最後のタクト
夏目 漱一郎
第1話 最後のタクト
「今度のコンサートを最後にして、私の指揮者生涯にピリオドを打とうと思うんだよ」
「えっ、本当ですかそれは?」
まさかこのインタビューで、日本クラシック界のレジェンド大澤誠一がその事を口にするとは思ってもみなかった。
そういった噂は確かにこの業界でも流れていたのは確かだ。御年八十を超える大澤先生は最近めっきりと足腰が弱くなり、長い距離を歩いたり長時間立っている事もままならない状態だと聞く。大澤ファンの中には、車椅子に座りながらでもいいから壇上で指揮をして欲しいと言う者もいるみたいだが、それではストイックな大澤先生自身が納得出来ないというものだ。そんなみっともない指揮を観客に見せる位なら、自ら引退を決意したという訳だろう。
「残念です。僕もクラシック音楽の一ファンとして、大澤先生の指揮がもう見られないというのは大変寂しい事です」
「そういえば君、日曜日にテレビで番組の司会をやっていたね。私、あの番組好きでよく観ていたんだよ」
「本当に? それは光栄だなぁ」
大澤先生の言う通り、俺は少し前までN〇Kで日曜の朝のクラシック音楽の番組の司会をしていた。先生、あの番組を観ていて下さったんだ……
「よし、これも何かの縁だ。最後のコンサートでは、あの番組にゆかりある楽曲でも
あの番組にゆかりのある曲? よく演奏していたのはビバルディか? それともモーツアルト……あるいはベートーヴェンか……いずれにしても、先生が僕の為に選曲して下さるなんて、最高に贅沢な話だ。
* * *
先生がおっしゃっていた通り、一週間後に大澤誠一最後のコンサートが行われる事になった。 日本でも五本の指に入るレジェンドの最後の晴れ舞台観たさにホールは超満員となった。
クラシック音楽のコンサートらしく、盛大な拍手のあとはしんと静まり返った会場。
独特の緊張感の中、大澤誠一先生のタクトを持つ両手が高々と挙がった。
♪チャンチャカチャチャチャチャッ チャンチャン
♪チャンチャカチャチャチャチャッ チャンチャン
なんで笑点? もしかして俺、春風亭昇太と間違えられた?……
おしまい
最後のタクト 夏目 漱一郎 @minoru_3930
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