第3話 選択肢

「落ちこぼれ!グレイスに、何をしたの!?」


途端に母が階段を駆け上がってきて、グレイスを庇う。


「いえ、何も……」

「嘘おっしゃい!何かあったから、グレイスが叫んだのでしょう!?」


殴られそうで、怖かった…と母に甘えるグレイスをの頭を撫でながら、私を睨む。


「これだから落ちこぼれは!国王陛下の命令でなければ、今すぐ放り出していたところよ!」


これだから汚い子は、と吐き捨てて母はすぐに去っていった。そのあとに、グレイスも追いかけていく。


「…身の程知らずね。嫉妬なんて、醜いわぁ」


クスクスと笑われる。

私は、ぐっと拳を握りしめた。


(大丈夫。できるーーできるわ)


たとえなんと言われようと、今日はこの家を出ていく日なのだから。




「準備できたか?」

「はい……」


ふん、とつまらなさそうにした父は、私を馬車に放り込んだ。


「いいか。金が手に入ったら、小切手にして送るんだ」

「は、い……」


なんのお金かはわからないけれど、父がそう言うなら、逆らえない。


「お姉様ぁ〜。悲しいですっ。お元気でいてくださいね?」


演技をした妹は、私のそばにきてぎゅっと手を握りしめた。


「い、いたっ……」


強い、力。

それほど彼女が私を憎んでいるのがわかる。


「いい?お姉様。絶対に幸せになんかなっちゃダメよ?そんなことしたら、絶対に許さないから」


(怖い……)


なんて形相をしているの?すごく怖くて、言葉が出なかった。

そしてその言葉は、両親には届いていない。


「じゃあね、お姉様〜!」


ぱっと笑みに戻ると大きく手を振る。その姿に、両親が「優しくて可愛らしい子だ」と微笑んでいる。

私はそれを横目に、ユリアス国へと向かった。



「ようこそいらっしゃいました。アナスタシア・ララリア様でございますね」

「え……?」


目的地に着き、馬車を降りたそこには、多くの騎士たちが一様に頭を下げている。

誰かの執事のような方が私の身元を確認した。


「え、えっと……はい、そう、です……」

「お前が、人質か……」


その騎士たちの列の奥から歩いてきたのは、とても偉そうな人。


「私は、ステファー・ユリアスだ」


ユリアス…って、皇族ーー?

まるで冷たく、氷のようなーー。


(怖い……)


なんて言われる?今からどこへいくの……?


「…来い」

「えっ」


無理矢理手を引かれ、私は急いで彼に着いていく。

そして着いたのは、皇城ーーだった。


「今日からお前はここに住む」

「は…い?」

「それとも、解放されたいか?」



ああ、せいせいする。

だけど、同時に、いじめる対象がいなくなってつまらない。


「グレイス?お茶の用意ができたわ」

「わかりました、今行きますっ、お母様!!」


私の姉であり、落ちこぼれのアナスタシアは隣国ユリアスの皇太子に嫁ぐことになった。

もちろん、本人は知らない。

どうせ弱小者の姉のことだから、「務まらない」なんて思って自ら辞退するに決まってる。

あるいは、何がなんでも縋り付いて、逆に捨てられるかしら。


「ふふっ……ふふ、」


笑いが止まらない。

姉に「幸せになる」という選択肢は、残っていない。


当たり前だ。


だって姉は、「侯爵家の落ちこぼれ」なんだからーー。


「どうしたの?何か面白いものでもあったの?」

「ふふ、お母様。なんでもありませんわ」


母も父も、騙し続けてきた。

彼らは未だ私を「優しい子」と思っている。ーーまさか、演技だとも思わず。

それをお姉様は気づいているから、初めの頃は言わないかとひやひやしていたが、もうそれも心配しなくなった。


だって、両親は私のことを信じすぎて、お姉様の言うことは全て戯言だと思っているもの。


可哀想な、お母様、お父様ーー。



「ええっと。住む?」

「ああ。私たちは、婚約者だろう?ならば、おかしくないと思うのだが……」

「こ、こん、やくしゃ?」


初めて、聞いた。

そんなの、誰も、教えてくれなかったじゃないーー。


皇太子だとかいう彼ははぁ、とため息をつき、全てを話してくれた。


「……というわけで、お前は、今日から私の婚約者だ」


けれど。

敵国からわざわざ婚約者をとる必要があるかしらーー?


「…私は、人質だと、」

「ああ、そうだ。だからお前は、いつか捨てられる「仮初」だ」

「え……」


やはり。

ここでも、必要とされないなんてーー。


「だから、選択肢を与えた。もとからその姿を公にしないことで「アナスタシア」という架空の人物を作り上げ、お前は解放され名前を変えて平民として過ごすか、それとも本当に「仮初の」婚約者となるか」


そもそも。

それ以前に、私に、「選択肢」が与えられるというの…?


「わ、私に、選ぶ権利は、ありません……っ」


「落ちこぼれ」が選ぶなんて、そんな偉そうなこと、できない。


(ああーーこの人は、知らないんだ)


私が、「侯爵家の落ちこぼれ」と呼ばれていたことなんて。

だから、こうやって、属性のある人だと思い込み、私に選ばせようとーー。


「なぜだ?」

「なぜ、と言われましても…」


もし受けるなら、前者がいい。

そんなことは言えないけれど、だからと言って「落ちこぼれ」を隠してやっていけるとは思えないし、そもそも「落ちこぼれ」は皇族の婚約者として相応しくない。


「…はぁ」


(またため息を……)


呆れさせてしまったのだろうか。

何も言えずおどおどしていると、彼は再び口を開いた。


「選んでくれるまで、待つ。だがここは寒い、一旦中に入れ」


もしかすると、優しい人なのかもしれない。

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「侯爵家の落ちこぼれ」の私に選択肢などないと思うのですが ー旦那様、私は人質のはずですー 月橋りら @rsummer

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