コーヒーの香り。

川島嘘

一。

第1話

 いつもの喫茶店で、いつものカウンターの一番奥の席につき、いつものコーヒーを頼む。

 これが、僕の最近の、いつもの流れだった。コーヒーはまだ僕には苦く感じさせるけれど、ここの店長の腕がいいのか、それとも仕入れ先がいいのか、ゆっくりならそのままの状態でも僕の喉を潤し、尚且つ香りを楽しませるような余裕まである。

「どうぞ。」

 白髪混じりの髪の毛をオールバックにして、怖そうな見た目をしている店長は、優しそうな笑みを浮かべて僕の目の前に真っ黒な液体をゆっくりと置いた。カチャリとカウンターとソーサーが小さくぶつかる音が響く。

 まだ午前10時だからか、この喫茶店には僕以外の客がいない。小さく流れているクラシックも、まるでないみたいな静けさがあって、僕と店長の間になんだか気まずい雰囲気が流れる。いや、気まずいと思っているのは僕だけで、店長は早くコーヒーの感想を聞きたいのだろう。

 この喫茶店は小規模で、席数もカウンター3席、テーブル席4組ほどの、いわゆる地域密着型な喫茶店のお陰か、ここに来るのは常連の人ばかり。だから店長は一口目の感想を聞きたがるのだ。

 初めて店長に一口目の感想を待たれた時は、なぜこの人はここに止まり続けるのだろう、なぜ僕をじっと見続けるのだろう、と冷や汗が止まらなかった。強面の無口そうな人が目の前でじっとされたら誰でも萎縮してしまう。この店長は自分の見た目をあまりわかっていないのか?と何度も突っ込みたくなってしまったのは仕方のないことだと思う。

「…美味しい。」

 仕方なくゆっくりと真っ黒なコーヒーを流し込むと、苦味と鼻から抜けるいい香りが、自分を落ち着かせる。思わず溢れた感想に、店長がまたにっこりと笑顔を浮かべる。その笑顔が、僕に入れてくれたコーヒーのように、僕を落ち着けるのだ。店長の笑顔を見ると、自然と僕も口角が上がる。じっと見すぎていたせいか、視線がかち合いそうになるとパッと目線を外し、コーヒーカップを口元に持っていく。緩んだ口元を、店長に見られるのはなんだか恥ずかしかった。

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