【書籍1巻発売記念SS②】マリア、学園でシュークリームを食べる(1/2)

 11月25日に発売される書籍1巻、発売記念SSです!(全3話)


 宿屋の看板娘マリアと、公爵令嬢シャーロットが入れ替わって約1カ月。

 2人が環境や生活に慣れてきた頃の話です。


 本日は2話目、マリア側の話になります。

 マリアはシャーロットの代わりに貴族学園に通っており、放課後は生徒会室で仕事をしています。


 ―――――――――


 マリアがシャーロットと入れかわってから約1か月半。

 穏やかな風が心地よい、のどかなお昼過ぎ。


 授業が終わったマリアが、教科書を鞄にしまっていた。



「シャーロット様、お先に失礼致しますわ」

「ごきげんよう、シャーロット様。また明日」



 女子生徒たちが挨拶をして、楽しげに教室を出て行く。


 ごきげんよう、と挨拶を返しながら、マリアは立ち上がった。

 鞄を持って教室に出る。


 そして、赤絨毯が敷き詰められた広い廊下を歩きながら、彼女はため息をついた。



(はあ……、なんか最近ストレスたまるなあ……)



 入れ替わって約1か月半。

 シャーロットの記憶のお陰で、令嬢生活は思いの外上手くいっていた。


 学園にも慣れてきたし、テストも良い点が取れている。

 生徒会活動も問題なくこなせているし、中身が入れ替わっていることもバレていない。

 家でも「記憶が曖昧」ということを盾に、誤魔化しながらではあるものの、何とかやれている。


 しかし、1点だけ、どうしてもストレスが溜まる部分があった。



(食事が窮屈なのよね……)



 どうやら貴族の女性は、大きく口を開くことがマナー違反とされているようで、大口を開けて食事をすることができないのだ。


 お陰で、マリアだったころは1口でペロリだったものが、ナイフとフォークを使って5回くらいに分けて食べる羽目になっている。


 食べる物が、肉や野菜などはまだいいのだが、一番参っているのは、おやつの時間に出てくるお菓子やケーキ類だ。


 バターマフィンなど、口いっぱいに頬張ってバターの風味を楽しみたいのに、ちまちま食べねばならず、食べた気がしないのだ。


 誰も見ていないところで思い切り楽しみたいと思いはするものの、家ではいつもメイドのララが控えているし、学園では誰が見ているか分からないため、滅多なことができない。

 自室で1人で食べようと思ったこともあるが、料理長が気を利かせて小さなお菓子を用意してくれてしまうため、結局ちまちま食べる羽目になってしまう。



(はあ……、思い切り、ガブッ!っていきたいなあ)



 ため息をつきながら生徒会室に行くと、そこには生徒会のメンバーの1人であり友人でもあるバーバラが、机で書き物をしていた。

 その横にはやたら大きな白い箱が置いてある。



(何かしら、あれ)



 ごきげんよう、と挨拶をしながら不思議そうにその箱を見ていると、バーバラがくいっと眼鏡を上げた。



「実は、知り合いから食べ物を頂きまして、お裾分けに持ってきたのです」

「そうなのね」



 一体何かしらと思いながら、箱を開けるバーバラに近づくと、箱の中には子どもの握り拳ほどの大きさのシュークリームがズラリと並んでいた。

 3種類ほどあるようで、上にチョコレートがかかっているもの、ナッツが飾ってあるものなどがある。



「まあ、シュークリームね!」

「ええ、知り合いが専門店を開きまして、持ってきてくれたのです」



 箱から立ち上る甘い香りに、マリアはうっとりした。

 皮の中から飛び出る濃厚なカスタードクリームを想像して、思わず生唾を飲み込む。


 その後、「仕事前に食べてしまいましょう」という話になり、2人はお茶の準備を始めた。


 各階に控えているメイドに、もうすぐ来るであろうカルロスの分も含めて3人分のお茶を準備するように頼み、ついでに皿とフォークをお願いする。


 そして、メイドが生徒会室の中央にあるテーブルにお茶のセッティングを済ませて去って行った後、バーバラが箱を開いた。



「まずはノーマルなものからいきましょう」



 そう取り出されたのは、上に白い粉砂糖がかかったシュークリームで、上には緑色の小さな葉っぱがのせられている。



(美味しそう!)



 マリアが目を輝かせていると、バーバラが、眼鏡をくいっと上げながら、おもむろに口を開いた。



「カルロス様ももうすぐ来るでしょうし、先に食べ始めてしまいましょうか」

「ええ、そうしましょう」



 2人は向かい合って座ると、シュークリームを食べ始めた。


 まずはお茶で口の中を整えようと、マリアがお茶に口をつけている間に、バーバラがシュークリームにフォークを入れた。

 器用にシューを小さく切ると、クリームを絡めて上品に口に入れて、目を細める。



「美味しいですね。さすがは専門店です」

「……そうね」



 バーバラの様子を見て、マリアはほんの少しがっかりした。

 シュークリームは手で掴んでそのままガブリといくのが醍醐味だと思うのだが、どうやらお貴族様はフォークとナイフでお上品に食べるらしい。



(あの食べ方だと美味しさ半減よね……)



 がっかりするものの、折角の頂き物なんだから感謝しないと、と思い直す。

 そして、気を取り直してフォークとナイフを手に貴族っぽくシュークリームを食べようとした、そのとき。


 コンコンコン


 ノックの音が聞こえて来た。

 続いてドアが開いて、1人の女子生徒が顔を覗かせた。



「バーバラ様、活動費の件で先生が聞きたいことがあるそうです」



 バーバラが残念そうに立ち上がった。



「すみません。何かあったようですので、ちょっと行ってまいります。どうぞ続けて食べていて下さい」

「分かったわ。ゆっくり頂いているわ」



 バーバラが足早に部屋を出て行く。


 そして、1人部屋に残ったマリアは、目の前のシュークリームをながめながら考え込んだ。



(もしかして、これってチャンスなんじゃない?)




 つづく




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