第7話 毎週金曜日は電波さんが来る(転)

以前から私が、ここ『リトルボーイ』に通っている理由は2つある。


一つ目は、私と同じ類の人間、″同属″の人間がいると私のアンテナがビンビン感じること。魔法の力を感じる。このファミレス全体に。濃密に。

おそらくこのファミレスのウェイターのうちの誰か。


二つ目は、私の手元に″幸せの手紙″が届いたこと。

その手紙に、


『ウサギとの出会いがあなたの人生の転機になる』


この手紙からは魔法の力を強く感じる。

たぶん、そのラビットこそが魔法使いだ。


地球を支配し、そしてこの高い文明レベルを築き上げた人類を監視するために私はこの惑星に来たが、地球の外気が肌に合わず、最近昼間はずっと家に引きこもっている。

同属の存在を認識してからは、日の沈んだこの時間帯にこのリトルボーイに来て同属を探してはいるのだが、夜の時間帯にはいないのだろうか今の今まで見つからなかった。


そのラビット魔法使いも私と同じ宇宙人で、魔法も私と同じように地球外の″彼ら″から高速電波バーストを通じて与えられた者だと私は考えている。

そして手紙を通じて私にコンタクトを取ろうとしている。


手紙の文面筆跡を見るにラビットは女の子だと思っていたが、ウサギの被り物を外した中身が男だったことに少し落胆。でも初めての友……同属が現れたことに対しては私は前向きに捉えている。


これから人類の監視という任務を共同して行い、また情報交換のために夜通し電話したり、他にも、人類の活動と欲求を知ることを目的として、あくまで任務のためにお外を散策したりと、今まで私一人じゃできなかったことができることで活動の幅は広がる。


さて、閑話休題。

今まさに目の前のテーブルでラビット男子がくつろいでいるのだが、どうコンタクトを取ろうか。

――あなたもアンドロメダ星雲のからこの惑星に来た同志ですね、これからよろしく頼みます。


いやいや、ファーストコンタクトの挨拶としては少し気持ち悪い気がする。そもそも目の前の彼が同属じゃなかったら私はたぶん痛い奴として認識されてしまう。そうなったらこのファミレスにも顔を出しづらくなるし本物の同属も見つけられなくなる。

いや、でも目の前の彼がそうであるはず。そうに違いないのだ。


――私をあなたの任務に協力させてください。なんでもしますから。


いやいや、なぜ私が腰を低くして接しなければならないのだ。

向こうも私と同じくソルジャー最下級の地位にいるからフロントラインに立っている。つまりこうして自分の身を危険にさらしてこの惑星に、任務に出張ってきているのだ。


私がへりくだる理由はどこにもない。

というより、どうして私がコンタクトを取ることにここまで頭をひねらなければならないのか。こういうのは男の子の仕事では?


話しかける、デートに誘う、リードする。気遣いをする。

こういったことは男の子の仕事だと相場は決まっているはず。

そもそも手紙を出すことで女の私からコンタクトを取らせようとするあの男の性根を疑う。

ずるい、女の私にそうさせるなんて。


どうしよう。

ラビット男子はハンバーグをガツガツと食べている。まだ店を出る感じではないが、あまりのんびりこんともしてられない。というか、夢中で食事をしていて話しかけられるような隙がない。逆に向こうは私に話しかける気はないのか。


なぜか、離れた席に座っている小学生三人組の視線を感じるが今は気にせず。


まずはコンタクトを取るきっかけを......

私は人差し指をラビット男子の、飲み物の入ったコップに向け、指先に力を入れた。

少しずつ指先の感覚を伸ばしていく感じ。


少しずつ、少しずつ。


伸びた指先の感覚が、ラビット男子のコップにぶつかる感触がした。


人差し指の第二関節を軽く曲げ、そして押し出す。


コツンと、指先から伸ばした魔法の力がコップにぶつかり、コップは倒れた。

中に入っていた飲み物はこぼれ、ラビット男子は急いで手持ちのタオルで拭いている。


よし。机の下でガッツポーズを軽く取り、私は自分のカップを持ってドリンクサーバーに向かう。

コップをサーバーにセットし、コーヒーを入れる。


軽く後ろを見ると、ラビット男子もこぼれた後の、空になったコップを持って、こっち(私のところではなくドリンクサーバー)に向かってきていた。

決して私のところに向かってきているわけでない。


分かってはいる。ただ私は顔を隠すようにサーバーにずっと顔を向けている。

話しかけられない。無理、ナニヲナセバイイノ。


ラビット男子は、隣のドリンクサーバーでジュースを入れていた。

軽くこっちを見ている。私の目の端でずっと捉えている。

話しかけられる。向こうが話しかけてくる。


私のカップにはもうコーヒーが入っていて、すでにサーバーは仕事を終えて停止しているのだが、私はカップを取るのを忘れるほど脇に意識が集中している。カラダガウゴカナイ。


「君、その髪は地毛なのかい?」


快活で体育会っぽいはっきりとした声だった。

ラビット男子の声だった。

髪?髪フェチなのか?


「綺麗な金色の髪だ。目立っていて羨ましい。子供たちの注目を集めているよ。いいね、君」


「......ぁ、ありがと」


「おう。一応俺もこのファミレスのウェイターとして仕事をしているんだ。君最近ここに通っている常連さんだよね?話は他のウェイターから聞いてるよ。よろしくな。暇なときは話しかけてきてほしい」


言葉に詰まる。

いざこう積極的に話しかけられると返答に困る。

というか、私は噂されていたのか。できるだけ目立たないようにこの惑星を偵察するのがこの仕事の鉄則なのに......。


「いろんな人と仲良くフレンドリーに接することで多くの人が集まって、大きな輪が作られる。このファミレスも活気づく。君も、その輪の一員になってほしい」


「......ぅ、うん。よ、よろしく。あ、あなたは、任務、中?」


「任務?アハハ、今は完全にオフの時間だ。気楽にご飯を食べているだけだよ。俺は、楽一だ、よろしく!」


「......ぅ、うん」


ラビット男子は軽い自己紹介の後、笑顔で手を振り、自分の席に戻っていった。

こっちが名乗る前に行ってしまったことは少し残念だが、非常に好意的な接触ではあったことに安堵。


輪の一員、ファミレスの活気。彼は、楽一さんは、自分の居場所、コミュニティを人類の中に形成し、この中に溶け込むことで人類を間近で観察している。

そして、その輪の中に、私にも入ってきてほしいと?


頭がカッと熱くなった。


いやいや、無理無理。接客とか無理。知らない人の中に積極的に入っていくとか無理。

というか目立つこと自体、私の存在を人類に知られてしまう危険があるし。


私はこうやって自分の世界に閉じこもって1人で活動するのが性に合っているのだ。

こうやって、1人で、ずっと。


でも、もし彼が手助けしてくれるなら。


今の引きこもりの生活から私を引っ張り上げてくれるなら。


私は、頑張れるかもしれない。


私もその大きな輪の中で、みんなと笑って過ごす日が来るかもしれない。

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