悪役“レスラー”令嬢マーガレット様

悠戯

悪役“レスラー”令嬢マーガレット様


 ごきげんよう、ごきげんよう。

 今日も聖アームロック女学園に通う少女達が優雅に挨拶を交わしていました。


 聖アームロック女学園。

 広大な敷地内に幼稚舎、小中高校、女子大学までが存在する国内でも随一の名門校です。その生徒のほとんどは歴史ある名家のご令嬢や、国内外に名の知れた大企業の社長令嬢など。そういったお嬢様方をどこへ出しても恥ずかしくない淑女レディとして育て上げるのが開校以来の校是とされ、また事実その通りに多くの卒業生を送り出してきた実績がありました。


 そのカリキュラムは当然ながら甘くはない。

 それまで散々甘やかされてきた中学や高校からの編入組が、あまりに過酷な毎日に音を上げて泣き出したり、監視の厳しい寮生活からの脱走を試みるのは毎年春頃の風物詩のようなものです。

 もっとも前者はともかく後者に関しては、百年を超える校史の中でも未だ誰一人として成功したことはないのですが。とても乗り越えることなど叶わぬ高い壁に、優秀な教師陣や警備員。近年になってからは敷地内のあちこちに設置された無数の監視カメラに体温感知式のセンサーまで。万が一ここから脱走できる生徒がいたら、間違いなく怪盗として世界の犯罪史に名を残す存在になれるでしょう。



「ごきげんよう。今日の放課後はピアノのレッスンだったかしら?」


「ええ、そちらはお花のお稽古の日ね。お互い頑張りましょう」



 とはいえ、大抵は過酷な日々にもなんだかんだと適応していくもの。

 普通の学生と同じような勉学は当然として、楽器の演奏や絵画、彫刻といった芸術の素養を育んだり、お茶やお花の稽古といった芸事に励んだり。ダンスや乗馬、プロレスといったスポーツでスタイルを磨きつつ運動能力を養ったり。

 外界シャバの学生であれば、そういった習い事は部活動や専門家の先生に師事したりなど基本的に任意で行われるものであるけれど、聖アームロック女学園においてはいずれも必修扱い。真の淑女はそういった全てに秀でているべきとの方針により、毎日早朝から夜まで気の休まる時間はほとんどありません。



 はて、今おかしなものが混じってはいなかったか?

 いえいえ、そんなことはありません。


 女子プロレスといえば由緒正しいお嬢様の嗜み。

 少なくとも、この学園においてはそういうことになっているのです。





 ◆◆◆




「五二一、五二二、五二三……!」


「そこ、一年生! スクワットの姿勢フォームが乱れていてよ。姿勢の乱れは心の乱れ。心が乱れれば身体も乱れる。膝を壊す前によく注意なさい」


「はい、先輩おねえさま!」


 スクワットと腕立て伏せを各千回。

 これをクリアするのが高等部一年生の最初の壁とされています。十分な余裕を持って正しいフォームでこれをクリアできねば、本格的な技の訓練やスパーリングに入ることは決して許されません。


 基礎的な体力ができている初等部や中等部からの内部進学組はまず問題なく突破できる試練だけれども、高等部からの編入組は大抵ここで長く躓きます。下手をすれば二年生や三年生になってようやく初スパーに入れる者もいるほどの厳しさですが、それは愛情の裏返し。まだ基礎的な体力ができていない人間に高度な訓練を課して、大怪我をされるよりは遥かにマシという考えで、あえて心を鬼にしているのです。



「まあ、ご覧になって! マーガレット様のバーベルスクワットよ。また重量を増やされたみたい」


「いつ見ても素敵な筋肉量バルク。ああ、あの方が卒業するまでに一度でもいいからスパーリングのお相手をしてみたいものだわ……」



 そうして鍛錬に励む少女達の中でも一際注目を集める女生徒が一人。

 マーガレット・マッシリア。

 この聖アームロック女学園高等部の生徒会長を務める三年生であり、学問においては一年次から常に首席をキープ。また国内でも王家に次ぐ名家とされるマッシリア公爵家の長女である。あらゆる分野に優れた才覚を示す彼女の有能さは、もちろんプロレスにおいても遺憾なく発揮していました。



「ほら、よくご覧になって。スープレックスのコツは、こう! ブリッジで綺麗なアーチを描けるよう精進なさい」


「はい、マーガレット様!」



 未だ学生の身ながらも、幾度となくプロの試合リングに招待された経験を持つ彼女である。教わる側ではなく教える側に立つのも必然。ベテランの指導教官ですら、長年連れ添ったタッグパートナーのようにマーガレットを頼りにしています。



「使い終わったダンベルは自分の手で丁寧に拭くこと。後の人が気持ちよく使えるようにね。それに道具というのは丁寧に使う人にはちゃんと応えてくれるものよ。お分かりかしら?」


「はい、マーガレット様!」



 自らの才覚と人気に驕り高ぶることもなく、率先して細かな雑用や下級生のケアを引き受ける彼女はいつでも大人気。下級生や同級生、それどころか大学部の先輩方ですら自主的に「様」付けで名を呼ぶ者は少なくありません。その人気ぶりは、もはや尊敬を超えて崇拝の域に至っていると言っても過言ではないでしょう。


 そんなマーガレット嬢の試合ともなれば、幼稚舎の園児から大学の生徒、果ては卒業したOGまでもが仕事や家庭を放り出して駆け付けるほど。以前に学外でプロのリングに上がった際は、たちまち定価の百倍近い値での売買が横行するプラチナチケットと化しました。



「ふふふ、容赦はしなくてよ!」


『ああっと、ここでマーガレット様、ビール瓶で相手選手の頭部を殴打! これは痛い! 痛みに悶絶した隙に後頭部へのラリアットが……決まったー!』



 レスラーとしてのマーガレットは悪役ヒール専門。

 善玉ベビーフェイスで売り出しても人気が出そうなものですけれど、彼女が善玉となれば必要以上の敵意ヘイトが観客から相手選手に向かってしまう。下手をすれば姑息な嫌がらせなどに出る者もいるかもしれない。そういった事態を避ける為の彼女の優しさ故の判断でありました。



『マーガレット様がお吹きになった毒霧で視界が塞がれた相手選手、これは厳しい! が、なんと目を塞がれたまま一か八かの低空タックル。これにはマーガレット様も反応が遅れたか、両肩を床につけて固められた! カウント、ワン、ツー、スリー……決まった! まさかの逆転フォール勝ちです!』



 プロレスには台本ブックがある。

 プロレスはヤラセである。

 故に、プロレスは格闘技ではない。


 武術界において幾度となく言われてきたことである。

 それ自体は必ずしも間違いではないのでしょう。

 現に、マーガレット嬢も遥か格下の相手にあえて勝ちを譲っていました。


 しかし、それを論拠にプロレスを無価値と断じるのはいささか早計。

 勝利こそを至上の価値とする多くの格闘技に対し、プロレスの第一の目的は観客を楽しませること。それが叶うならば目先の勝ち負けなど些細なこと。

 観客の心を沸かせることができたのなら、善玉も悪役も設営スタッフのような裏方も、試合に携わった全員が勝者。その精神こそがプロレスの美学であり、そうした大局的視点を学ぶことがこうして聖アームロック女学園において奨励される理由なのです。


 もっとも、そうした姿勢に疑問を持つ生徒がいないわけではありませんが。





 ◆◆◆




「マーガレットさん、貴女に真剣勝負セメントを申し込むわ!」


 ある日の放課後。多くの取り巻きを引き連れて校庭を歩くマーガレットの正面に、通せんぼをするかの如く一人の女生徒が立ちはだかり、こう言い放ったのです。



「まあ、マーガレット様になんと失礼な!」


「いきなり真剣勝負セメントだなんて、はしたなくってよ!」



 当然、マーガレットを慕う生徒達が黙っているはずもありません。

 突如現れた無礼者への抗議を口々にまくしたてました。



「皆さん、お静かになさい」



 ですが、その抗議の声を鎮めてみせたのは今まさに喧嘩を売られたマーガレット。彼女は立ちはだかった女生徒に向き直り、告げました。



「ごきげんよう。たしかローズさん、だったかしら?」


「あら、生徒会長様に名前を覚えられてるとは光栄ね」


「たしか二年生からの転入生ね。二年生からというのが珍しくて印象に残っていたの。それまではご両親のお仕事の都合で海外に住んでらしたとか?」


「ええ、おかげ様で自己紹介の手間が省けたわ」



 多忙な生徒会長が、まさか一生徒の名前やプロフィールまで把握しているはずがない。そんな思い込みがあったせいか僅かに驚いた気配を覗かせたローズ嬢であるが、再び先程と同じ用件を繰り返しました。



「もう一度だけ言うわ。真剣勝負セメントが望みよ」


「一応、理由を聞いてもいいかしら? わたくし、貴女に恨みを買うような真似をした覚えはないのだけれど」


「ええ、正真正銘、今この場が初対面よ。ついでに言っておくと貴女に恨みがあるわけでもないわ。ただ、そうね。しいて言えば、この私を差し置いて自分が一番強いって顔をしてる奴がいるのが気に食わない。それでは理由として不足かしら?」


「特に偉そうに振る舞ったつもりはないのだけれど、ええ、理由はそれで十分。でも、ローズさん。貴女、今年に入学したばかりでしょう? 失礼ですけど、格闘技経験はおありなのかしら?」



 好戦的なのも負けず嫌いなのもマーガレットの好みではある。

 しかし、威勢が良いだけの弱者を一方的に甚振るのは気が引ける。果たして、勝ち負けを競う「勝負」が成立するだけの何かを持っているのか。そういった気遣いから来る質問でした。



「お優しいのね。でも、ご心配なく……シッ」



 ローズ嬢が鋭い呼気と共に腕を振るうと、校庭の花壇に咲いていたアマリリスの花がぽとりと落ちました。切断された茎の断面はまるで刃物で断ち切られたかの如く。その疾風のような速さは、ほとんどの生徒の目には腕が一瞬ブレたようにしか見えなかったことでしょう。



「拳でも手刀でもなく、肘。その重心の高さ……空手、ではないわね。キックボクシングやシラットでもない。もしかしてムエタイかしら? 海外で習ってらしたの?」


「ええ、ご明察。向こうでちょっと齧ってたのよ」



 否、どう見ても「ちょっと齧った」という程度の技前ではありません。

 一年や二年の鍛錬でこれほどの域に達するはずがない。恐らくは十年以上、専門家の指導の下で厳しいトレーニングを重ねていたはずです。



「ふふ、ローズさん、貴女、良くってよ」



 度重なる挑発にも動じなかったマーガレットでしたが、ローズの技量の高さを目の当たりにして、ようやく彼女に興味を抱いたようです。


 かくして、勝負の申し込みを了承。

 マーガレットが転入生と真剣勝負セメントを行うという噂は、たちまち学園の内外を問わず広がりました。





 ◆◆◆




 一週間後。特設リングが設置された高等部の体育館には、この世紀の大勝負を一目見ようと多くの女性達が詰めかけていました。


 下は幼稚園児から上は何十年も前に卒業したOGまで。

 満席どころか立ち見すらもままならぬ大盛況。

 それほどにマーガレット会長の人気ぶりが凄まじいということなのでしょう。



「ああっ、マーガレット様のご入場よ!」



 先にリングインしたのはマーガレット。愛用の真っ赤なレオタードは、これまで犠牲となってきた対戦相手の血で染まった……という設定です。


 登場しただけで会場の体育館全体が震えるほどの歓声。

 並大抵の胆力では、この場に出てくることすら不可能でしょう。



「続いてローズさんもいらしたみたい」


「筋肉がキレてらっしゃるわ。大口をお叩きになるだけはあるということかしら」



 続いてローズ嬢の入場です。

 こちらの姿はショートパンツにスポーツブラ。

 薄く汗を掻いていることからして、すでに入念なウォーミングアップを済ませてきた様子。十分に筋肉も温まっているのでしょう。もしかしたら、いきなり速攻で畳みかけて終わらせる気かもしれません。


 今試合のレフェリーを務める生徒会の副会長が、リング中央で両者にルールを説明しています。相手の両肩をマットに押しつけて三秒経過した時点でフォール勝ち。あるいは意識を喪失するか、倒れて十秒以内に自力で立てない場合のKO勝ち。そのいずれかで決着が付かなかった際は、審判による厳正な判定により決着とする。細々としたルールは他にも色々ありますが、大まかにこれだけ把握していれば困ることはないでしょう。



 リング中央で二人の選手が向かい合います。

 マーガレットは身長180cm、80kg。

 対するローズは身長168cm、60kg。


 ローズ嬢も女性としてはかなり恵まれた体格をしているものの、マーガレットと並べばその体格差は明らか。体重が技の威力に直結する打撃系格闘技においては、20kgも差があれば通常ほとんど勝ち目はない。しかし、彼女には刃物の如き切れ味の肘があります。

 人体の中でも特に硬い部位である肘を急所に叩き込むことができれば、パンチやキックで倒すのが困難な大型選手も打倒し得る。しかしマーガレットもそれは当然把握しているはず。如何に警戒を搔い潜って必殺の肘技を決めるかが今試合の見どころとなるでしょう。



「では、二人とも、正々堂々と――――」



 そうしてルール説明を終えた副会長が試合の合図をかけようとした時。

 まだゴングが鳴らされる前のことです。



「しぃっ」


「な!?」



 突如としてマーガレットがローズに襲い掛かりました。

 悪役ヒールのお手本のようなゴング前からの不意打ち。

 しかもプロレスの技ではなく軽快なフットワークから繰り出される左ジャブ。

 あらゆる打撃技の中でも最速とされる技は……とん、とローズ嬢の鼻先を撫でただけで止まりました。もしその気であれば、今の一撃で鼻骨を粉砕していたことでしょう。



「うふふ、先日のお返し。わたくしもプロレス以外にちょっぴり齧っていますの。拳闘ボクシングや柔道、空手。他にも色々、ね」


「ちょっぴり、ね。思ったより楽しめそうじゃない……」



 これは先日の意趣返し。

 今のジャブひとつ取っても、マーガレットの拳闘の熟練度が並大抵でないのが分かります。恐らくは他の「ちょっぴり齧った」競技も、それぞれかなり高いレベルで習得しているのでしょう。


 が、しかし。



「誤解なさらないでね、拳闘も他の技も、もう使いません。ローズさん、貴女はプロレスの流儀だけでお相手いたしますわ」


「はぁ? 何それ、舐めてるの?」


「まさか。むしろ反対ね。今宵は一番強いわたくしをお見せすることを約束します」



 ハッタリではない。

 拳闘でも空手でも柔道でもなく、プロレスだけに徹した己こそが最強である。格闘技者として高いレベルにいるローズは、その言葉が真実であることを直感的に理解しました。



「では、改めて……始め!」



 ここに来てようやくのゴング。

 先手は先程の不意打ちに続いてマーガレットから。

 極端に身を低くしてのタックルで瞬時にローズとの距離を詰めました。


 立ち技系の格闘技者がレスラーと戦う際、真っ先に警戒しなければならないのがこの低空タックル。なにしろマットに転がされてしまえば、そこは完全に相手の領域。どのように立ち姿勢を維持するかが最大の課題となるわけです。


 主な対策としては、低空タックルに膝蹴りを合わせて迎撃する方法。

 突進の勢いを利用したカウンターが顔面に決まれば、それだけで大抵の選手はノックアウト。それで決着に至らずとも大きなダメージを負って動きが鈍るのは確実。ましてやムエタイの熟練者であれば膝による技はお手の物でしょう。が。



「あらあら、そんなに慌ててお逃げになって」


「ご心配なく。こっちにはこっちの攻め方ってものがあるのよ」



 ローズは膝を合わせる方法を取らず、サイドステップによりタックルの軌道から回避。これは臆病風に吹かれたわけではなく、膝蹴りによる迎撃が読まれていると考えたからでしょう。

 タックルの途中で急に減速、もしくは加速する。

 一気に身体を起こして上半身狙いに切り替える。

 チェスのような盤上遊戯と同じく、格闘技にも定番の攻め筋となる定石や、それに対する返し技が数多く存在しています。どこでどんな手を選択するかは選手同士の相性やファイトスタイルにもよりますが、ローズ嬢は今は強引な攻めを避けるべきだと読んだものと思われます。



「じゃあ、今度はこっちの番、ね!」



 タックルを避けたローズは返す刀で間合いを詰め、鋭いローキック一閃。

 ぱん、と風船が破裂したかのような音がマーガレットの大腿部で弾けます。


 更にその勢いは止まらず下段ぱん下段ぱん下段ぱん

 しかし、地獄のローキック連打はあくまで本命の布石。

 脚部に生じた激痛に流石のマーガレットも表情を歪め、上半身の意識が僅かに緩む。



「ここ!」



 そうして守りが疎かになった一瞬の隙を縫うようにして、必殺の肘がマーガレットのこめかみに突き刺さりました。そして、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまったのです。



『な、なんとマーガレット様ダウーン! まさか、このまま決着してしまうのか!?』



 あまりの事態に会場内は悲鳴にも似た観客の悲鳴でいっぱいに。

 ですが、まだまだマーガレットの逆転勝利を諦めてはいないのでしょう。

 次第に彼女を名を呼ぶ声が増え始め、審判のカウントが進むごとにその声はどんどん大きくなっていきます。



「いや、立てるわけないでしょ」



 先程の肘は人体の重要な急所であるこめかみを確実に捉えていました。

 恐らく、今のマーガレットは失神しているはず。仮に意識があっても脳震盪による平衡感覚の喪失でまともに立ち上がれるわけがない。

 それがローズの学んできた格闘技の常識。人体の限界。


 けれど、しかし。



「……うそ」



 ならば、この目の前の光景をどう解釈すればいいのか。

 KO寸前で立ち上がったマーガレットは、痛打を受けて切り裂かれた側頭部からの出血を、まるで口紅やアイシャドウのように顔面に塗っています。



「なっ、貴女、本当に人間? なんで立ち上がれるのよ!?」


「うふふ、何故立ち上がれるか、ですか。簡単なことですわ。それは、わたくしがプロレスラーだから。観客の皆さんからの声援を受けたプロレスラーは不死身。ご存知なかったのかしら?」



 血化粧による異様な迫力のせいか、あるいは狂信としか思えないプロレス愛に気圧された為か。ローズは無意識に後ずさり、気付けばロープを背負っていました。そして背中に触れたロープの感触に気を取られ、一瞬、意識が目前の対戦相手から逸れたタイミングで――。



「プロレスに詳しくなくても、この技はご存知なのではなくて?」



 全速力で駆けだしたマーガレットは大きく跳躍。

 そうして繰り出したのは、両足を揃え、全体重を乗せて叩き込むプロレスの代名詞的必殺技。



『マーガレット様のドロップキックが炸裂! ローズ選手は……立てない! 試合終了、勝者マーガレット様! 奇跡の大逆転勝利です!』



 こうして試合は決着。ムエタイで鍛えられた肉体も、跳躍の勢いを乗せた80kgの体重が生み出す破壊力には耐えられなかったのでしょう。




 ◆◆◆




「……あいたた」


「あら、もう起きて大丈夫なんて頑丈ね。ローズさん、貴女プロレス向きよ」


「うっさい。あー、もう、悔しい!」



 リング脇に控えていたドクターの診察によると、幸い二人とも傷跡や後遺症が残る心配はないだろう、とのこと。激闘を繰り広げた二人を称える拍手は当分止む様子がなさそうです。



「ふふ、その悔しさを忘れなければもっと強くなれますわ。リベンジマッチならいつでも歓迎よ」


「ふん! ま、まあ、プロレスもなかなかやるじゃない……」


「あらあら、最初にお会いした時から薄々思っていたのですけれど、ローズさんはいわゆるツンデレという方でいらっしゃいますのね。わたくし、ツンデレの方とお友達になるのは初めてですわ」


「こら、誰と誰がいつ友達になったのよ!? ってか、ツンデレ違うし!」


「うふふ、互いが全力を尽くして正々堂々戦ったのなら、もう親友。これ、世界の常識でしてよ」


「どこの世界の常識よ!?」



 どれだけ凄惨に血を流しても、試合が終われば恨みっこなし。

 以上が聖アームロック女学園で伝説の名試合として長く語り継がれることとなる特別試合スペシャルマッチの顛末でありました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役“レスラー”令嬢マーガレット様 悠戯 @yu-gi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ