【書籍1巻発売記念SS③】マリア、学園でシュークリームを食べる(2/2)
11月25日に発売される書籍1巻、発売記念SSです!(全3話)
本日は3話目。
昨日の続きからです。
――――――――
コンコンコン
ノックの音が聞こえて来た。
続いてドアが開いて、1人の女子生徒が顔を覗かせた。
「バーバラ様、活動費の件で先生が聞きたいことがあるそうです」
バーバラが残念そうに立ち上がった。
「すみません。何かあったようですので、ちょっと行ってまいります。どうぞ続けて食べていて下さい」
「分かったわ。ゆっくり頂いているわ」
バーバラが足早に部屋を出て行く。
そして、1人部屋に残ったマリアは、目の前のシュークリームをながめながら考え込んだ。
(もしかして、これってチャンスなんじゃない?)
誰もいない部屋に、シュークリーム。
カルロスが来る様子もないし、バーバラも当分戻ってこない。
この機会を逃す手はない。
(……よし、やっちゃえ)
マリアは、むんずとシュークリームをつかんだ。
あーん、と大きな口を開ける。
そして、かぷりとシューにかぶりつき、ほう、と息を漏らした。
口の中いっぱいに広がるカスタードの香りと、なめらかな食感。
しっとりしたシューや甘い粉砂糖も相まって、実にいい塩梅だ。
「ん~! 美味しい! これよこれ! 口いっぱいに頬張る感じ!」
片手を頬に添えながら、うっとりとした表情で咀嚼する。
口の周りに粉砂糖が付いている気もするが、そんなのどうでもいいくらい幸せだ。
そして、お茶をゴクリと飲むと、お皿の上にある食べかけのシュークリームを取り上げた。
一口でぱくりと食べようと、再び、あーん、と口を大きく開けた、そのとき。
バタン
突然ドアが開いて、カルロスが入ってきた。
白い粉だらけの口を大きく開けたマリアを見て、呆気にとられた顔をする。
その顔をながめながら、マリアの頭が高速で動き始めた。
何とか上手い言い訳はないかと模索する。
そして、彼女は手に持ったシュークリームをぱくりと一口で食べると、もぐもぐと咀嚼しながら、ナプキンで上品に口元を拭いた。
優雅にお茶を飲んで、ふうっと一息つくと、固まっているカルロスに向かってにっこりと笑った。
「あら、カルロス様。ごきげんよう」
「え、あ、ごきげんよう」
カルロスが目をぱちくりさせる。
そして、全力でなかったことにしようと微笑むマリアを見て、思わずといった風に吹き出した。
片手を口元に当てながら、肩を震わせて顔を背ける。
そこへ、バーバラが「お待たせしました」と戻って来た。
入り口で肩を震わせているカルロスを見て、不思議そうな顔をする。
「どうしたんですか?」
「ああ、いや、何でもない」
カルロスが目の端の涙をそっとぬぐいながら陽気に答える。
その後、3人はシュークリームを食べ始めた。
カルロスが、シュークリームを手に取ると、2つに割って片方をぱくりと食べた。
「これは美味しいな」
「ええ、王都で大人気だそうです」
大胆に食べますね、と言いながらフォークとナイフで上品に食べるバーバラ。
同じく上品に食べながら、マリアはホッとした。
どうやらカルロスはシュークリームを大胆に食べるタイプらしい。
(あれなら、さっきの私の食べ方もそこまでおかしくないわよね)
全て食べ終わった3人は、いつも通り生徒会の仕事を始めた。
打ち合わせをしたり、資料を整理したりと、テキパキと働く。
そして、仕事が終わって、いつも通り馬車で帰路につきながら、マリアは窓の外をながめた。
(カルロス様、いつもと同じだったわね)
シュークリームを食べている時も、生徒会の仕事を一緒にした時も、カルロスに変ったところはなかった。
いつも通り陽気にテキパキと仕事をこなしていたし、マリアに対しても普通だった。
(多分、カルロス様的にあの食べ方はそこまで問題じゃなかったのね)
変に思われなくて良かったわ、と思いながら、窓の外の夕日をながめる。
ちなみに、カルロスの方はというと、家に帰ってからすぐに自室にこもって、お腹を抱えて笑い始めた。
思い出すのは、口をあーんと大きく開けてシュークリームを食べようとする彼女の幸せそうな顔だ。
「いやいや、女性があんな風に口を大きく開いて物を食べるのを見たのは初めてだ」
懸命になかったことにしようと誤魔化す様子を思い出し、再び笑いがこみあげてくる。
「しかし、ああやって食べると美味いんだな」
何となくナイフとフォークで食べていたが、大きくパクリと食べた方がずっと美味しい。
そして、この日以降、カルロスはシュークリームを食べる時、大きくちぎって食べるようになったという。
【11/25 書籍発売】宿屋の看板娘、公爵令嬢と入れかわる ※Web版 優木凛々 @Yuki_Rinlin
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