はようやく鳴りを潜めてスローモーションのように流れ、その所為かやけに時間の流れが遅く感じた。


ちょっと麦茶取ってくるね。


唐突にそう言って席を立つ『線』。その瞬間に時間は少しだけ素の調子に戻る。

錆だらけのパイプ椅子はがたんと音を鳴らし、背を向けた持ち主を見送るように左右に揺れ、ゆっくりと、収まっていく。そこまで見届けて、やはり好奇心を抑えることは叶わなかった。

あの時、初めてあの下手くそな作品を見た時に感じた、僅かな違和感。どこからどう見ても素人絵で、そこら辺に転がってる安っぽい美しささえ感じなかったのに、何故か。

ここから見れば分厚い側面しか見えない、自分と同じサイズのキャンパス。動かない脚に鞭を打ち、一歩ずつ確かめるように進んでいく。

足は鎖に繋がれたように重かった。不規則な鼓動で他は何も聞こえない。足音は大丈夫かとか、そもそもいつ戻ってくるのかとか。そういったことが一瞬にして綺麗さっぱり消え去って、居残ったのは名前も知らない高揚感のみであった。

目の前に立つ。全てを逃さずに網膜が捉える。直後に得たものは分かりやすい落胆、或いは歓喜。そういったある意味複雑多岐に渡る、巨大な感情ではなく。

本当に、本当に小さくてみっともない、ただ一つの言葉。

手に持っていたキャンパスが手から滑り落ちる。がたん、と、みっともない音を立てて。しかしもう、そんなことはどうでも良かった。ああ、と上擦った声で鳴く。そうか、そうか、と譫言のように繰り返す。

つまるところ、この無機物は。

ここに生きているようで、生きていない。

相変わらず纏まりの無い色遣いや構図。一目では何を描いているかは理解できず、先天的に感じた感情にタグを着けることすら出来ていない。

けれど。こんなもの。


見られちゃったか。


諦めるような、少し照れた感じの声。

その声色はどうしても似つかわしくないように思えて、振り向くのが遅れてしまった。

一体いつからそこに立っていたのだろうか。何分何十分経っていたのだろうか。握るグラスには、既にほんの少しばかりの薄茶色しかなかった。重ね重ねも似つかわしくない苦笑いを浮かべて、その深遠な瞳孔は僕の眼をしかと掴んで離さない。


どうして。

ん?

どうして、こんな絵を描くんですか。


やっと不器用に纏まった言葉は、自分でも予想だにしなかったものであった。もっと、言いたいことは山ほどあった筈だ。それが手放しの賞賛であれ、こっぴどい批判であれ───まがりなりにも一人の画家として、目を逸らす事は不可能なのだから。

そうはいっても、本当に、これはズル過ぎる。生きている場所が一個ズレているんだと、諦めてしまった。あと一歩が遠い。その一歩さえ踏み間違えれば、見えないモノが見えるのに。

畜生、と思った。無意識のうちに頬を湿らせるものさえあった。燦然と部屋に差し込む赤々しさがサレンダーを突きつけるさまである。

キッと振り返って、反駁はんばくするように、音もなく部屋の中心に佇む無理解の塊を睨み付けた。

結局日が落ちるまで、『線』は無機物らしく、無言を貫いていたのであった。


******


結果から申し上げると、僕の作品は佳作になり、『線』の作品は当然のように落選した。驚きはしなかった。アレは誰の手にも負えないと、根拠のない確信を喉奥に押し隠していた。

発表の一週間後、僕は主催者所有のアトリエに招待された。華美で絢爛な装飾で満たされたそれは、ここ数週間抱いていたアトリエのイメージとはまるで違った。妙な乖離だった。洋館のような外観によく似合った大広間の一つに、今回のコンテストの受賞作品がずらりと首を揃えていた。

中央の空いたスペースで授賞式が行われるらしく、そこには既に数人の老若男女と僅かばかりの報道記者らしき人々、それから如何にもと言ったお偉いさん。どうやらこのコンテストは、思っていた以上に大規模なものだったようだ。

式は見た目に反して粛々と行われた。市長だの会長だの、何度も繰り返される同じような説法にうんざりしてきた頃に、僕の名前が呼ばれた。荘厳な声で以下同文、なんて囁かれ、やたら仰々しい表彰状と盾を受け取って、それでようやく全行程が終了した。


とは言え即時帰宅するような雰囲気では無かったので、それとなく作品を見て回ることにした。部屋を囲むように並べられた額縁を巡ってみる。

上手いな、と、何の雑念もなく、純粋にそう感じることができた。あの異物を見てから普遍的な作品を忌み嫌うようになった──ということは全くなく、むしろ一層好意的に受け取るようになった気さえする。

アレはアレで、これはこれなのだ。前提として根本が違うからして、比べようとするのもお門違いだ。そう、思い知らされた。

少しして、不意に肩を叩かれた。向けば、件の優等生と主催者、つまりエリート父娘おやこが笑顔で立っていた。


この度は受賞おめでとう。いつも娘がお世話になっているね。


オールバックの髪に整った西洋人風の顔立ち。高そうな装飾品の数々を身に着けた彼は、やけに機嫌がいいようだった。二歩後ろで姿勢よく立つ、やけに華々しいドレス姿の娘は、心底勝ち誇ったように祝辞を述べた。


おめでとう、すごいわね。


そう言って浮かべた仮面の笑みの下には、安堵にも似た何かがべったり貼りついていた。


そちらこそ、娘さんの作品は見事でした。

いやあ、私としても厳しく観たつもりなんだけど、他の先生方も絶賛して下さったからね。


彼女が最年少で優秀賞を受賞したのは先程知った。相変わらず良くも悪くもお手本みたいな絵だった。それを踏まえた雑な社交辞令を口にした途端、聞いてもいない事を満更でもない様子で雄弁し出したもんで、退屈な喜劇を見ている気分だった。暫く猿真似みたいな会話を繰り返して、帰る直前の玄関前で、唐突に父の方はこんなことを言い出した。


どうだい、君。私の下で描いてみないか。


どうやら、優等生様には及ばずとも少しは注目されているらしかった。そう言った実感は全くなかったが。彼女もそれを歓迎しているようで、追随するように身体を寄せてくる。


この歳でここまで描けるんだもの、一緒に頑張ってみない?

君にとっても良いスキルアップの機会になると思うんだ。どうかな。


それは、勧誘の体を取った圧迫面接であった。僕が首を縦に振ると信じてやまないような、完璧な作り物の期待。失敗とか挫折とか、そう言った屈辱の二文字の味を知らない人間の笑みだった。そういや兄もこんな顔をしょっちゅうしていたっけ、もうよく覚えていないけど。

そんな事を考えていたからだろうか。僕はきっと、これまでした事の無いような澄み切った笑みを浮かべて、迷いなくこう口にした。


お断りいたします。


深々と頭を下げつつ、色々言われるのが面倒だったので直ぐに出ていった。

軋りと共に閉ざされたドアの目の前で、糸が切れたようにしゃがみ込む。追ってくる様子は無かった。はぁ───と吐息して、やっちまったな、と目尻を下げる。

それで、最早耐えきれなかった。あの一瞬見えた似寄った呆け顔は傑作だと、口元だけで呵呵と笑った。


八月も後半となった為だろうか。つい数日前まで賑わっていたあちこちは、どこか寂れた雰囲気を漂わせている気がした。

幾許かのシャッターは閉ざされ、街を彩る人影も霧消していて、なんだか鼻に、つんとくる感じがした。そんな妄想の廃墟を当てもなくブラブラとしている最中に、脈絡もなく思い当たる。


あそこ、行ってみるか。


すっかり身に沁みついた道順を辿れば、無意識のうちに目の前には見慣れた引き戸がある。ここに来なくなって一週間程度しか経ってないと言うのに、見覚えのない感覚が押し寄せてくるのだから恐ろしい。

玄関で靴を脱いでいると奥の方で物音が聞こえた。あまり良くない方のデジャヴがよぎったが、その正体だけが違っていた。


ああ、貴方ですか。


初対面の時と寸分違わない険しい顔。つまりは先日家賃の催促に来た老婆であった。

静かな水面みたい声と鷲のような眼光には、しかしこの前程のしたたかさは無く────

すると老婆は無言で一枚の、手帳サイズの紙片を差し出してきた。有無を言わせぬその仕草にひれ伏し、恐る恐る受け取ると、そこには汚らしい文字でこう書き殴られていた。


旅に出ます 探さないでください


一瞬口の中で呆然を転がした後に、喉を鳴らすように笑った。絶倒した。老婆が目の前にいることも忘れて。稚児のような走り書きだけではなく、雑な破り跡にまで宿る幼気なね、これを見て笑わずに居られる人間はいまい。

まあなんだ、アレも人間だったのだ。孤独を吞み干す癖して認めて欲しかったのだ。そう思うと可笑しくて仕方がなかったのだ。

だって仕方がないじゃないかと思う。アナタは混沌に生きている。誰の手も届かない場所で、ずっと素手で虚空を漕いでいるんだ。その程度クソ食らえだと強がってくれよ。

そう、思ってしまう。

意外なことに、老婆は暫しの僕の下品を咎めなかった。代わりというわけではないだろうが、一瞬の沈黙の後で嘆息し、耐えかねたように経緯いきさつを語りだしたのだ。

曰く、老婆は元々この古屋を貸しに出すつもりはなかったらしい。その余りの不便さで売れ残り続けて数十年、取壊しを見積もり始めた頃に『線』が乗り込んできたそうで。


そん時は現地で立会いをしていまして、勿論業者さんもいらっしゃった訳。そうしたら突然大声で、ちょっと待ったぁ、なんて聞こえたもんだから驚いてしまいましたよ。


それから間もなく、勢いのまま契約を結んでしまったらしい。思えばそれが人生最大の過ちだった、と老婆は遠い目で自嘲した。

一週間毎に来る理不尽な要望、近所からの騒音に対する苦情、結局一回も払っていなかった家賃。

段々と熱を帯びてくる罵倒は至極真っ当なものだったので、僕もこれまでの愚痴を全部吐き出した。貰っていた賃金すらも棚に上げて。

それで最終的には、二人で笑い合った。老婆は上品な仕草を崩さなかったけれど、それでも最初の印象とはまるで正反対の雰囲気を醸し出していた。


貴方も苦労なさったのね。ずっと誤解してしまっていました。

誤解?

いえ、てっきりあのロクデナシとご同類なのかと。


そう聞いて思わず吹き出しそうになった。今までそれを言われまいとしていたのに、今になって老婆の誤解を是正するのが惜しい。

八方塞がりな思考を茶化すように、僕はこう口走った。


そんな馬鹿な。流石の僕でも恐れ多いですよ。

ふふ、やっぱり似た物同士じゃないんですか?


冗談めかした事まで口にした老婆は、少しして立ち上がって威儀を整えた。

それでもう、このボロ屋に居られる時間は僅かなのだと悟ってしまった。


あの。

まだ何か?

……もう少し、ここに居てもいいですか?


気づけばそう口にしていた。きっと断られるだろうと予期しながらも、無様にしがみついてしまった。

しかしそれを哀れに思ったのか、老婆は顔を背けて、冷ややかにこう告げた。


明日には取り壊しに入りますので、それまではご自由に。


その顔が、憐憫とも、憧憬とも取れるものであったのは、きっと気の所為なのだろう。


不気味な程の静けさだ。

虫の音一つ無いのに、蚊取り線香の白煙だけはだらりと伸びていた。兎に角暗くて、やっぱり寂れている。

机の上や床には、無造作に投げ捨てられていた筆やらなんやらが、全てがあの初夏の悪夢の頃に戻ってしまっていた。

そして中央にはやっぱり、あの異質がイーゼルスタンドに座っている。思わずたじろいて、それでも少しすれば、正面から向き合うことができた。

真ん中から下に掛けては全体的に青っぽく、それより上は緑やら白やらでゴチャゴチャしていた。それで何となく、街を海側から見た絵なのかなと連想する。

もしかしたらそうかも知れないし、もしくは全くの見当違いかも知れない。やっぱり理解できないな、これ。

そう俯瞰すると、他にも色んな考えが漫然と頭の中を泳いだ。

そういやあの人いっつも風景見ないで描いてたな、背を丸めていたのはそのためか、いややっぱり云々。

それで結局最後には、窓から見える空に辿り着く。今日も今日とて憎々しい、気を抜けば全部持って行こうとする空色一辺倒の卑しさ、これだけはホントに気に障る。

突っ立ったまま目を細めると、急に理性というものが還ってきた。

思えば、とんだ数週間だった。

堕落しきった、うねうねとした線にずっと振り回されていた。なまじ空っぽに生きていた僕は、あの無機物からしたら格好の餌食だったのだろう。実に憎たらしい。ここまで人に感情を向けたのは初めてで、余計に悔しさに拍車をかけていた。

そもそも、世の中の夏における高校生はもっとこう、凜々とした日々を過ごして然るべきなのではないのか。それこそ友人と夜が更けるまで遊び浸り、海やら山やらを駆け回って、心躍る非日常を貪るような。それに比べ僕はどうだ。この数週間で何を得たのか。ただ奇妙な線の一端を知っただけで、他は何も思い浮かばない。

何だかむしゃくしゃして、傍にあった筆を強く握った。穂先に先ほど見た色がこびりついていて、それで一切の躊躇は無くなった。両目が窓の外に捉えたのは、うんざりする白一色の街並み。

本当に何もかも嫌だった。目に見えるものすべてが僕を嘲笑っている。どうしようもなく空虚だと見捨てるように。嫌で嫌で仕方がない。だから見返すことにした。意味や理由など知ったものか、いっそ堕落しきってやるよ。そう皮肉気に顔を歪める。

借りる胸も寄りかかる背中もない、碌でもない人生だと思っていた。物心ついたときには人生は詰んでいて、完全上位互換のスペアとして扱われた。不満はなかった。才能がないから、努力しても辛いだけだから、愛されないから。だから全てを諦めた。それで良いのだと、全部悟ったつもりでいた。


ふざけるな、なんだよそのクソみてぇな人生。


目の前のイーゼルスタンドを蹴り飛ばす。ガシャン、と、情けない音が鳴って、また静寂が訪れる。筆を握った腕を振り上げる。見様見真似の野球の投球フォーム。腕はだらしなく吊り上がり、へっぴり腰のせいで足元は安定しない。でも後には引けなかった。そして仕上げに、さながら負け犬のように。

吠える。


「本当に、酷い夏だった」


思いっ切り投げて。不格好な弧を描いて、それで。


喰われた。


***


あれから『線』には会っていない。どこで、何をしているかすらも知らない。生きているかすらも見当がつかない。

きっと二度と会うことはないだろうな、と思いつつも、やはりどこかで期待してしまっている自分がいて、苦笑の体を取る。細い白煙が何かを惑わすように漂う畳の部屋で、僕は麦茶をぐい、と呷った。

その時だった。がらり、と怯えるように、正面の戸が開く音がした。床に積んだ雑誌類が僅かに揺れる。擦るような足取りの小さい気配は、やがて、廊下と部屋を画する障子の目の前に辿り着く。

それで、あゝ───ついにやってきたんだな、と悟る。あるいは、ついに為るのだな、だろうか。どちらでも構わないと思う。それ自体に意味はなく、ただ有るべくして在るべきなのだろうから。

幕が開き、逆光に目を細める。そうして努めて穏やかな口調で、ゆらりとした其れは、夏の到来を迎えた。


いらっしゃい。

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一夏の線 悟妹 @gomai_HS

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