第5話 毎週金曜日は電波さんが来る(起)
金曜日は週末、社会人の間では花金と呼ばれるだけあって、夜の8時の客入りは上々、アルバイトの僕にとっては忙しいと愚痴をこぼしたいところではあったがそんな暇もないくらいだった。
キッチンでは店長と四木さん、ホールでは雛森さんと僕が担当していた。
注文の料理を運ぶだけがホールの仕事ではなく、客が店を出るところに気を配り、お客様が来店してきたら空いた席を確認しつつ接客をし、サラダバーや炊飯器の中が無くなりそうかをチェックして補充することにも意識を配る。
ピーク時の忙しさは慣れない。夏場のキッチンは地獄で、室内温度40度を超える中で調理をし続け毎年倒れる人が出てくるなんて話を聞くとまだキッチンじゃないだけマシとは思えるがしかし、だからといってこの忙しさを紛らわす気休めになるかといえば、決してそんなことはない。
「Kさん、この目玉焼きハンバーグセット4番卓に持ってって!あとドリンクサーバーのコーラなくなったみたいだから補充お願い!」
片手片腕に3皿、両腕に6皿乗せて料理を運ぶ最中の雛森さんがこちらを振り向かずに指示を出した。
「はい、了解です!」
雛森さんは記憶力がいいらしく、自分が受けた注文は全て覚えていて、何番卓に何を持っていけばいいのか、キッチンの人間が最初にどの料理を優先して先に作っておくのかを把握しているため、伝票を見ずとも、捌けるらしい。
これは店長も関心していて、実際こうして何も見ずに僕に指示を飛ばしている。
普段はふわふわしているようなキャラだが、頭の回転が非常に速いと店長は評価していてた。僕もこうして目の前にしてみると、なるほどなと納得もいった。
直後、店の扉が開かれたときに鳴るベルがカランカランと音を立てた。
新しい客かぁ、ハンバーグを持って行ってから接客しよう、ドリンクサーバーは後に回していいかと頭の中で優先順位をつけつつ店の扉の方を横目で見ると、腰まで伸びた長い奇麗な金色の髪を持つ女の子が入ってきた。
一目で地毛だなと分かるような艶のある金髪で、目を引く子で、容姿と体格から僕と同じ高校生くらいのように思える。毎週金曜日のこの時間に来るお客さんで、見た目の派手さもあってかすぐに覚えた。雛森さんが興味本位で話しかけてみたことがあったらしく、その時の話によると、彼女は宇宙人らしい(自称)。雛森さんの持つ危険アンテナに反応があり、それ以来彼女には話しかけてはいないとのことだった。
もちろん僕もそんな面倒なことはしない。
電波系の女の子に興味もなく、この忙しいときにむしろ余計な面倒ごとは増やしたくないというのが本音だった。
正直あの手の客に対しては接客もしたくはないが仕事だから仕方ない。
とりあえずまずはこの注文を早く捌くか。もう目が回りそうだ。
頭を抱えつつ、注文の目玉焼きハンバーグセットを4番卓に持ってこうとし身体を向き直したが、踏み出す足を思わず止めた。
ただでさえ忙しいこの只中で、更に頭を抱えたくなるような案件が4番卓に座している。
ウサギの着ぐるみが座っているのだ。
いや、何あれ……。
気になるのは、この異常な光景もとい、ウサギに他の客が誰も注目してないということだ。
まぁ僕もこんなことにリアクションしている暇はない。
その着ぐるみでどうやってハンバーグを食べるのかを突っ込みたいが、ぐっと飲みこむ。
「目玉焼きハンバーグのセットをお持ちいたしました。ごゆっくりどうぞ」
そう言って逃げるように立ち去ろうとした時だった。
「K君。もう少し接客は丁寧に、あとメニューを運んだ際はお客の目を見て笑顔を作ると教育されなかったかな。お店のマニュアル通り、しっかりと接客をすることが大切なんだぞ。それは、たとえ相手が着ぐるみを着た変わった客であろうとな」
聞いたことのある男の声だった。
いや、昨日聞いたばかりの声だった。
「……楽一さん?」
目の前の男がゆっくりと頭の着ぐるみだけ脱ぎだすと、やはり着ぐるみの正体は、木曜日に同じシフトで入っている、先輩アルバイターの楽一さんだった。
短く刈った髪は汗でびしょびしょに濡れていて、頭からは湯気が立っている。
「よう。バイト頑張っているな」
体育会系オーラを放った爽やかな笑顔だった。それもそのはず、楽一さんは現役大学生で野球部に所属しているれっきとした体育会。サークルで気楽にスポーツをしている人と違って大学の部活は厳しく、そしてレベルも高いことは高校生の僕ですら知っている。
それはそうと、閑話休題。
「はい……。楽一さんは、何をしているんですか?」
率直な疑問を口にした。
「おう、これはな。この店の集客率を上げるための1つのアイディアからの行動だ。こういうキャッチーなことの方が人目について話題に上がりやすいと思ってな。」
「でもあんまり注目されてないみたいですよ」
僕は周囲を見回す素振りを見せる。
「ウサギじゃ無難すぎたんだろうか。ぶなっしーみたいな、流行りのゆるキャラの着ぐるみの方がいいんだろうが、うちの大学の演劇サークルから借りれる着ぐるみがこれくらいしかなかったんだ」
非常に情熱的で、アルバイトながらもお店の集客のことまで考え、そしてそれを実際に実行に移す行動力は目を見張るものがあるがしかし、ピントの当て方がずれているというか、的とは逆方向にボールを豪速球で投げるような変わった人であることは、このアルバイトを始めてからすぐに知った。
「季節に合った新メニューを考えるとか、接客の質を上げるとか方法は他にも色々ありそうな気はしますが、なぜこんな変わったやり方を……」
「うん、確かに正論だが、新メニューを考えるのは社員の人の仕事で俺の権限ではできないんだ。接客の質はな……。なかなかアルバイター全員の意識の向上を図るのは難しい問題だから一朝一夕にはな。ああいう子供たちの注目を集めてこのファミレスを活気づけたいところだ」
楽一さんは離れた窓際の席に座る小学生くらいの3人の少年のグループを見た。
1人は小太り、1人は赤色の帽子を被っていて背が低い、もう1人はひょろ長いという表現がよく似合う、痩せぎすで背の高い、眼鏡をかけた少年だった。
「全然こっち見てませんね……。まあ楽一さんが言いたいことは分かりますが、僕らアルバイターができることなんてたかが知れている気が……。ん?」
背中にピリピリと人の視線を背中で感じる。
振り向くと、ついさっき来店したばかりの、長い金髪の電波女が向かいの席に座ってこちらをガン見していた。
隠す素振りもなく他人をガン見するあたり、やはりこの金髪の子は少し変わった子なんだろうなと再認識した。類は友を呼ぶというのがぴったりな光景ではあるが、とにかく長居は無用。
この異様な空間から一刻も早く抜け出したい僕は――
「今は忙しいので。それでは仕事に戻ります。ごゆっくりどうぞ」
そう言って足早に席から離れた。
僕は何よりも面倒ごとが嫌いなのだ。
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電波系少女 ⇒ 楽一 ⇒ 3人組の少年グループ
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