第2話
数か月もの月日を経て、家康から返事が届いた。
「殿、いかがなされました? とても明るい表情をしておりますな」
「徳川殿より、ヌエバ・エスパーニャとの交流を許可すると返事があった」
「それは宜しいことでございますな」
常長は喜んで返事をする。
「六右衛門、行ってくれぬか?」
「ふむふむ……。ん? 私ですか!」
「そうじゃ、支倉六右衛門常長。お主に言っておる」
「分かりました。殿の頼みとあらばこの六右衛門、喜んでヌエバ・エスパーニャに赴き、異国の文化を学んできましょう」
常長は喜んで二つ返事を返した。
それから政宗は大忙しである。
まずは船がなければ、海を渡ることができない。
政宗は仙台領内において、セバスティアン・ビスカイノの協力によってガレオン船サン・フアン・バウティスタ号を建造した。
この造船には、江戸幕府から派遣された船大工も参加していた為、予定よりは少し早く船が完成した。
「やはり家康殿が派遣した船大工も腕が良いな」
政宗は仕事ぶりを見ながら笑って言う。
当時、フェリペ3世を国王とするスペイン帝国は、世界最大の植民地帝国であった。
スペインは、ガレオン船の建造技術を国家の最高機密としており、造船技術を外国に漏洩した者を死刑に処していた。政宗はルイス・ソテロを外交使節の正使に、家臣である支倉六右衛門常長を副使に任命し、ソテロや常長を中心とする一行180余人をヌエバ・エスパーニャやスペインおよびローマへ派遣した。
世に言う、慶長遣欧使節団である。
使節団は、慶長18年9月15日にサン・フアン・バウティスタ号で牡鹿半島の月ノ浦(現在の宮城県石巻市)を出帆し、ヌエバ・エスパーニャ太平洋岸のアカプルコへ向かった。
「殿―! 行って参りますぞ」
常長は船の上から小さくぴょんぴょん跳ねながら政宗へ手を振る。
「達者でなー! 良い旅を!」
政宗も大声を上げながら、大きく手を振って常長の声に答えた。
常長が旅に出た時、政宗から託されたものがあった。
それは、政宗からの手紙である。
この書には政宗自身の署名捺印と花押が記入され、その文中にはルイス・ステロなどの協力を経て書いたスペイン語で、政宗自身も洗礼を希望しており奥州領内にキリスト教を広めるつもりであり、そのために宣教師を派遣していただきたくその場合には宣教師の生活援助も行いたい、といった旨が記載されていた。
「殿の手紙が、海を越えて他国へと送られるとは、とても歴史的瞬間だなぁ」
常長は海風を浴びながら幸せそうに言う。
慶長19年3月4日、使節団の先遣隊がメキシコシティに入ったが、先遣隊の武士がメキシコシティで盗人を無礼討ちにし、常長ら10人を除き武器を取り上げられた。
「盗っ人でも情けをかけねばならぬか」
「それはこの国の法律に従わねばなるまい」
常長は武器を取り上げられた他の武人にそう声をかけた。
慶欧使節団が旅に出て数年。
慶長は20年で歴史を閉じ、元和と暦を変えていた。
「手紙は届いたのであろうか……」
もちろん、国際便の手紙など、元和の時代にはない。
そんな矢先である。
「殿―! 緊急の書状にございまする」
「緊急じゃと!?」
政宗は家臣から手紙を受け取り、すぐに開封する。
「キリスト教は弾圧せよ、と申すのか……」
政宗はどうするべきか苦悩する。
フェリペ三世らへと書いた手紙は幕府に見せていないとはいえ、彼らの命には反するものであるからだ。
「ならばこの使節団は、事実上の失敗ではないか!」
政宗は悔しそうに壁を一度強く拳で叩いた。
だが、幕府の命令とあらば従わざるをえない。政宗はキリスト教を弾圧し、罰した。
「許してくれ……」
内心でそう思いつつ、態度には出さず、政宗は厳しく対応した。
およそ7年が経った。
「殿―! 六右衛門です!」
「おお、無事じゃったか!」
「文も出せず、お知らせできずに申し訳ございません。しかし、この六右衛門、無事に戻って参りましたぞ」
「無事の帰国、大儀じゃ! 屋敷で話そうぞ!」
政宗は常長を屋敷へ連れ込んだ。
「しばし楽にして待っておれ」
政宗は台所へと入っていく。
「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである、殿自ら……」
常長は思わず感動して涙を浮かべる。
「酒を持ってきたぞ。つまみはこれじゃ」
政宗が調理した、簡単なつまみ。
それだけでも、常長にとってはご馳走である。
「どうじゃった、異国は」
「とても様々なことが物珍しく、行ってきてよく思いました。私が懐紙で鼻をかんでいたら珍しがられましてな。その開始をくれというので、あげたところ、なぜか非常に喜ばれました」
「なぜじゃ?」
「欧州の方はどうやら鼻をかむという行動を取る時、ハンケチという布を用いるので紙で鼻をかむというのが珍しいと言っておりましたな。また、洗礼を受けてドン・ヒリッポ・フランシスコ・ハセクラという名もいただきましたぞ」
常長は嬉しそうに多くを語ろうとするが、政宗は思わず制止をかける。
「六右衛門」
「はい、なんですか、殿?」
「お主には重要なことを伝えねばならぬ」
「何でございましょう?」
「今後、キリスト教の教えをしてはならぬ。幕府からの命令じゃ」
「ですが殿、それでは欧週までした遠征は……無意味ということですか?」
「無意味ではなく、お主の中では成長に繋がっておろう。しかし、国としては認めることができないんじゃ……」
「そんな……」
常長は大きくショックを受けていた。
その二年後の元和8年7月1日。
支倉六右衛門常長、失意のうちに没す。
彼は慶長遣欧使節団として旅に出ていた間に洗礼を受けた為、最後までキリスト教に執着していたという。
慶欧使節団 金森 怜香 @asutai1119
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