第2話

「これ、良ければ食べるかい?」

 コーヒーを飲んでいる時は基本話しかけてこない店長に声をかけられて、すぐには反応できなかった。まさか、僕に話しかけてきているとは思わず、ぼんやりしていると、今この時間は僕以外のお客さんがいないことを思い出した。

 つまり、店長は僕に話しかけている。

「っえ、僕、ですか?」

 急いで姿勢を正して店長の方に向くと、やっぱり僕に向けてだったようで、目をぱちくりとしながら小さい皿を差し出していた。あまりにも僕が焦った様子だったため、驚かしてしまったのかもしれない。小さい皿の上には、クッキーが何枚か連なるように置かれていて、並べ方に店長の几帳面さや丁寧な性格が見て取れるような気がした。

「最近よくきてくれているだろう?今は他にお客様もいないし、サービスだよ。」

 お茶目なウインクをつけてそう言われて、コーヒーカップの横にクッキーののった皿が並ぶ。コーヒーカップとクッキーののったそれは同じようなデザインで、入れた物やのせたものを引き立てつつ、それら自身も綺麗な作りのように見えた。僕には詳しい価値なんかはわからないけれど、きっと店長が選び抜いた一品なのだろう。

「あ、ありがとうございます…。」

 お礼を言った声が小さすぎて、店長に聞こえたか不安になったけれど、にっこりと笑ったのが視界の端っこで見えて、伝わったことを感じ取った。

「私が作ってみたんだけど、たくさん食べすぎて違いとかがわからなくてね…。良ければ感想を聞かせてくれるかい?えっと…、」

 クッキーを見すぎていたのか、少し焦ったように店長が説明しだす。僕はクッキーの方ではなくてそれを受け止めている皿の方に気がいっていたのだけれど、手作りという言葉に、顔をあげてしまった。腕まくりしているワイシャツの袖からは、程よく鍛えられた腕がのぞいている。強面だが、整っている顔立ちが冷たくも見せるような、この店長がクッキーを手作りしたのか…。作っている様子を想像すると、なんだか可愛らしい姿を想像してしまい、また口元が緩む感覚がした。

 あげた顔をまた下げて口元を隠していると、先ほど店長が何か言いかけていたことに気がついて、伸びた前髪の間からチラリと店長を盗み見てみる。無視したと思われてしまって、気を悪くしていないだろうか。

 そろ…、と店長を見てみると、僕が想像していたような表情ではなく、なぜかまた、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

「クッキー、好き?」

 今まで聴いていたような言葉遣いではなく、少し砕けたような、小さい子にかけるような優しい言葉に、何か込み上げてくるものを感じながら、頭を上下にぶんぶんと振る。クッキーは特別好きというわけではないけれど、好きか嫌いかといえば好きな方ではあるし、ここで変に否定して店長を悲しませたりするのは嫌だった。

 少し空いた空気に気まずさを覚えて一枚、クッキーを口に運んでみると、サクッとした感触に、ふんわりと甘い味がした。

 小さい時、母が作ってくれたような、優しいクッキーだった。

「めっちゃ、美味しいです。」

 この店に来て初めて、ちゃんとした声が出たような気がする。

 僕の感想にパッと明るい表情になった店長は、年齢よりも幼い気がした。もちろん店長の年齢なんて僕は知らないけれど。でも、いつも見ている顔より、幼く見えた。

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コーヒーの香り。 川島嘘 @kawasimauso

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