第8話 毎週金曜日は電波さんが来る(結)
ずっと眠っていたような気がする。
手足の感覚が鈍いわけではない。
強烈な眠気が襲ってきたわけでもない。
ただ、長い時間意識が途切れて、ふっと目が覚めた感覚。
長い、長い、白昼夢を見ていたような感覚。
ついさっきまでしていたことが、遠い昔であったことのような、意識内の時間のズレとでも言うべきなのだろうか。
親の説教を聞きたくない僕はリトルボーイでいつものように受験勉強をして″彼女″と話して。
そしてコンビニに寄って僕の″悪い日課″をしてる最中に、聴いていた音楽のメロディーから″彼女″の声が聴こえて。
意識が。記憶が。
そこからぷっつりと途切れていた。
見ていた映画が、途中から全く別の映画に急に差し替えられて流されているような。
さっきまでの記憶と今の目の前の景色が完全にズレている。
僕はいつの間にか、リトルボーイのトイレの目の前で立っている。
そして僕は、なぜかウェイターの格好をしている。
受験生の僕が?
なぜ?
ここでアルバイトをしていた?
そんなわけない。
僕は受験生、中三だ。
アルバイトをしていた記憶もないし、そもそも中学生はアルバイトをできる年齢ではない。
状況を整理しても何も見えてこない。
とりあえず家に帰ってからゆっくり――
「Kさん!!キッチンでランチAセット2つ上がったから、急いで10番卓と11番卓に持って行って!」
同じウェイターの格好をした女の子(ネームプレートに雛森と書かれてた)が僕の名前を呼んで指示をしてきた。
僕が?え?
しかし、急に背中に電流が走った感覚を覚えたかと思うと、身体がひとりでに動き、キッチンのテーブルに置いてあるランチの皿2つを両手に、本来であれば知るはずもない10番卓と11番卓に持っていき、まるでウェイターであるかのように
「ごゆっくりどうぞ」
お客様に向けて接客をした。言葉は自然に口をついて出た。元々僕の頭に録音されていたかと思えるほど不自然なくらい自然に口から勝手に漏れ出たセリフだ。
「Kさん、動きがきっびーん!!ありがと!客入りが少なくなったから先に休憩入っていいよ!」
雛森というウェイターさんが笑顔でガッツポーズを取って僕にカウンター裏へ行くようジェスチャーする。親指がカウンターの裏へと向いていて、僕もつられてそっちを向く。
視界の端で、なぜかウサギの着ぐるみを着た男、綺麗な金髪の女の子、3人組の小学生を捉えたが、今の自分の状況さえ把握できていない僕にとってこれ以上過度な情報は脳をパンクさせる恐れがあるので、それらを見ていないフリをして、逃げるようにカウンターの裏へと早足で歩いて行った。
休憩室だろうか、ロッカーが並び部屋の中央にテーブルがあるその部屋に入り、椅子に腰をかける。
腰をかけている場合でもないのだろうが、疲労を覚える僕の身体は自然に座ることを要求していたため、その要求に応えつつ、スマホを取り出そうとポケットに右手が伸びる・
ん?
小さな紙切れが指先にぶつかりそれを掴んで引っ張り上げた。
″リトルボーイが、あなたを縛るその鎖を全て断ち切る″
紙切れにはそう書かれていた。
意味が理解できない。誰が書いた紙だろう。
筆跡を見るに女の子だろうと検討はつくが、女の子から中学でこんなものをもらった記憶はないし、そもそも女友達すらいない。女の子からラブレターをもらうほどモテてもいない。
まあこれは明らかにラブレターではないが。
僕はたぶんここのウェイターとして現在働いている。さっきの雛森さんというウェイターもたぶん僕のことを知っている。一定期間僕は自分の記憶が欠落していることは状況から察することはできる。
なら、今現在時間的にはいつなのか。僕の名前が書かれたロッカーを開け、鞄の中に入ったスマホを取り出して日付と時間を確認し、驚愕した。
僕は中三であったはずなのに、2年も経っている。ということは、今現在僕は17歳、高校2年生?2年も記憶がなく、今に至るということなのか?
じゃあその空白の2年間、誰が僕になり替わっていたんだ?
身体にこもった熱が引き、体温は急激に下がっていく。
このポケットに入っていた紙切れも、空白の2年のうちに別の僕が手に入れたものだろう。
僕は、誰だ。
僕は。
僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。僕は。
誰だ。
意識が混濁し、眩暈がする。
いや、僕は僕なのか。この体の主役が僕ではなく他の誰かで僕が影役なのかもしれない。
いやでも。僕は中学生までは普通に生活をしていたはずなのだ。小学生の時の記憶だってある。それ以前は――
ガチャっと、不意にドアが開く音がした。強張らった身体は動かず、首だけをドアの方に向けた。もう一人のウェイターの雛森さんが休憩に入ってきたのだろうか。
その当ては大きく外れた。
彼女は。
ショートヘアーでどことなく冷めたような目をした彼女は。
小早川さんだった。彼女は、肩に抱えた高校指定のものであろうバッグにはウサギのキーホルダーをつけていて。
「あ、K君か、どーも。お疲れ」
軽い挨拶を僕にした。
僕はそれに応える前に。
意識が暗転した。
再び、暗い底に。舞台裏に。
ただ、少しだけ安らぎを感じる。
それは、舞台裏が、僕にとって心地よいものだからなのだろうと思う。
何も感じなければ、何も痛くないから。
次の更新予定
ファミレスのあの子は魔法使い スイミー @swimmy-swimmy-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ファミレスのあの子は魔法使いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます