第6話 毎週金曜日は電波さんが来る(承)
今日もまた彼女はこの時間にリトルボーイに来てる。
俺は、奥の席に座る金髪の彼女を見て胸が沸き立った。
ただ、その様子を一緒に来てるぼーちゃんとガリ勉に悟られまいと、被っている赤帽子を目深に被り直した。
「よかったね、かっちゃん。あの人また来てて。いつ見てもお人形さんみたいな可愛さだなぁ」
小太りのぼーちゃんこと、久保田太(くぼたふとし)は茶化すように話しかけてきた。
「別にそんなんじゃねーよデブチン」
さり気なく彼女を見てみると、彼女はじっとどこかを見ていた。
視線の先にいたのは、ウサギの被り物をした男だった。
リトルボーイの店員と談笑しているようだが、よくよく見るとおかしな光景が広がっていた。異様なのは周囲の人間が特にこのウサギ男を気にも留めてしないことだった。
「おい、あのウサギの被り物、何してんだあれ......」
「いや、イベントのバイトかなんかの後に来ただけじゃないの?今はツイッターの炎上話にユーチューバーのおもしろ動画、これだけ話題性のあることがたくさんあるんだから、着ぐるみレベルじゃ、誰も注目しないでしょ。てか、あれもしかしたら残念ユーチューバーなんじゃないのかな」
ガリ勉こと、忍野まなぶが辛口なレビューを言い放ち、俺も嘲笑を含んだ視線をウサギに向けると――
うぉっ......こっちガン見してる......こっちの話聞こえてたか、どんだけ地獄耳なんだよ......
ウサギ男の視線を無視し、俺は他の2人に見られないようにこっそりポケットに入れていた小さな紙切れを広げる。
″あなたは近い日、金髪の女性と運命的な出会いをする″
この紙切れは、以前リトルボーイに来た時に、いつの間にかポケットに入っていたものだ。
がり勉のまなぶ曰く、このファミレスでは『幸せの手紙』とよばれる、その人の未来が書かれた紙切れが、ごく稀に、来店したお客の手元に来るらしい。
その未来というのは、将来来るであろう幸せについて書かれているとかなんとか。
馬鹿らしいと思いつつも何度かここに来店してから、彼女と出会った。
正確に言うと、彼女とは話したことはなくただこうして遠巻きから眺めているだけだ。
出会ってはいない。
でもこの手紙によると、金髪の女の子とここで運命的な出会いを果たす。
見た目から察するにおそらく高校生のお姉さんで、目を引くような綺麗な金髪、すっと目鼻の整った綺麗な顔立ち。最初、思わず見惚れてしまった。
あの時、ぼーちゃんとまなぶがいなくて本当に良かった。
ここに通うようになってから分かったことは、彼女は毎週水曜日にここに来るということ。
いつか彼女とコンタクトを取る機会が自然に出てくるだろうと期待して僕は毎週金曜日、リトルボーイに来ているということだ。今のところチャンスらしいチャンスはない。
そして今日も僕は彼女を眺める。
彼女を眺める両目は捉えた。
彼女は今熱のある視線をどこかに向けている。
あれはウサギ男へ?違う。まさか。
おそらく、ウサギ男と話しているウェイターの男だ。おそらくあいつも高校生くらいだろう。口が裂けても言えないくらい恥ずかしい話だが、まだガキである俺は、高校生という大人の階段により近づいているそいつを見て、少し嫉妬した。
正直俺からは、なんらそいつが魅力があるような男には見えない。
いや、魅力がない以前に、なんというか存在が希薄だった。影が薄い。
アニメでいうとモブキャラとして背景にいるような、誰の記憶にも残らない希薄さ、そして個性のなさ。
……気味が悪かった。
顔があるのに、ない。笑っているようでいて笑ってない。困っているようでいて困ってない。まるでそれは誰かに操られて動かされているような、自我のない人形。
人形男はウサギ男の卓から離れた後、空いた席の片づけに接客、仕事をそつなくこなしている。普通にこなしている。
俺はいつの間にかそいつに視線を奪われていた。
人形男はそのあと、トイレに入っていった。
「かっちゃんどこ行くの?」
ぼーちゃんの声は無視して、後を追うように俺もトイレに向かう。
トイレ前に、清掃中という看板が立てかけてあった。
トイレ掃除かと、俺はトイレの入り口に背を向けて元の席に戻ろうとしたが
「………だよ。もうち…………からさ」
ぶつぶつと声が聞こえる。声の主は例のウェイターのものだった。
携帯で人と話しているのか。
俺は気になり、そっとトイレの入り口の扉を開けた。
そっと開けた扉の隙間から、人形男が見えた。
――壁に向かって楽しそうに話している、人形男が見えた。
――彼は誰もいないそこに向かって
――楽しそうに話していた。
俺は静かに扉を閉め、気づかれないようにとびくびくしながら立ち去ろうと振り返って踏み出した瞬間――
「――ッ!?あぁん!!いやん!!」
何かふっくらとした大きなものにぶつかり尻もちをついた。
それはそれは、ふくよかな女性だった。体重は100キロはありそうな大変ふくよかなその女の体つき、ぶつかった瞬間それがクッションかと錯覚するほどだった。
さきほどの非現実的な空間から元の日常に戻ったと思った俺の心臓が一瞬だけ落ち着きを取り戻したが、再び氷の刃が突き刺さる感覚が襲う。
見上げた俺の両目が捉えたもの。
――そのふくよかな彼女の髪色は、それはそれは美しい金色だった。
「あらあなた、けっこう可愛い顔してるわね。年はいくつ?」
そのクッション女は、たるんだほっぺたと吊り上げ、嬉しそうに俺に尋ねた。
現実は、そう甘くない。
今日限りでここに来るのはやめようと俺は決意した。
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