映画「ラストマイル」の食べ物考察(ネタバレ注意)

久世 空気

――彼らに美味しいご飯を――

 映画の脚本を書く技術に「フード理論」というものがある。登場人物の食べている物、食べている姿などからそのキャラクター性等を表現する方法だ。詳しく勉強した訳ではないが、そういう理論があると知ってから、ドラマや映画の「食べているシーン」を気にするようになった。

 野木亜紀子さんが手がけるドラマ「アンナチュラル」と「MIU404」は、食べているシーンが効果的に使われている印象がある。

 「アンナチュラル」で印象的な飲食シーンは、1話目の冒頭と、最終話で主人公のミコトがもりもりと朝食の牛丼を食べているシーン。単純にミコトの生命力と、UDIが変わらず存続することを表しているように思う。それと6話目の最後にミコトと東海林、中堂と神倉、そして六郎と宍戸がそれぞれ一緒に飲んでいるシーン。ミコトと東海林は楽しそうで、中堂と神倉は互いに信頼し合っているのが判る。だが一方で六郎は宍戸に脅されている。そんな比較のシーンだ。

 「MIU404」は言わずもがな機捜うどん。4人で肩を並べて食べている「仲間」を感じるシーンだ。特に志摩と伊吹は向かい合ったり、メロンパン号の中で並んで食べているシーンもある。


 しかし同じ野木亜紀子さんの脚本である「ラストマイル」では食事のシーンが少ない。それどころか主人公であるエレナの食事シーンは皆無だ。空腹を訴え、孔に地域の名物を聞き、酒を買って飲もうと提案するが、どれも叶っていない。ドラマであれだけ印象的な食事シーンを出しているのだから、これは意図的なものではないだろうか。(ちなみに煮干しをかじっているシーンはあるが、食事ではない上、すぐに食べるのを止めているのでノーカンとした)

 エレナは常に「飢えている」。それが彼女のキャラクターなのではないだろうか。欲しいものは「全部」と貪欲な割に、手に入れられない。手に入れたモノで満足できない。「What do you want?」の通り、エレナは自分を「満たすモノ」を見失っている状況なのだ。

 一方、孔は一度だけ、ハンバーガーを一人で食べているシーンがある。「欲しいものがない」と言うシーンだ。おそらくハンバーガーも好きだから食べているわけではない。手軽に腹を満たせるファーストフードだから買った、それだけの食事シーンに感じる。

 そんな二人が一度だけおいしそうに飲み物を口に運んでいる。それがエレナが引き当ててしまった爆発物の処理後だ。色違いのカップでホットコーヒー(?)を飲むシーンは、二人の距離が縮まりバディになったと判る。

 これと対比しているのでは、と感じるシーンもある。筧まりかとエレナの話すシーンだ。二人とも雪が降っているのにカフェのテラスでコーヒー(?)を飲んでいる。おそらくホットだろうが、寒々しいシーンだ。まりかの訴えに、エレナは応じない。エレナはまりかと温もりを共有できない。だが、エレナは最後、デリファスに対して「5年前の使者」として立ち向かうことになる。エレナはまりかと飲んだコーヒーを持ち帰っている。そして筧まりかの話をサラに報告していた。考えすぎかもしれないが、持ち帰ったコーヒーはほんの少し、まりかに同情したエレナの気持ちの表れなのかもしれない。


 ちゃんと食事をしているのは、松本家と佐野親子だ。

 松本家の朝食のシーンは、母親の里帆がバタバタと準備をし、姉妹だけで食べさせている。姉妹は夕食も一緒に食べていると、片付いていない食器を見て判る。里帆は朝食は一緒に食べず、夕食も姉妹が寝た後にキッチンの隅っこで小さくなって食べている。まさに精神的に追い詰められている状況だ。

 食事とは違うが、この松本家の家は里帆のスペースがほとんどない。子ども部屋は可愛く、ベッドも二人とも準備されている。だが里帆の寝るスペースは映らない。里帆自身が自分を追い込んでいるように見え、とても痛々しい。そんな母親を子どもはちゃんと見ていて、ゆっくり眠れるように枕をプレゼントしてると考えると本当に、彼女たちが爆発に巻き込まれなくて良かったと、一つのハッピーエンドを噛みしめる。

 佐野親子は車の中で急いで昼食を食べる。父親の昭は「30分」と言い、息子の亘は「1時間」という。かみ合わない親子だが、2度ある食事シーンで、1度目はどこかで買ってきた弁当を食べているのに対し、2度目はタッパーに入った手作り弁当を食べている。昭が味に注文を付けていることから亘が作っていると思われる。その二度目の食事で亘は「誰も親父のこと大切にしてないよ」と訴える。どれほど身を削って、死んだ「やっちゃん」のように働いても、労働環境は悪くなるばかり。ワーキングプアである父親を思いやっての台詞だ。そんな亘がわざわざ弁当を作るのは、昭を大切に思ってのことだろう。かみ合わなくても、息子は父を心配しているのがわかる食事シーンだ。


 ちなみに変わり種だが、食事ではないものの、八木は何も食べず、何も飲まず、ひたすらタバコを吸う。デリファスや本社、クレームに板挟みになって追い詰められている、人間扱いされていないと感じ、少し悲しくなった。

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