【Another Side】シャーロット、宿屋で働く②


 シャーロットが、使い終わったまな板を洗っていると、

 サラが厨房に入ってきて、目を丸くした。



「あら、あんた、大丈夫なのかい」

「もう大丈夫です。ご心配お掛けしました」

「そうかい、ならいいんだけど」

「ありがとうございます。他に何かお手伝いできることはありませんか?」



 と、そのとき。

 体格の良い男性客2人が食堂に入ってきた。


 普段接することのないタイプの男性に、シャーロットが軽く怯えていると、サラが気遣うように声をかけた。



「じゃあ、2階のコレットを起こしてきてくれるかい」

「はい、分かりました」



 階段を上って、2階にある親子の寝室に入ると、

 広いベッドの上に、小さなコレットが丸くなって眠っていた。



(ふふ、かわいい)



 絹糸のようにサラサラとした髪の毛を撫でて起こし、寝ぼけ眼のコレットの着替えを手伝う。

 そして、手を繋いで「おなかすいたね」「そうね」という会話をしながら階段を下りて厨房に入ると、作業台の上に2人分の食事が用意してあった。



「おはよう、コレット」

「おはよ! おなかすいた!」

「ははは、朝から元気だな。ほら、2人とも、食べちまいな」



 シャーロットは椅子に座ると、コレットの食事を手伝いながら

 自身も朝食を食べ始めた。

 シンプルで温かい味に、思わず涙が出そうになる。


 そして、朝食が終わり、

 シャーロットは、サラとディックに「無理するなよ」「無理だったらすぐ言いな」と心配されながら、宿中のシーツを回収して回ると、コレットと中庭に出た。


 ちなみに、今日は週2回あるシーツ洗濯の日だ。


 青い空の下、シャーロットは、マリアの体の記憶に従って、

 井戸の傍にある大きなタライにシーツを入れる。

 そして、そこに井戸水と石鹼水を入れ、コレットと2人でバシャバシャと踏み始めた。



「みずがつめたくて、きもちいーね!」

「本当にね、気持ちが良いわ」



 そして、洗い終わったシーツを固く絞ると、竿に干し始めた。

 真っ白いシーツが、風にはたはたと揺れる。



「できたね!」

「ええ、綺麗になったわ。お手伝いありがとうね」

「うん!」



 タライを片付けながら、シャーロットはマリアの体力に舌を巻いた。



(わたくしの体だったら、きっとすぐに疲れてしまっていたわ)



 そして、コレットと手をつないで宿屋に入ると、サラが笑顔で厨房から出てきた。



「ありがとう、助かったよ。疲れてないかい?」

「はい、大丈夫です。コレットちゃんにもたくさん手伝ってもらって助かりました」

「コレット、おてつだいしたよ!」



 そうかいそうかい、とサラが笑顔でうなずいた。



「じゃあ、そろそろお昼にしようかね。ディックは今買い出しに行っているから、私が特別作ってあげよう」

「あたし、ぱんけーきがいい!」

「いいね、そうしようかね」



 厨房に向かうコレットとサラの背中を見つめながら、シャーロットの視界がぼやけた。


 仕事をすればありがとうと言ってもらえ、疲れただろうと労わってもらえる。

 ここは、なんと暖かく優しい世界なのだろうか。


 公爵家から見れば、吹いて飛ぶような小さな宿屋だが、

 その中身は公爵家なんかよりも、ずっと優しくて温かい。


 その後、サラがパンケーキを作っている間に、シャーロットがお茶を淹れ、コレットがカトラリーを並べる。


 そして、3人は厨房のテーブルで「いただきます」と声を合わせると、

 楽しくパンケーキを食べ始めた。



「おいしいね!」

「ええ、とても美味しいわ」



 優しい味に、思わず笑みがこぼれる。


 そして、お茶が少なくなってきたのを見て、

 シャーロットがお茶を追加で淹れると、サラが笑顔で口を開いた。



「ありがとね、あんたは気が利くねえ」

「そんな、わたくしなんて、大したことは」



 何気なしに返したこの言葉に、サラが不思議そうな顔をする。

 そして、「私は、あんたは大したことあると思うよ」と言いながら笑顔で立ち上がった。



「お代わりをする人はいるかい?」

「はーい! あたしもっとたべたい!」



 コレットが元気に手を上げる。



「あんたもどうだい?」

「ありがとうございます、いただきます」



 その後、シャーロットはサラに「急に働きすぎるのは体に毒だよ」と説得され、部屋で休むことになった。


 ぐっすり寝て起きると、厨房で夕食の仕込みを手伝う。その後、二階でコレットに夕飯を食べさせてから、絵本を読んで寝かしつける。


 そして、残っている仕事はないかしらと一階に下りると、ランプに照らされた厨房に、片付けを終えたディックとサラが座っていた。


 シャーロットを見て、サラが微笑んだ。



「あんた、今日は本当によくやってくれたね。助かったよ」

「ありがとうな。お陰で今日は凝った料理が出せた」



 ディックも嬉しそうにお礼を言う。



「そんな、わたくしなんて。マリアさんの記憶のお陰です」



 シャーロットは顔を赤くした。心の中が温かくなる。


 三人はお茶を飲んでおしゃべりをした後、そろそろ寝ようと二階に上った。廊下で別れて自室に入る。


 自室はすでに真っ暗で、窓から空に丸い月が浮かんでいるのが見える。

 その月をながめながら、シャーロットがつぶやいた。



「信じられないくらい一日が過ぎるのが早いわ」



 王都では、朝起きてから夜寝るまでが、とても長くて辛かった。でも、今日は忙しく動き回っているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。



(慌ただしかったけれども、とても充実していたわ)



 そして、手早く寝る支度を整えると、



「明日もがんばりましょう」



 と、穏やかな気持ちで眠りについた。



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