青年は恋しい相手にただただ惚れ直すしかない
フィリアという女性に会えたこと、その人が傍らに立つことを許してくれたこと――それを奇跡だと思っている。
彼女がそれを耳にしたら『そんな大げさな……』と呆れた表情を浮かべるに違いなかったが、キリアンにとってはどこまでいっても嘘偽りない気持ちであった。
お互い思いやるところを間違えたのだと言われればその通りだが、キリアンは反省のできる男であった。
相変わらずフィリアに貢ぎたがるところは変わらず、その点に関してはフィリアから程度を求められて改善を続ける日々ではあるが、概ね二人の関係は以前に比べて落ち着いたように思われる。
「キリアン、お待たせしました」
「いや……今日の面接はどうだった?」
「手応えがありました。そこに決まりそうです」
嬉しそうに微笑むキリアンは、幾ばくかの寂しさを抱えている。
フィリアは今もキリアンのことを信じ切ってはいない。
別にそれはいい、それだけのことをしたと彼自身も理解している。
許さなくていいと言ったのはそうした気持ちからだ。
無理に許せとは思わないが、謝意があることを知って欲しかったし、許すも許さないもその権利がフィリアにあるのだと知ってもらいたかったからこそ謝罪した。
フィリアは前向きにそれを受け入れ、彼と人生を歩む道を選んでくれた。
(それだけでも、十分なはずなのにな)
人は欲深い生き物だ。
一つ手に入れればその次を求めてしまう。
キリアンはフィリアとの未来を望み、婚約者の座を手に入れた。
彼女の隣に立つだけの身分が欲しくて、騎士爵となった。
そして離れていきそうな心を繋ぎ止めるために謝罪をし、真摯に尽くしている最中だ。
(……働かなくても、俺の稼ぎだけで食えるのに)
キリアンの母がそうであるように、騎士爵というのはそれなりに稼ぎがいい。
勿論、今後子供を儲けその子供たちがどのように育つかを考えればお金はいくらあったっていいものだとはキリアンもわかっている。
だが婚儀を控えた若い二人では、まだその実感は湧いておらず、どちらかといえばキリアンはフィリアに苦労をさせたくないという気持ちの方が大きかった。
それでもそんな言葉を口にしようものなら、フィリアに嫌われるかも……と思って口に出せずにいる。
フィリアは親戚の伝手で
彼女が先程言っていたのは裕福な商家の姉妹だと聞いている。
そこは交易品を多く扱う商家ということもあって、珍しいものもたくさんあるし、諸外国の知識も身につけられそうだからとフィリアは楽しげにキリアンに語ってくれた。
彼女はいつだって飛び立てる。
キリアンを置き去りにして。
その事実が、いつだって彼を悩ませるのだ。
けれど、縋り付く彼にフィリアは優しく微笑んで傍にいてくれる。
(……やっぱり彼女は女神だな)
もうこれ以上、愛想を尽かされないようにしなければ。
こんなにも寛大で、働き者で、美しい人に見捨てられたら生きてはいけない。
毎分毎秒惚れ直すとはこのことか、と思わず彼が零せば、フィリアは『何を言っているの』と呆れたようにため息を漏らしてからはにかんだ笑顔を見せてくれた。
(うん、やっぱり毎分毎秒惚れ直すしかないよな、こんな可愛い人を前にしたら)
キリアンは改めて己の幸運に感謝して、今日もフィリアの手を取るのだった。
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