第34話 彼を幸せにするには

(……なんだかんだ幸せね)


 思わず、笑みがこぼれた。

 私の膝に頭を預けて眠るキリアン。

 そんな彼のおなかに頭を預けるようにして眠る子供たち。


 久しぶりに休みが取れたキリアンが、家族のためにとピクニックに連れてきてくれた今日。

 子供たちは大はしゃぎでキリアンを引っ張り回し、おなかいっぱいお昼ご飯を食べたらこれだ。


 だが日差しは温かく、穏やかな風が心地よいこの場所にいたら眠くなるのも当然かと思う。


 一時はどうなることかと思った私とキリアンの関係も、お互い思ったことはしっかりと話し合えるような関係になったからこそ上手くいっている……と、思う。

 

(以前と違うのは、キリアンが私に遠慮がちってところかしら?)


 あの頃から私は変わらず、キリアンが一番ではなくなってしまったけれど……逆にキリアンにとっての一番は私になってしまったようだ。

 追いかけていたはずの人からいつの間にか追いかけられる側になっているというのはなんとも不思議な話だし、今でも変だなあとは思うのだけれど。


 あれから夫婦になって何年も経っているけれど、許す許さないという感情はもうよくわからなくなっていた。

 許せないような気もするし、とっくの昔に許しているような気もするし。

 どうでもいいとは違うのだけれど、この感情についてはまだよくわからない。


 いつかわかる日が来るのかもしれないし、来ないかもしれない。

 でも少なくとも、そんなことを考える暇がないくらい今は忙しいからそれでいいかなと思う。


 私は幸いにも家庭教師ガヴァネスとしてそれなりに人気になっていた。

 商家を中心に、貴族家へ奉公に出る予定の子女の教師としてたくさんお声をかけていただいている。ありがたいことだ。


 キリアンは騎士爵となってからも努力を重ね、今では騎士隊の一角を預かる立場になって部下も増えている。

 その分忙しくなって、子供たちは寂しがることも多いけれど……でもこうやって休みの日に相手をしてくれるから今のところは大丈夫そう。


(でもお兄様直伝のあの土下座、あれだけは止めてもらわないとね)


 急な仕事が入ることは騎士としては当然のことで、そのせいで子供たちとの約束を守れず後日に……となることは一度や二度ではなかった。

 その度に心からの謝罪をしてくれるキリアンを、私も子供たちも、家族として理解しているつもりだ。


 でもこの間結婚記念日にも仕事が入って帰ってこれなかった時には、帰って来るなり土下座されてびっくりしたのよね……。

 子供たちが寝ていて本当によかった!

 頭を下げればいいってものじゃないのよ……本当に。

 いえ、気持ちも伝わっているから空っぽの謝罪だとは思っていないし、その気持ち自体は嬉しいのだけれどね?


 でもほら、騎士として名を馳せる男が玄関先で土下座をしている姿なんてよそ様に見られたらなんて思われることやら!

 そういうことを気にしてって話なの!!


「……フィリア?」


「あらキリアン、起きたの?」


「眉間に、皺が寄っている……何かあったか……?」


 ぼんやりとした口調なのは、寝ぼけているからだろうか。

 年月を重ねて、より精悍になったキリアンだけれど、こんなところは少し可愛いなと思う。


「ねえキリアン、もう土下座は止めてちょうだいね?」


「だがアレンがあれは最上級の謝罪だと……」


「いつだって貴方の言葉を疑ってはいないから。これからも子供たちと私に誠実でいてくだされば、それでいいの」


「そうか? フィリアがそう言うなら……そうしよう。ところで、俺は動けないんだがこれはどうしたらいい?」


「あら、そのまま子供たちの枕でいてあげてくださいな」


「……わかった」


 目が覚めてしまうと途端に態勢的に身動きが取れなくてさぞ辛かろうと思うけれど、キリアンは私の言葉に律儀に従い子供たちの頭をそっと撫でていた。

 私も彼を膝枕しているから、ちょっぴり痺れてきているのだけれど。


 これはこれで、幸せの重みなんだと思えば、許せるから不思議なものだ。


「ねえキリアン。貴方は私と結婚できて幸せかしら?」


「幸せだ。この上なく」


 私の言葉に、即座に答えるキリアンにまた笑みがこぼれる。

 ああ、そうねえ。

 許す、許さないじゃないのかもしれないなとぼんやりと思いながらキリアンが子供たちにそうしているように、私も彼の固い髪をそっと撫でた。


「そうね、私も幸せよ」


 十個目。

 貴方を幸せにすると決めた私も、幸せになること。


****************************


これにて完結です!

フィリアさんは恋する乙女(少女)から挫折と現実を経て、自立した女性になりました。

幸せだし子供たちのために今と変わらずキリアンと夫婦を続けますが、何かあったら去る覚悟はいつだってあります笑

キリアンはそれに気づいているので、これからずっとフィリアのことを追いかける人生ですが彼はそれに喜びを覚えているので大丈夫でしょう。多分。

若干、子供たちが「うちのお父さんお母さんのこと好きすぎて困るんだよねー」って感じにはなっているかもしれませんが!笑

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彼を幸せにする十の方法 玉響なつめ @tamayuranatsume

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