危機来る…?

週末に近づき肩に見えない重りが詰みあがってきた退勤前のことだった。

「あの加須さん…」

 閉じようとしていたパソコンに熊谷さんからチャットが届いた。

「どうかしましたか?」

 俺はすぐ近くにいるのだから直接話せばいいかと思い斜め後ろに座る彼女に声をかける。今俺達の周りは打ち合わせや外出でほとんど席を外しているようでかなり静かだ。

「いや、そのですね…」

 話しかけてきた彼女は何かを躊躇している様子。仕事でやらかしでもしたのだろうか。入社当初こそミスをすることはあったが最近はそんなことはないはずだ。

「ごめん。言いにくいことだったらチャットでいいよ」

 普段は声をかけてくる熊谷さんが急にチャットで声をかけてきたんだ。彼女に何かしらの意図があるはずだ。それに気が付くと察することができなかった自分自身の落ち度に申し訳なさを感じる。

「いや、その雑談なんですけどね…」

 彼女はチャットではなくぼそりと呟く。どうやら仕事のことではないようだ。俺は少し安心した。仕事のミスであれば必要に応じてフォローする必要がある。その労力は割かないでよいようだ。

「んで話って…?」

 彼女は口頭で話をしようとする意思を見せたので俺はパソコンを閉じて彼女に問いかける。

「その、最近携帯見ることが増えてる気がするんですけど何かありました?その例えば彼女ができたとか」

 俺は少しだけ背筋を冷やす。

「いや、彼女なんてしばらくいないよ。まあ確かに携帯見ること多いかもですね。気を付けます」

 まさか、最近知り合った女子高生と連絡を取っているなんて言えるわけがない。別にやましいことをしているわけではない。けれども俺といすみの関係は綱渡りの状態にあることを実感する。なぜなら堂々と説明ができないから。そのため俺はひとまずはぐらかすような回答で乗り切ろうと試みる。こんなことを聞かれるのであれば仕事の内容の方がよっぽどましだった。

「じゃあ、その。いやプライベートに踏み込むのは良くないんですけど」

 彼女は一人う~ん、と唸る。色々ハラスメントが叫ばれる世の中だ。あくまで仕事だけの間柄の関係性の人に深く突っ込むことは良くないことを彼女も分かっている。俺はそんな様子を見て申し訳ないが今がチャンスだと思い

「じゃあ、そろそろ帰るよ。お疲れ様です。」

 と俺は荷物を取り立ち上がって撤退を開始する。しかし普段は俺が帰るときには「お疲れ様です」と返す彼女だが今日は

「あ、あの…」

 と俺を食い止める。逃げたいのだが無視するわけにもいかないので

「えっと、どうかしました?」

 俺は振り返り彼女と向き合う。

「その、明日夜空いてますか?良かったら飲みに行きませんか?」

 俺は全く想像していなかった問いかけに困惑を隠しきれず

「へっ」

 と間抜けな声を上げる。一方で彼女からは力強い眼力を感じる。

「い、いや、その…」

 組織として行く飲み会なら拒むつもりもないのだが、部下と一緒に飲みに行くのは正直なところ抵抗がある。百歩譲って同性ならまだ良いのだが異性となるとどこに落とし穴があるか分からずできる事なら断りたい。一挙手一投足が何かのハラスメントと言われかねない社会だ。リスクは避けるべき。ここは自分に正直になって断ろう。そう思った時だった。

「ぞーさん一緒に行ってあげなよ。最近クマちゃんも仕事頑張ってるし労ってあげなよ」

打ち合わせが終わりデスクにちょうど戻ってきた同期の各務ヶ原さんがノリノリで話に入り込んでくる。なんというタイミングの悪さ…

「先輩…特に用事がないようでしたらいかがでしょうか?」

 俺の同期の言葉が背中を押したのか熊谷さんは改めて俺に問いかける。こうなると断るのも難しい気がして、俺は白旗を上げた。

「分かったよ」

その返事を受けて熊谷さんはぱっと笑顔を浮かべる。一方で各務ヶ原さんは熊谷さんと俺を交互に見てうんうんと頷く。きっと俺と熊谷さんの関係でしょうもない妄想でもしているのだろう。彼女は昔から色事話が好きなのでいいようにやられた。俺と彼女は別に先輩と後輩という関係性でしかないのだが。

「で、お店はどうしようか…?俺がこの辺で探せばいいかな?」

 行くと言ってしまったからには話を進めないといけない。俺は店を探そうと思ったのだが、

「いえ、加須先輩は大丈夫です。私がお店を探すんで。特に苦手なものはなかったって言ってた気がしますけどこれは嫌だなってものはありますか?」

「いや特にないけど」

「分かりました。じゃあ、私予約しておきます!」

 彼女の勢いに押され結局俺は、特に何もする必要がなくなってしまった。こんな俺と行っても面白いことなんて無いだろうに。不思議な子だ。

「じゃあ、任せるね」

「はい」

「お、じゃあ来週話聞かせてね」

 各務ヶ原さんがいつの間にか俺達に近づいてくる。

「なんで言わないといけないんだよ」

「だって、ぞーさんの初めての部下と初めてさしでの飲みだよ。面白そうじゃん」

 俺で遊ぶな。一方の各務ヶ原さんと熊谷さんは二人でなんだか盛り上がっている。俺はしれっと帰ろうとすると各務ヶ原さんは熊谷さんに少し耳打ちをする。それを受けた彼女はなぜか顔を赤らめる。一体なんなんだ。百合か?百合は遠くで見守るのがいいのであって間に挟まるのは罪なのだが…彼女たちの会話はそう長くなることは無かったようで各務ヶ原さんが自身のデスクに戻ると熊谷さんは

「帰ろうとしてたのにすみません。明日楽しみにしてますね!先輩。お疲れ様です」

と俺に一声かけた。

「お、おう。お先に失礼します」

 どうしたものかな…そう思いながら仕事場を後にした。

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2024年12月25日 18:00

唐突に飛び出した無人駅で出会ったギャルは俺の最高の相棒でした かみそりきず @masmav25

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