第2話
さっきまでの物々しい雰囲気はどこへいったのか。朱音の表情は何事もなかったかのように明るくなっていた。
この世には、人ならざるモノ、それはあやかしだったり、悪霊だったり、死者がいる。一部の人間はそれを総括して禍と呼んでいる。
人間に危害を加える禍を祓うのが術師であり、その術師が使う道具の修理をする人を修理士と呼ぶらしく、匠のバイト先である玩具屋『夜のおもちゃ屋』は修理全般を主に請け負っている。
匠がここでバイトを始めたのは、大学入学後しばらくしてからだった。
最初こそ飲食店を中心にバイト先を探していたが、たまたま見つけたここの求人票を見て試しに面接を受けたところあっさり受かり、バイトとして働いている。
最初は慣れないことも多かったが、バイトを始めてからもうすぐ三か月。
掃除、商品の整理整頓、品出し、会計といったものは一通り覚えた。
大学の友人から聞いたことがあるが、おそらくコンビニのそれとあまり変わらない。仕事内容に反して時給は居酒屋の深夜シフトと変わらない。たまに妙な仕事の手伝いもするが、それも別途手当てが出るほどの手厚さだ。しかし、不思議と朱音は不思議と他のバイトを雇わない。匠としては、生活資本を支えてくれているだけあり、シフトが減らないこの状況にありがたさを感じてはいる。
だから、今日も大人しく仕事をしようと考えるだけだ。
勤務時間は夜の八時の開店から明け方五時。居酒屋みたいなシフトであるが、扱っている商品が商品なだけあり、仕方がないのかもしれない。
匠はスタッフルームに荷物を置き、黒色のエプロンを身に着ける。仕事前に妙なものを見てしまったが、気を取り直して今日も仕事をするとしよう。
日中のうちに運び込まれている段ボールの一つから商品を取り出し、陳列棚に並べ始める。
ぬいぐるみ、パズル、ままごとセット、輪投げ。
商品の見た目は玩具という分類に分かれるが、先程のペンギン同様、商品の全てに混沌とした術が組み込まれている。それが何のためのモノかはわからないが、知りたくもない。知っているのは、一般人が悪意を持って使おうとすれば、そこに歪が生じ、何らかの呪いが発生する。一方で、術師が正しく使えば、危害を加える人ならざるモノを払う道具となることだけだ。
全ては使い方次第、と言うわけだ。
「試験はどうだったの?」
店内に客はいない。それを良いことに朱音は商品情報をパソコンに登録しながら、匠に声をかけてきた。
店に客がいないのは、さっき男が悲鳴を上げて店から出て行ったからかもしれない。もしくは、夜中にしか空いていない店、その上『夜のおもちゃ屋』と、見ようによってはいかがわしく思える店名のせいかもしれない。
客入りが多い日は殆どないが、それでもぽつりぽつりと客はやって来る。大抵は暇だから、こんな雑談の頻度も多い。今日のこの時間までも暇だったのは容易に想像できる。
匠は、今日の午前中まで前期試験だったため、バイトを休ませてもらっていた。大学最初の試験だったこともあり、朱音も匠をシフトに入れる回数を減らしてくれていた。おかげで思っていたよりも無理なく試験勉強をすることができた。
「高校と違って、レポートが多かったですけど、多分単位は大丈夫だと思います」
「優秀だね」
「いや、普通に講義に出て、理解できれば問題ないかと」
「なるほど。そんな優秀な七隈くん、『お仕事』ですよ」
こういう時の朱音が言う『お仕事』とは、バイトの仕事ではないことは、教えてもらっている。匠は唇を固く結び、目を反らして聞こえなかった振りをしてみる。
コツン、とカウンターで指を叩いた朱音を見て、匠はきゅっと心臓を掴まれた気分になった。
「七隈くん?」
穏やかな雰囲気はどこへやら。少しだけ、物々しい雰囲気がはみ出している。こういう時の朱音に逆らうのは、わずかなバイト経験上よろしくないと理解できている。
手早く品出しを終えて、レジに行くと、カウンターには『調査依頼』と書かれたA4サイズの茶封筒が置かれていた。
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摩訶不思議を調査いたします 有馬千博 @ArimanC
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