食事を終えて俺は、引き続きいすみに街を案内してもらう。とは言っても特段これと言う派手なものがあるわけではなくやはり生活の街のようだ。食後のウォーキングとしてはちょうどいい程度に歩いたところ、たまたま小さなアンティークな雰囲気のカフェを見つけたので俺達は店内に入ることにした。

 店内は良く暖房が効いていて暖かい。席に着き、俺はホットコーヒーを彼女はカフェオレを注文する。店内には人は俺たち以外にはいないようでそれ故にか注文した飲み物は待つことなく届けられる。早速一口いただくと、体の中から温まる気がして外が寒かったことを改めて実感する。

「見てみてどうだった。一応この辺りでは一番栄えてる駅周りではあるんだけど、なんとも言えない感じだよね。みんな車だからやっぱりこの辺に色々ある必要性は無いんだよね。昔はそういうわけじゃなかったみたいだけど」

 確かに歩いて通ったシャッター街のお店がもし全て営業していたらと考えると賑わっていた時期もあったのだろうと想像することは容易だ。それが時代の変遷で店を閉じることになったのだろう。

「たしかに時代の移り変わりは感じるけど、今日行ったお店みたいに頑張ろうとしてる若い人のお店もあるし、きっかけがあれば変わるかもよ。それに俺の住んでるところもシャッター街っていうわけではないけど住む以外は特に何か目立つようなものがあるわけじゃないしね。全部の街が華やかである必要はないんじゃないかな」

「そっか…でもなんかそういう話を聞いて私もここが何にもない場所じゃないっていう事は分かってきたかも。今日かけるんとお店選びしていなかったらお昼のところも知らなかったし」

 彼女は今日行ったお店や俺と調べて知ったお店を思い出してそう感じたようだ。

意外と自分の住んでいる街には知らないことがあるものだ。俺の住んでいるところもきっとまだ知らない魅力があるのだろう。いすみと話しているうちに俺の街の散策をしてみたくなった。

「あ、でもかけるんのとこにシャッター街が無いっていう首都圏アピールはやめてね」

真面目な話をしたがゆえに少し重くなった空気を払拭しようとしたのか、俺に人差し指を向け彼女は笑みを浮かべる。

「そういう意味で言ったわけじゃないんだけどな…」

「そんなの分かってるって」


それからも少しだけ愚痴やしょうもない悩みなどを話しながら、ドリンクをお代わりしたりデザートも注文したりと独身サラリーマンが普段過ごすことのないようなアフタヌーンを堪能した。結局帰りの電車の時刻が近づくまで寒さをしのげるこのカフェに居座った。


 電車が来る時間が近づいたので俺は2人分の会計を済ませ店を後にした。今日はいつもとは勝手が違い、お互い上りと下りで別々の方向の電車に乗る。これまでの一方的に俺が見送られて彼女はそのまま自宅へ帰るというわけではない。彼女も電車に乗って帰る必要がある。時刻表を見たところ彼女の下り電車が先に駅に到着するようだ。そのため今日は俺が見送ることになる。駅で一人待たせることはしたくなかったので俺は安心した。俺はここに来る前に往復の切符を買っているが彼女は券売機で切符を買う必要があるのでその様子を見守る。機械自体はよく見る券売機だ。しかしICカードは当然対応していない。普段の光景と違うので不思議な感覚だ。彼女が切符を買い終えたので俺達は駅員に切符を見せ、彼女の乗る電車が来る下りのホームへ向かう。上りのホームにも下りのホームにも既に数人が電車の到着を待っている。食事や散策のことで頭がいっぱいだったため来た時は気が付かなかったがこの駅は有人駅と言うこともあり、見渡したところいつもの駅よりも大分整備された印象を受ける。

 俺といすみは電車の停止位置でもう間もなく到着するであろう電車を待つ。カフェで温まったものの、こうして止まって立っているとやはり厚着でいても寒い。彼女も両手を擦っている。

「なんか今日すごく楽しかったな~身近なところに面白いお店があることなんて知らなかった。改めてありがと」

「いや、俺も一人で行くより楽しい時間になっただろうし、いすみがいてくれてよかったよ」

「何?口説こうとしてる?」

「あのな、馬鹿なこと言うな」

「別にかけるんなら考えてあげるよ?考えた結果は分からないけど」

 ひししと彼女は悪戯に笑う。そんな楽しそうな彼女の笑い声を遮るようにホームには電車が駅に近づいているアナウンスが響く。

「あ、電車もう来るって」

「気を付けて帰れよ」

「全然平気だって。気をつけなきゃなのはここから数時間かけて帰るかけるんだよ」

 彼女が俺にわざとらしく呆れている間に電車が到着する。俺といすみが立っていた場所の前でドアが開く。この駅で下車する人がいたため、彼女が乗車する際にボタンを押す必要はなかった。

「次はいつ会えるかな?なんてね。じゃあまたね」

 彼女は電車に乗り込み俺に手を振ると電車のドアは閉まった。俺は窓越しに映る彼女に手を振り返し電車が見えなくなるまで手を振った。

「次か…」

 俺は一人下り電車のホームに取り残される。さっきまで隣で話していたクールで時に小悪魔な女の子がいないことに寂しさを感じた。なんだか前に来た時よりもその感情は大きな気がする。

「なんだかな」

 俺はポツリそう呟いて階段を上りホームを移り寒いホームでぼんやりと電車を待った。

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