今日のご飯

「どうかな。その殺人をきっかけに、男は人の肉を求める連続殺人鬼になっていく…という話なんだけど」


 私が友人の導に読ませたのは、書き出したばかりの小説の原稿だ。明治の東北を襲った大飢饉。それにより飢餓に襲われた男が空腹に耐えかね、一人の女を殺してしまう。それがトリガーとなり人の血肉の味を求める鬼に身を落としていくという話だ。


「…うん、面白いと思うよ。でもこれ、食事前に歌を歌うルールの話から随分と想像を膨らませたね」


 導は原稿を読み終わると、苦笑を浮かべた顔を私に向けた。

 確かにそれは当然の感想だ。導が私に語った、「実家では食事の前に変わった歌を歌わされていた」という話。その話から着想を得たのが今回の話だ。導の家の奇妙な風習の成立には、元を辿ればこんな話が関わっていたのかもしれない。そんな想像でこの話を書いたわけだが、我ながら発想の飛躍が著しいと思う。


「ごめんね。失礼だったかもしれない」


 導の家に招かれておいて、真っ先に見せたものが例の原稿。さすがに非礼が過ぎたかと思い私は導に詫びたが、導は気を悪くしていない様子だった。


「ううん。君の小説のネタを提供できたなら嬉しいし、謝らないでよ」


 私は小説家志望で、常に面白いネタを追い求めている。そんな私にとって導の話は刺激的だった。話を聞いた途端に想像力が溢れ出してしまい例の話を書いたわけだが、内心では導に失礼ではないかとも思っていたため、許してもらえたことは有難かった。

 胸を撫でおろす私に、導は「それに」と告げた。


「これ、当たってるかもしれない」


 私は導の言葉の意味が飲み込めず、怪訝な顔を浮かべた。どういうことかと問い返したが、導は鍋に火をかけっぱなしだったと言ってキッチンへと戻っていった。


「実家で一人暮らしの理由さー!言ってなかったよね?」


 キッチンから、導の大きな声が響いた。キッチンからも私の耳に届くよう、声を張り上げていた。


「お母さんね、捕まったんだ」


 私は耳を疑った。導が一人暮らしであることは知っていたが、そんな話は初耳だった。

 私はリビングから移動し、キッチンへと向かった。導への心配と、作家心によって植え付けられた仄暗い好奇心が私の足を動かした。


「お父さんをね、食べたの」


 その一言が、私の足を止めた。


「離婚して離れて暮らしてたんだけど。やっぱり抗えなかったみたい。最初は思ったよ。なんで?って。でも今ならわかる。ダメなんだ。どうしても、罪人の血がそうさせる」


 キッチンから響く導の声は、少しずつこちらへ近づいてきた。全身が危機感を訴えている。なんだ?導は何を言っている?


「人間が食べたい。血の滴る、人間の肉が。その衝動に抗えない。君の小説は…きっと大正解だよ。きっと、ずっと呪われてるんだ。だから、あの歌を作った。食べているのは自分自身。他の誰も害してない。そう言葉にすることで、他人を害した罪や…呪いから逃れようとした。でも駄目なんだ」


 逃げるべきだ。一刻も早く。にもかかわらず、私は一歩も動けなかった。声も出せなかった。そうか、導も言っていた通りだ。人は、極限の恐怖を感じると。


「人を食べたその日から、男の一族は」


 導は、鋭い包丁を手にしたままキッチンから現れた。


「鬼なんだよ」

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食事ルール:「今日のご飯はわたし」と歌うこと ぴのこ @sinsekai0219

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