「さようなら」『また明日』

抹茶海の鯨

「さようなら」『また明日』

 昔から夕方が苦手だ。


 公園で遊ぶ子供たちも、部活終わりの同級生も、沈みかけた黄金色の夕日を見ながら「さようなら、また明日」と別れていく。


 そう、夕方になると誰もが皆別れて行く。それが堪らなく切なくて、どこか侘しい気持ちが胸の奥底から湧いてくる。


 そんな別れ際の挨拶にはまた次の日、再び顔を合わせて朝を迎えられるようにと、小さな願いが込められている。そしてまた「さようなら、また明日」と言って再会を願って別れの挨拶を言える様に。


 あの日、あの人が引っ越す日。夕方の部室で自分の想いを口にした。あの人は夕日だけが差し込む部室の中「私も」と笑顔で呟いた後、静かに別れの言葉を口にした。


 今思えばただ、会えなくなる前に未練を断ち切りたかっただけ。そんな独りよがりな行動だった。


 「さようなら、……またね」


 そんな他愛ない挨拶に、思わず喉が詰まってしまって何気ない言葉を返すことが出来なかった。


 別れの言葉に何処か清々とした気持ちを覚えて、滲んだ視界を誤魔化しながら一人で夕焼けの小道を歩いて帰った。


 次の日には、あの人はもう居なくなっていた。


 居眠り運転のトラックに後ろから追突され、車の後部座席は見るに堪えない形だったらしい。


 どのみちもう二度と会えないと思っていた。そう自分に言い聞かせて、あの日を遠い記憶に放り投げようとした。




 一人で帰る夕焼けの小道。近所の公園から今日もまた「さようなら、また明日」と元気な子供たちの声が聞こえて来る。


 夕方は苦手だ。


 あの日、他愛ない願いを込めた、何の変哲もない別れの挨拶を返せていたら。もしかしたら。


 挨拶程度で起こる事象が変えられる訳が無いのに、そんな漠然とした『もしも』を願ってしまうのだから。


 思い出したくない、忘れたい筈なのに、どうしてもあの光景が瞼に焼き付いて、夕焼けを見る度に視界がぼやけて滲んでしまう。



 __やはり夕方は苦手だ。いつになっても「さようなら」と、あの日の記憶といつまでも別れられないから。

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