書籍1巻発売記念SS
【書籍1巻発売記念SS①】シャーロット、市場に魚を買いに行く
本日11月25日に発売された書籍1巻、発売記念SSです!(全3話)
宿屋の看板娘マリアと、公爵令嬢シャーロットが入れ替わって約1カ月。
2人が環境や生活に慣れてきた頃の話です。
本日は1話目、宿屋の看板娘マリアと入れかわったシャーロット側の話です。
場所は、海辺の街タナトスにある、宿「ふくろう亭」(マリアの実家)です。
――――――――――――
青い海がキラキラと光る天気の良い朝。
マリアの中に入っているシャーロットが、覚悟を決めた顔で宿屋の入口に立っていた。
「あんた、本当に大丈夫かい?」
「無理しなくていいんだぞ」
宿屋のおかみさんサラと、その亭主のディックが心配そうな顔で声を掛ける。
シャーロットはにっこり笑うと、出来る限り明るく言った。
「大丈夫ですわ、行ってまいります」
*
マリアと体が入れ替わってから約1カ月。
親切にしてくれる宿屋の人たちの役に立とうと、シャーロットは、マリアの記憶を頼りに、宿屋の仕事をがんばっていた。
部屋の掃除や洗濯、食事の仕込みの手伝い。
まだ慣れていないため、接客などは出来ないが、裏方の仕事は難なくこなせるようになった。
しかし、たった1つ。
裏方の仕事でありながら手をつけられていない仕事があった。
それは「市場への魚の買い出し」。
タナトスの街は海に面しており、魚料理は宿の看板メニューの1つだ。
シャーロットとマリアが入れ替わる前は、マリアが毎日市場に魚を買いに行っていた。
本来であれば、シャーロットがその後を継いで買いに行くべきなのだが、
「……生のお魚ってこういう感じですのね……」
調理前の魚を見たことがなかったシャーロットが、生魚を見て怯えたため、
ディックが魚を買いに行く役割を担っていた。
毎日調理の手を止めて市場に出掛けるディックを見て、シャーロットは申し訳ない気持ちになった。
(わたくしのせいで、ディックさんの負担が増えてしまっているわ)
彼女は決心した。
わたくし、市場に魚を買いに行くわ、と。
そして今日。
サラとディックに見送られて、市場へ初の買出しに行くことになった、という次第だ。
*
心配そうな2人に見送られ、シャーロットは籠(かご)を持って外に出た。
マリアの記憶によると、市場には月契約をしている魚屋があり、そこでお勧めの魚をもらってくればいいらしい。
シャーロットは籠を抱えて歩きながら胸に手を当てた。心の中は不安でいっぱいだ。
(でも、魚が苦手だからって、甘えてはいられませんわ)
彼女はマリアの記憶を頼りに、道を曲がった。
緑の蔦とピンク色のブーゲンビリアに囲まれた狭い路地を抜け、青い海に続く坂道を下っていく。
そして、坂を下り切り、彼女は港の近くで開かれているにぎやかな市場に到着した。
道の両側には屋台が所狭しと並んでおり、買い物客でごったがえしている。
彼女は、ごくりと唾を飲み込んだ。
(こんな人混み、初めてですわ)
人にぶつからないように籠を抱えて身を小さくしながら進み、何とかいつもの店に辿り着くと、体格の良いスキンヘッドの男性店主が大きな声で言った。
「よう、マリア! しばらく振りだな!」
「ご、ご無沙汰しております!」
何とかマリアっぽく見せようと大きな声で返事をすると、店主が妙な顔をする。
そして、「(妙にお上品な気もするが)まあいいか」とつぶやくと、屋台の下からバケツをひょいと持ち上げた。
「今日はこれだ、油がのっててうまいぞ!」
バケツの中を見て、シャーロットは思わず「ひっ」と叫びそうになった。
中には、手くらいの銀色の魚が十匹以上入っており、ピクピクと動いている。
「あ、あの、これ、生きて……」
「おうよ! 捕りたて新鮮、ぴちぴちよ! 籠を寄越しな!」
戸惑いながらも籠を差し出すと、店主が笑顔でバケツに入っていた魚をざばっと空けた。
「ほらよ、オヤジさんによろしくな!」
シャーロットは籠の中を恐る恐るのぞき込んだ。
籠の底で、魚がうにょうにょと動いている。
見ていたら気が遠くなってしまいそうな気がして、彼女は視線を逸らした。
そして、なるべく見えないようにお腹のあたりで籠を抱えると、丁寧にお辞儀をした。
「お魚、ありがとうございます。ごきげんよう」
「お、おう……」
目をぱちくりさせる店主を残し、彼女は来た道を帰り始めた。
途中で魚が落ちそうになるというハプニングがあるものの、何とか無事に宿屋に戻る。
籠を抱えて厨房に入ると、マリアの妹である4歳のコレットと、おかみさんが出て来た。
「おねえちゃんおかえり!」
「ありがとう、助かったよ。疲れてないかい?」
「はい、大丈夫です。店主さんもとても親切な方でしたわ」
そうかいそうかい、とサラが笑顔でうなずいた。
「じゃあ、おやつにしようかね。今日は蜂蜜トーストにしようか」
「わあい、あたし、蜂蜜大好き!」
コレットが大喜びで跳ねまわる。
その後、シャーロットは2人と共にカリッと焼いたトーストに蜂蜜をたっぷりつけたものを楽しく食べた。
片付けた後、いつも通り細々した仕事をこなし、夕方から夕食の仕込みを手伝う。
そして、夜になって部屋に戻り、彼女は
「今日はがんばったわ」
とつぶやくと、未だかつてない穏やかな気持ちで眠りについた。
――――――――――――
本日書籍1巻発売しました!
ぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
また、こちらはスクウェア・エニックス様でのコミカライズが予定されています。
とても可愛い感じになっておりますので、ぜひ読んで頂ければと思います!(*'▽')
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