【完結】摩訶不思議を調査いたします
有馬千博
第1話
「何してんですかっ」
目の前にある光景を受け入れられず、
バイト先である玩具屋の扉を開けた途端、小柄な女性が大柄な男を組み伏せている。
この状況で、叫ばずにいられるのは、仏くらいか、よく見慣れている人か。その二択に違いない。
「あ、七隈くん、おはよう」
ひとつにまとめられた髪も、仕事で動きやすそうなパンツスタイルの服装も乱れていない。
おおよそ痴漢に遭ったわけではなさそうな女性が朗らかに挨拶をしてきた。
こんな小柄の女性が、どうしたらこんな状態になっているかは、誰かに説明してもらいたいくらいだ。
バイト先の雇い主であり、この店の店主である目の前の彼女――
誰か、誰か説明をしてくれ。
頭を抱えながら、匠は朱音を見る。
「おはよう、じゃないですよ。何やってるんですか」
匠の問いにキョトンとした顔で朱音は答える。
「何って、万引き犯を捕まえただけ」
力を緩められていないのか、諦めているだけなのか組み伏せられている男は逃げようがないのか、抵抗する素振りがない。
万引き犯を捕まえるGメンでさえ、こんな捉え方をしていないはずだ。
裏でお話ししましょうね、とか言えないのか、この人は。
ため息を吐きつつ、ちらりと男を見ると、少しだけ苦悶の表情を浮かべていた。組み伏せているだけに見えて、しっかりきめるところはきめているらしい。少しだけ男に同情したくなってきた。
「そんな捕まえ方しないですよね、普通」
「だって逃げようとしたから」
ぎりりと男の腕が更にきめられ、男は小さくうめき声を上げた。
万引きを許してやるべきだとは言えない。万引きは窃盗罪だ。それはわかっているが、これは果たして認められる捕まえ方なのだろうか。過剰防衛にならないのか。
「だからって、どうして実力行使してるんですか」
朱音にその事実をやんわりと指摘してみる。
「物を盗む方が悪いのよ」
「とにかく、暴力はよくありません」
不満そうな朱音が反論しようと立ち上がったその瞬間、拘束する力が緩んだ。その一瞬抜いたその隙に、男は拘束を振りほどいて、店の外に荒々しい足音を立てて不格好な走りで逃げて行った。
「逃げたな」
舌打ちと共に物騒な声でそう言った朱音を見て、匠は眩暈を覚えた。
「そんなに怒らなくても良くないですか。商品は無事だったんですよね?」
床に転がっていたペンギンの人形を匠が拾い、じっと店の外を見ていた朱音に渡す。
朱音は慈しむような優しい手つきで、人形についていた汚れを払い落す。先ほどまでの怒りに満ちた表情はどこかに消え去り、代わりに柔らかい表情になっている。
幼稚園児や赤ん坊がよく手に取るような、水族館でも売っているペンギンの人形。誰かに遊ばれていたのだろうと想像ができるくらいの使用感があるが、その中身は決してかわいいものではなさそうだ。
見た目こそ普通の人形のように見えるが、匠の目で見ると、黒く混沌とした渦が人形の腹に収まっている。それを見ただけで、匠は少しだけ眉を寄せた。
「それも、術具、ですか」
「見た目はこんなんだけど、一応ね。一般人に渡ってはいけないし」
「呪いの人形か何かですか」
ペンギンの人形を棚に戻してから、朱音は再び人形を撫でる。
「まあね。こんなかわいい見た目の人形が術具って、世も末だよね。ま、使うところは限られているから、大抵は安全だよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんよ。さて、今日もよろしくね」
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