打ち上げ花火の夜に、クラスで一番気になる君と仲良くなった
まさ
第1話 夏のある日の夕暮れに
時々、人恋しくなることがある。
自分でも意外なんだ、こんな風に思うのは。
大人になれば、きっとたくさんの人が、思うことなのかもしれない。
けど俺には、それがちょっと早く訪れたんだ。
夜も眠らない華やいだ街の夕暮れ時。
赤いミニスカートの女の子と、彼女と肩を組んで歩く麻のジャケットが似合う美青年。
小さな子供に優しそうに眼を落として微笑む母親。
青色のネクタイをして、汗をかきながら闊歩する男性。
みんな思い思いに行き過ぎて、多分お互いにもう会うことはない。
そんな雑多な人間で溢れる果てしない大都会で、俺は今一人でいる。
遠く離れた田舎から出てきて、父方のおじさんと二人でアパート暮らし。
都会の暮らしは快適だろうな。
そう思いながら臨んだ高校生活だったんだけど。
高校一年生の夏休みのほとんどは、予備校と、一人だけのアパートで過ごした。
おじさんは優しくて親切だけど、仕事が忙しくて、ほとんど家にはいない。
出張で一週間丸ごと帰ってこないこともざらだ。
一緒に笑って過ごすような友達も、ほとんどいない。
もうじき二学期がはじまる。
夏が終わる。
何も思い出らしい思い出もないままに。
「そっか、今日は花火大会の日だったな」
みかん色の太陽が西に傾く空の下、予備校帰りの駅のホームで、ひとりでに言葉が漏れた。
赤や青や黄色、色鮮やかな浴衣姿の女の子がたくさんいて、笑顔を輝かせながら、階下へと通じる階段へと消えていく。
楽しそうに語らう家族連れ、お父さんが小さい女の子を抱き上げて、肩車をする。
女の子がきゃっきゃと笑んで、お父さんの髪の毛に手をあててくしゃくしゃにした。
そんな華やぐ景色も、俺には関係ない。
空いているベンチに腰を下ろして、帰りの電車が着くのを待つ。
ぱっと咲いて夜空の中へ淡く消えていく打ち上げ花火は、きっと綺麗だろう。
お祭りは楽しそうだなとは思うけど、一人でそこに入りこむのは、ちょっと寂しいんだ。
コンビニで弁当でも買って、さっさと家に帰ろうか。
そんなことを思いながらふと横に目を向けると、女の子が一つ離れたベンチに座っていて、スマホに目をやっていた。
紺色に赤や黄色の星が散りばめられた浴衣を着ていて、ふさふさでちょっと青く見える髪を丸く束ねて、赤い髪留めが乗っかっている。
赤い鼻緒の草履を履いて、白色とピンク色が仲良く混ざった巾着を下げている。
思わず目を奪われてしまうほどに澄んだ白い頬。
すっと伸びた鼻筋に長い睫毛が、横顔からでも綺麗な女の子なんだろうと思わせてくれる。
耳の下には青い宝石のような球が揺れている。
きっとこれから、誰かと花火を見に行くんだろうな。
気付かれないように注意しながらしばらく見とれてから、目を逸らした。
遠くから乾いた機械音が流れてきて、緑色の車体が減速しながら近づいてくるのが見えた。
―― 来たかな。
立ち上がろうとすると、それよりも早く、ちょっと前まで見とれていた女の子が腰を上げた。
電車が到着するホームに向かって歩き出して、俺の目の前を通り過ぎようとして――
「きゃっ!?」
「わわっ!!!???」
女の子が悲鳴を上げながら、いきなり俺の方に倒れ込んできて、俺は彼女を抱きとめるような格好になった。
どうしていいのか分からず、思わず彼女をぎゅっと抱きしめた。
変な下心なんてもちろんなくて。
彼女がホームのコンクリートの上に、転げ落ちてしまわないように、夢中で。
今まで感じたことがない重みと柔らかさが体に伝わってきて、俺の顔の真横にある彼女の髪の毛から、甘い香りが鼻腔に流れてくる。
頭がぼーっとして、思考が彼方へと遠ざかる。
「痛たたた……」
「あの、だ、大丈夫……?」
どうにか声をかけると、彼女はすごく近いところから、顔をこちらに向けた。
お互いの吐息が混ざり合う、そんな距離感に、思わず心臓がドクンと跳ねる。
わあー、やっぱり……
横顔から想像した以上に、彼女は綺麗だった。
緋色に染まった大きな瞳がじっと俺の顔をとらえて、ぷっくりとした唇はほんのりと紅色。
異世界からきたお姫様か、雑誌のモデルさん?
いや、きっとそれにも負けないくらいに、ととのった顔立ちだ。
それにこの顔、多分俺、知っている……
自分の顔が熱い。
本当に思考が停止してしまいそうだ。
「あの、ごめんなさい……」
可愛らしい声に気づいて、はっとなる。
「えっと、あの、大丈夫?」
「うん。ちょっと転んじゃっただけだから」
どうやら大丈夫みたいだ。
突然の出来事にびっくりしたけれど、ほっと安堵の息をつく。
「あの、もう大丈夫だから」
「ん?」
「あの、手を離してもらっても……」
「うわわ!!」
夢中で、ずっと彼女を抱きしめたままだった。
慌てて両手をぱっと離して、万歳のように両手を上に上げる。
恥ずかしさが、俺の小さな胸の中いっぱいに広がる。
「あの、その、ごめん……」
「ううん、私の方こそ。あれ?」
彼女は身を起こして俺から離れながら、足元に目をやって困り顔になる。
「鼻緒が切れちゃったなあ」
彼女の足元に目をやると、白い素足の片方が裸足になっていて、赤い鼻緒が切れた草履が傍に転がっていた。
「びっくりしたあ。まじかなこれ?」
転がっていた草履を拾い上げて、鼻緒に手をやっているけれど、やっぱり切れているものは切れている。
白くて整った顔をむっと歪めながら、
「しょーがない、裸足で帰るかなあ」
そう呟きながら電車に向かおうとする彼女に、『あれ?』と不思議に思って、思わず声をかけてしまった。
「あ、あのさ君、花火にいくんじゃないの? だったら方向が違うよ?」
すると彼女は、きょとんとした目をして、言葉を返してくる。
「ううん、私は帰ろうかと思ってたし。それにこんな格好じゃ、外を歩けないじゃん」
確かに、片方の鼻緒が切れたまんまだと、お祭りに行って花火を見るには厳しいだろうな。
けどここまで来て帰るのも、何だか可哀そうだ。
なにか代わりの履物があったら、彼女は無事にお祭りにいけるんじゃないかな。
「あのさ、よかったら、少しここで待っててよ。安物のサンダルとかで良ければ、俺買ってくるから」
そんな声を送ると、彼女の緋色の瞳に、逡巡の色が浮かぶ。
無理もないだろうな、よく知らない男から、いきなりそんなことを言われたんだ。
俺だって、なんでそんなことを言い出したのかって思う。
そんな度胸があるやつだったのか?
よく分からない。
ただ、このままじゃ彼女が困るじゃないかって思って、夢中で。
「あの、別にいいってば。私はこのまま帰るし」
「いや、それでも危ないよ。道に何が落ちているかも分からないしさ」
心配して言葉を重ねると、彼女は考え込んで、そのうちに電車のドアが閉まった。
「あ~あ、電車行っちゃったあ」
本当だ、俺も帰りの電車に乗りそびれたよ。
「あの、変なことを言ってごめん。でも履物だけなんとかなったら、花火にも行けるよ?」
「元々私、家に帰ろうと思ってたんだけどな」
そういえば、彼女は電車に乗ろうとしていたよな。
花火会場の最寄り駅はここだから、電車に乗るとそこからは離れてしまうことになる。
でも、なんで……? 浴衣まで着て、ここまで来てるのに?
不思議だけれど、でもその前に。
「そっか。でも危ないからさ。ちょっとだけ待ってくれていたら、すぐに戻るから」
もしかして、変なナンパとでも思われたかな?
でも本当に、彼女のことが心配なんだ。
「う~ん、どうしよう……じゃあ、お願いしようかな。私はここで待っていればいい?」
「う、うん。それでいいよ! じゃあちょっとだけ待ってて!」
微かにほほ笑んでくれた彼女を目にしてほっとしながら、俺はホームから階段を駆けおりた。
別れ際に、やっぱりなと気づいたことがある。
俺、彼女のことを知っているんだよな。
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(作者よりご挨拶です)
久しぶりに新作を投稿させて頂きました。
宜しければお目通しを頂き、応援、ご感想等賜れますと嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。
(11/29 12:00から始まるカクヨムコン10に応募させて頂く予定です)
打ち上げ花火の夜に、クラスで一番気になる君と仲良くなった まさ @katsunoi
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